裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

16日

金曜日

ユニクロサンボ

 さんぼは、ゆにくろのじゃけっととじいんずをみにつけて、じゃんぐるをあるいておりました。朝7時半起き。夢で、エッセイのタイトルがなかなか決まらず、同じアイデアばかり何ども口をついて出てしまいヘキエキする。目が覚めたとき、本当にウンザリとしていた。朝食、オニオンスープ卵入り。朝刊に並木鏡太郎監督死去の報、98歳。アラカンの鞍馬天狗ものの監督として紹介されていたが、典型的な職人監督で、チャンバラからヒュードロ怪談もの、森繁の喜劇、宇津井健のギャングアクションまで、なんでもござれの人だった。学生時代、新東宝映画などのオールナイトで、出てくる映画出てくる映画みんな並木鏡太郎で、またかい、と呆れたことを覚えている。中でも珍品は昭和二十九年新東宝映画(またかい)、『力道山の鉄腕巨人』だろう。留置場に入れられた力道山が鉄格子をつかんでゆさぶると、警察のビル全体がグラリグラリと大揺れになり、丹波哲郎(!)はじめ警察官たちが大あわて、などというギャグは、例え喜劇であっても、もはやその“ギャグの文法”が死滅してしまっているため、現代では再現不能なのである。

 午前中、グリーンアロー社ムックの原稿五枚半、これは思ったよりスラスラ調子よく行った。コラムに関しては私も並木監督的で、何でもお好きなものを、と言われるよりも、何かお題をいただいて、それを私的に工夫してエッセイにしたてあげる方がどちらかというと得意である。うまく書き上がったときの満足感も、どちらかという とそっちの方が高いのである。

 K子に弁当(豚と冷凍ホタテの甘辛焼き)作り、海拓舎原稿にかかる。やはり午前中トバシすぎると、午後がキツくなる。ネットで資料散策。ちょっとスゴいのが見つかる。これだからインターネットは。鶴岡は忙しくて日記などつけているヒマがない由。他にも停滞中の日記がいくつもあるが、日記は毎日つけるからこそ日記で、それだからネットで公開する意味もあると思うんだがな。新宿へ出て用を少し足し、昼は何にしようかと思い、何というつもりもなく総武線で東中野に出て、大盛軒で肉めん定食。こういう食堂では、マンガ雑誌片手に食べるのが定法。漫サンに、鶴岡のパチ スロ漫画の絵とそっくりな作品が載っていた。名前は違うようだが、PNか。

 そこから東中野の商店街通りを散策。十年ほど前、東中野に事務所があったころ、さらにその前、なをきの下宿があったころ、さらにさらにその前、中田(親類)の家にしょっちゅう晩飯をタカリに行っていたころ、よく通った道だが、面白かった店や古本屋がのきなみ無くなっていてガッカリした。小滝橋の通りまで出て、バスに乗って新宿西口まで戻り、帰宅。

 体、またダルくなり、3時から5時ころまで昼寝。深く眠るというのではなく、平べったい感じでズワーと眠ったが、このおかげで体が大分楽になった。起き出して、仕事再開。啓乕くん、沖縄の中笈さん、エンターブレインNくん、せどりのUさんなどから次々電話。6時、講談社のIくん来宅。図版資料受け渡し。その後、ずっと彼の仕事をやる。8時半にK子と待ち合わせているので、間に合うかと思ったが、なんとかギリギリ(8時10分くらい)に完成、メール。タクシー飛ばして新宿。

 今日は家でメシ作って食べる予定が、仕事が伸びて外食になったので、少しイイとこで、と思い、伊勢丹会館内のグリル三笠會館。魚介類のうまいフレンチレストランで、季節柄生ガキでも、のつもりだったのだが、今日のおすすめはホタテだそうで、それとカニのグリルにする。あと、野菜のアンチョビソース、フォアグラのソテー、キノコのリゾット。品数だけ書くとえらい豪華に思えるだろうが、どれも一品づつ頼んで、K子と半分にとりわける。それでも、遅く行ったので、最後の客だからというのだろう、フォアグラなど、大きめのものを二切れ、つけてくれた。

 シャブリを抜いてもらって、ふうと一息。最近、仕事がつまっているので、こういう食事どきだけが息抜の時間。ホタテとタラバガニのグリルは女の子がカルバドスをふりかけてフランベする。K子が写真撮ったら女の子がやたらテレていた。アイヨリソースをたっぷりつけて美味。アイヨリ出てアイヨリ青し。デザートのパイとエスプレッソまで堪能して、寿司屋と対して変わらぬ値段。こういう客ばかりではレストランも儲かるまい。体調が仕事していて回復したのが何より。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa