裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

1日

火曜日

ファーブルポン中記

 先生、またヒロポンですか。朝7時起き。朝食、キノコとソーセージのスープ煮。午前中、水漏れ工事の人が来て、風呂場の水回りを点検、洗濯機をどかして、排水口のつまりを修理する。洗濯排水のヘドロが長年の間にパイプの目をつまらせたのが原因らしい。懐かしいトイレ掃除の吸盤を持ってきてガポガポやり、2時間ほどかけて修理を終える。

 某社編集部から電話。昨日の四の字問題、まだモメて、結局、原稿の一部を手直しすることにする。しちめんどくさいが危うきには近寄らず。打ち合わせ連絡数件。まだ忙しい。出版プロデュースも一件、引き受けるハメになった。昼はソバ茹でて食べる。催促電話頻繁。連載原稿はなんとかコナせそうであるが、書き下ろし原稿がキツいキツい。

 仕事関係の読書数冊。おもしろかったのが東京大学出版会『役者論語』。古い歌舞伎役者心得や覚書を集めたものだが、元禄初期の歌舞伎のことを書き留めた『芸鑑』に“むかしの狂言は多く衆道の趣向有けり”として、『好色氏神詣』という芝居の粗筋が書いてあって、これが笑えた。殿様が寵愛していた小姓を連れて氏神詣でをしている最中、そのお小姓に、殿様は最近浮気をして、別の小姓を可愛がっているそうなと茶坊主が告げ口をする。小姓腹を立て、やがて神殿から出てきた殿様がその小姓に声をかけるが、プイと横をむいたまま、舞台袖へ入ってしまう。殿様が驚いて、脇の草履取りに、コリャ彼奴が仕方はどうであろうぞと言うと、草履取りもプイと横を向いて袖へ入る。別の家来に声をかけると、その家来もまたプイと袖に入る。次々に袖に入って誰もいなくなってしまい、殿様、呆然として馬に向かい、なんと彼奴らの心はどうであろう、と声をかけると、馬も殿の顔を見てプイと横を向き、袖に入ってしまう、というのが幕。この芝居が当時大当たりだったというのだから無邪気なものである。大石内蔵助もこの舞台、見ていたかもしれない。

 5時、家を出て、早稲田で鶴岡法斎のマンガ史講義をちょっとだけのぞく。AV教室などというところで講義するのがさすが鶴岡だ、などと思いながら教室へ入ると、三○○席の教室がほぼ満席という状況。後から入ってきた学生がギョッとした顔になるのが面白かった。しかし、どの学生も、みんな講師の鶴岡よりいいなりをしているのがオカシイ。講義そのものはいつもの鶴岡らしくなく、いささか固くなっていたようで、やはり学術的なことを言おう、と気張ってしまっているのがよくないようだ。ライブ感覚でいいのである。まだ若いな。それでも受けていた。学生が通路に坐って講義受けているのにテンプラで席についていては申し訳ないので、廊下に出てしばらく聞く。階段のところでタバコ吸っていた学生がカラサワ先生ですか、と話しかけてきたので、他のマンガ史の講義ってのはどうだ、と訊くと、いや、とても聞けたものではありません、との答え。文化史とか現代史の講師が、自分の専門にかこつけてマンガを語っているだけで本当のマンガについて語ってくれているのは鶴岡先生だけです、とのこと。

 大学の講義はエンタテインメントでなくてはならぬ、と最初に喝破したのは篠沢秀雄であった。いや、篠沢キョージュ自身がそう言ったのではなく、彼の講義録に感動した開高健・向井敏、谷沢永一の三人が鼎談集『書斎のポ・ト・フ』の中で、その人気の秘密を分析して、彼の講義はエンタテインメントなのだ、と絶賛したのである。昔の大学生なら、学校の授業だというだけで、それがどんなに退屈なものでも一応聞かねばならぬ、という態度をとってくれた。今の学生はただ椅子に体を投げ出して、サア俺たちを楽しませてくれ、と要求するという。授業料を払っている分を取り戻そうとするという。そういう連中を前に、よろしい、そんなら楽しませてやろうじゃないかと開き直って授業をエンタテインメントに昇華してしまったのが篠沢秀雄の講義であったそうだ(もちろん、レポート採点とかの厳しさは他の教授以上であったと、学習院の生徒だった従兄弟が言っていた)。

 その谷沢永一は自分の講義をエンタテインメントにする代わりに、年度の最初の講義において新入生たちに、出欠は一切取らない、レポートは原稿用紙四○○字詰め二枚(だったか一枚だったか)以内、ただし白紙で出そうがぎっしり書き込もうが点数は一律同じ、全員合格とするのでそのつもりで、と訓示したそうだ。本当に諸君のうちで近世文学を勉強したいと思う方だけが講義を受けてくれればそれでよろしい、文学などというものは本当に好きな人間以外には無用のもので、そうでない方はそんなものを勉強するあいだにアルバイトでもなんでもした方がよほど青春の時間を有意義に使うことになる、よって次回以降は教室を学内で一番小さい部屋に移動する、出席する諸君は間違えないように、では大部分の諸君には二度とお目にかかることはあるまい、お元気で、さようならと言い捨てたそうである。好きだから世に無益なことであっても苦心して学問する、これが学問の真の姿で、現在のように日本中の何十万という学生が社会に出てもまるで役に立たない文学だの哲学だのをエイエイと学んでいる状況こそが異常なのである。ましてマンガ史などというものを学ぶにおいておや。鶴岡にはがんばって講義をエンタテインメントとし、夏のクソ暑いさなかに大学に出てきている若者たちに、せめて一時なりと退屈をふりはらうトークを聞かせ、授業料支払っている親どもに彼らが感謝するような、そういう講義をやってもらいたい。

 途中で抜け出て、早稲田の古書店街をひさしぶりに歩く。早稲田古書街の質の凋落がささやかれて久しいが、確かに店の個性を出しているところが激減した感はあり。とはいえ、神田以上に残っている懐かしい古本屋の香りを存分に楽しむ。8時、新宿伊勢丹でK子と待合せ、レストラン街のテンプラ屋に行こうと約束していたのだが、夏休みのこととて家族連れで満員、電話して待合せ場所を変え、すがわらで寿司。K子が茶碗蒸しを頼んで、先日の『雛』と比較していたが、こちらの方が値段は三分の一で十倍うまい。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa