裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

7日

木曜日

ミニモニ見せてくれるわ

 あんなガキども。朝7時起床。昨日はひさしぶりに熟睡。しかし夢はいろいろ見ている。夢の中で、“新しいことわざを考えろ”と言われる。いろいろ苦心した挙げ句“イクラ食べたあとの皿”というのを捻り出す。つまり、高い食い物を入れた皿は、その食い物を食べた後でも、舐めてまだいくばくかの味がする。立派なことをした人とはその後、別に立派なことをしなくてもつきあっていて損はない、という意味。何だかよくわからんがそこはそれ、夢ですから。起きて朝食。K子にキャベツ炒め、私はペペロンチーノ。デコポン半分。ミルクコーヒーのミルク抜き。

 植木不等式氏の日記(食い過ぎ日記、と私は呼んでいるが)を読んだらダスキンの創始者、鈴木清一の名が出てくる。非常に懐かしい。子供のころ、実家のトイレにこの鈴木清一氏の言葉を印刷した月めくりカレンダーがかけられていたのである。私の親父は貰ったカレンダーを決して捨てずに家中にかけていた(自分の部屋には三つくらいカレンダーをかけていた)。このカレンダーも、薬局でダスキンサービスを利用していたので貰ったものだろうが、そこに書かれているコトバの、すさまじいまでの“善意”が、逆にキッチュ感覚で面白く、私と弟はすっかり覚えてしまい、何かあると、“そんなことではいけない、「親切は小さく受け大きく与えよ」と株式会社ダスキンの創始者鈴木清一が言っているじゃないか!”などと意味もなく言い合って大笑いしていたものである。“株式会社ダスキンの創始者鈴木清一”は早口で一息に言うのがコツ。

 午前中から1時までかけてアスペクトの後書きと前書き、書いてメール。それから外に出て、東急本店の地下に出来た紀ノ国屋渋谷店に行ってみる。要するに最近のデパチカ戦争による高級スーパー誘致の真打みたいなもの。しかし、デパ地下はやはりデパ地下で、並べてあるものはともかく、販売スペースがギチギチで余裕がない。K子がこないだ行ったときには、店員が“ハイ、ラッサイラッサイ”と客寄せをしていたという。高級スーパーには、品物でなく、雰囲気を買いに行くのだ。まず、そのデパ地下臭を無くさなければなんにもならない。買物ついでにレストラン街でメシを食おうとするが、こっちは本当に高級店が揃っていて、ステーキランチ2800円、うな重2300円などとオゾケをふるう値段。やめて出て、ハンズ並びの舌郎でたん焼き定食。食べてからしまった、今日は中野のトンデモ落語会だから、三次会あたりでまた焼肉かな? と思うがまあ、仕方ない。

 帰宅、アスペクトの残りの、つけ足しの図版ブツキャプションを6本、書いてメールし、とりあえずこの本がらみの作業を終える。フー。少し休んでいたら、排水口の掃除がやってきて起こされる。なをきから送ってきてもらったジャンボーグAのLDなどをちょっと見る。それから講談社Web現代。あまりに紹介するサイトが面白いときの方が紹介のしようがなくなって困る。“とにかく、見てくれ”としか言い様がない。ワキで今日、たぶんトンデモ落語会に植木不等式氏がくるだろうからと、以前頼まれていた『恐竜・怪鳥の伝説』をダビング。いやあこれ、ひさびさに見たけど、スゴい。77年という時代なんてついこのあいだだと思っていたけれど、ここまで現代のセンスと活断層があるとは思ってもみなかった。怪獣の造型も、ヒロインの女優の芸名(沢野火子。のびこ。ドラえもんか)も、ストーリィも、渡瀬恒彦の服装センスも、みんなここまでくるとシュールである。登場シーンでの渡瀬のワイシャツなんか青地に白の水玉だよ。それで、やたら劇中で流れる歌がもう、ロコツな70年代テイストで、もう、気が狂いそうである。原稿書きながらもう、頭の中でループ状態に“空にいた〜飛んでいた〜海にいた〜漂ってた〜”だとか、“孤独だから〜愛しあった〜、愛を込めて〜殺しあった〜”とかいう歌詞がグルグル。牧冬吉がキャスティングされているのは『赤影』の倉田準二が監督だからなのだな。

 6時、家を出て新宿。中央線で中野。芸能小劇場でトンデモ落語会。中野でやるのはひさしぶりのような、いつも来ているような。サンモールを歩いていたらまるちゃんに出会った。会場、すでに常連さん来。やはり中野でやると集まりがいいというか何というか、一門会かというくらい知り合いの数が多い。植木不等式氏、藤倉珊氏、開田あやさん(開田さんは不参)、睦月影郎氏、IPPANさん、鶴岡、GOHST氏、ヲッカくん、QPハニー大人、ひえださん、JCMのM田さんM川さん一行、世界文化社Dさん、扶桑社Oくん、それから裏モノ関係者さんたちいろいろ。井之頭こうすけ氏の顔も見える。なんとなをきとよし子夫妻も来た。そんなにみんな元気いいぞうが見たいか? 見るととり・みきさんまで来ている、と思ったら他人の空似だった。とはいえ、よし子さんが“わっ、ホントに似てる”といったくらい相似形。植木 氏に『恐竜・怪鳥の伝説』のダビングテープをさしあげる。植木氏
「これ、ウェットスーツフェチにも評判なんですよね」
 そうそう、ヒーローもヒロインも、クライマックスの火山爆発シーンの間中もずっとウェットスーツを頭までかぶりっぱなしで、ストレッチマンみたいでした。

 で、さて、開演であるが、K子がなかなかやってこない。開口一番はブラッCで、この人の落語らしい落語は初めてだが、いきなり“そのうち落語でノーベル賞を取りたいと思いまして”とやりだし、仰天。“ばかと天才は紙一重と申しますが、天才もいきすぎるとマッド・サイエンティストになりまして”と、そのあと、二項定理がどうの、それを三項定理にすると世界が変わるの、俳句は三項定理だの、三項定理はトン・トン・トンの法則だだの、種田山頭火のWWAを知ってるか(分け入っても分け入っても青い山)だの、じゃあSSHは“咳をしてもひとり”だとか(おい、それは尾崎放哉だ)、どんどん話がループしてまた戻りまた進み、どこに落ち着くかがさっぱりわからない。私、もういきなりツボを押されて感動失禁状態。ひきつるように笑いが込み上げる。なをきも身をヨジって笑っていた。まさかこんな芸風とは。あとで聞いたら、K子がこの会場に向かう中央線が人身事故で遅れて、談之助に電話をかけて、談生が聞きたいんだから、前座を長引かせておいて! と命じたんだそうな。それで、五分くらいでオリようと思って作ったネタを十分に引き延ばされて、あのようなループな仕儀となった次第だったのだとか。中央線の人死にがスターを(ここだけのスターだろうが)一人生み出した。すばらしいというか困ったもんだというか。

 で、その後に出てきた談生が、いきなり高座で寝転がって、“もう、真面目にネタ作ってきた自分がバカに見えますね〜”と呆れ状態。ネタはお婆ちゃんエイリアンのホラーで結構だったのだが、こんなインパクトのない談生を聞いたのはひさびさだった。しかも、その次が元気いいぞう。“共産党に〜乳頭〜”である。もう今日はキチガイデーだ。JCMのMくん、トンデモ落語会を何かカタチにしたいと言ってやってきたのだが、呆れてしまったのではないかと心配になる。さすがに中トリの談之助は十八番の時事ネタで鈴木宗男物語、例によっての調査万端にわたったマニアックばなしで、十二分に客を笑わせ感心させてシメたのは見事。

 いやあ、中入りがみんな話題沸騰、なをきも鶴岡も興奮するする。中でも藤倉珊氏が何か霊感に打たれたような至福の表情でブラッCを讃えていたのがちとウス気味が悪く、かつ面白い。いろいろ人と挨拶。IPPANさんからトテモいけないものを貰う。あやさん、GOHSTさんらと、今日は客席までヘンだ、何かオーラが出ているのかと話す。安達Oさんや開田さんが来てないのは、マジメな人はハジかれてしまったせいでは、などと話す。後半はまず快楽亭、ネタがまだ出来ていないと冒頭でお題を頂戴して三題ばなし。しかしあまりにこの頃は印象深い事件がありすぎて、結局、“鈴木宗男”“武富士”“乳製品”という、旬ネタばかり。こういうのをツキ過ぎといって、発想があまり飛躍しない。かえってやりにくくないかと心配していたがそこは快楽亭、即席とは思えぬまとめ方で、徳川がまた政権をとった日本の架空未来ものというか何というかで、これはもう、完成度の高さに驚嘆。トリは志加吾。立川流同人誌に触発されてファンが送ってきたという新作怪獣モノ。戦隊モノの巨大ロボ名をずらずらと読み立てするところ、カンペを使ったのは卑怯だが、しかしNHKBSでのレギュラーも決まり、売れてくると芸人というのは不思議なもので、話が下手でも噺がどうしようもないものでも高座姿がヘロヘロでも、ちゃあんとカタチになってきている。以前の、無理矢理にトリを取らされてオドオドしていた頃とは別人のようである。売れりゃアいいので、芸なんて後からでもみがけるが、売れるのは売れるときに売っておかないと一生売れなくなる。

 二次会はいきなりトラジ。二階席に三十人以上が入る。タン塩がうまい! 舌郎のアレは何だったんだ、という感じで、口に入れるとトロケそう。藤倉氏が“今日は向精神薬ものんでるんで失礼しようと思ったんですが……イエ、しかし飲みます”と、スゴいテンション。よほどブラッCがお気に召したらしい。終始ニコニコして、前座の務めとして彼がビールなどをつぎにくると、握手を求め、サインしてくれと頼む。植木氏と二人で、“どうしちゃったの?”という感じで顔を見合わせる。あと、扶桑社Oくんと単行本の話、M田、M川両氏と企画の話など。談生ファンの女の子で、元気いいぞうの小学校時代からのファンだったという子(ブラッCのときも一番笑ってた)が渋谷だというので、睦月さんのタクシーにK子と四人、相乗りにさせてもらって、帰宅12時半。満足というよりはトリップな一日。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa