25日
月曜日
はるばる来たぜ塩焼
午前中、各編集部に電話連絡し、11時半、K子と新宿西口。睦月影郎、立川談之助諸氏と長野は伊賀良の里へ、鯉の塩焼きを食いにいくツアー決行。もちろん、仕事も持っていき、向こうで自主的カンヅメとうまいもの食いの二兎をネラおうという甘い(笑)考え。
しかし、長野々々と言っても広い。最初、友人で上田の会社に勤めているK氏も誘おうと思ったのだが、調べてみるとそこから伊賀良までは乗り換え三つで、計5時間かかるというので諦めた。東京から伊賀良(高速バスで飯田のひとつ手前)までは4時間だから、東京からの方が近い勘定になる。
高速バスの中で、談之助師匠とバカばなし。平日だけにバスも早く、30分ほど早着。と言ったって3時間半だ。談志居眠り裁判で被告となった、喫茶兼トンカツ屋の“信濃路”のご主人がバンで迎えにきてくれ、飯田料理『見晴(みはらし)』さんへ直行。心の準備も出来てないのに(笑)、もうさっそくにまず松茸とヒラタケの網焼きが出て、土瓶蒸しが出て、この近辺で飼育しているというダチョウの刺身が出て、普通ならばもうこれで立派なフルコースになるところを、今回の目玉、鯉の塩焼きが出る。これが、目の下60センチはあろうかという大鯉を背開きにし、十分に時間をかけて塩焼きにした一品。談之助師匠が昔、落語会で来てこれを食べさせてもらって感動し、それから文字通り“鯉”こがれていたという料理。鯉と言うと普通、泥臭いイメージで、それだからその臭みを消すために味噌味や砂糖醤油で煮込んで鯉こくにしたり飴煮にしたりするのだが、伊賀良の清流で育った鯉は少しも泥臭くなく、ホクホクとして淡泊しかも旨みたっぷり。5人であっという間に骨にしてしまった。
東京から来たエライ作家のセンセイ方だ、と元ヒコク氏が言うので純朴なる伊賀良の人たち信用し、色紙を描いてくれという。呆れるようなものを描き、帰り、そのお礼にと『見晴』の玄関前の木に生えている見事なヒラタケを、その場でもいでおみやげに貰う。何か詐欺師になったような気分である。そもそも、東京でこれだけの料理を食ったと考えた値段の1/3の額である。これはバスに4時間揺られて来る価値、ありますぜ。“信濃路”さんにお邪魔し、そこでご主人秘蔵のマツタケ酒をごちそうになる。ここらにはブラジルからやってきた労働者さんたちが大勢いるそうで、ブラジルで梅干しの変わりに食べているという、不思議な植物の漬物もごちそうになる。落語の話、いろいろ。ご主人は居眠り裁判の元ヒコク、われわれ夫婦も(バカ)裁判の元ヒコク。不思議な取り合わせである。
そこから今晩の宿に送ってもらう。湯元・久米川というところで、ひなびた温泉宿と聞いていたが、どうして立派なホテル。ただし、回りがたんぼしかない中にポツンとひとつ、建っているのが異様である。露天風呂から月を見上げ、信州ワイン飲みつつ部屋で1時半まで世間話。と言ってもメンバーがメンバーだから、ここで雑談で終わらせるのが惜しいような内容。
うまいものを食って、うまい酒を飲んで、温泉入って、何か忘れていたと思ったら仕事をしてなかった(笑)。夜中に目が覚めてしまったので、しばらく原稿にかかる。これで今回の旅行は目的を完璧に(仕事量は無視)達成。