18日
火曜日
おみゃー、ダイヤモンドに目がくらみよるでいかんわ
名古屋版『金色夜叉』。
朝7時半起床。入浴洗顔して朝食、セロリスープとミカン、ブドー。村木さんに島焼酎のお礼メールを書く。ただのお礼のはずが村木座長本人に直接メールするのは久しぶりだったのでつい、いろいろと長くなる。現状のことなど。
今日は熱海一泊の予定。5時4分発の新幹線『こだま』だが、K子からくれぐれも早めに家を出るように、と注意される。こないだの仙台行きが、まさに発車2分前くらいの乗り込みだったのがよほどイラついたらしい。
とはいえ、雑用いろいろ。12時に弁当使って、それからもえんえん。事務所に出たのがもう3時過ぎ。オノとかなり重要な打ち合せして、出かける前にメールチェックしようとパソをのぞいたら村木さんからの返事。再返答書いている暇なく、モバイル持って事務所を出たのが4時10分過ぎ。
飛び乗ったタクシーの運転手さんが、やたらな安全運転厳守の人で、こういう急ぎのときには不似合い。車中かなりイラつく。それでもなんとか、50分には品川着。結局、ホームに並んだのはK子より早かった。
私は『こだま』というと、まだ、あのクリーム色の車体の特急こだまを思い出してしまう。
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白色の新幹線がホームに入ってきたとたん、夫婦して
「違ーう! こんなのは“こだま”じゃなーい!」
と叫ぶ。調べたら85年にあの車両は廃止されている。もう20年以上も前だ。
熱海まで50分ほど。車中いろいろバカ話。熱海駅、降りたらやけに肌寒い。
「避寒地じゃなかったのーッ」
とK子。最近の東京が暑すぎるのである。
タクシーで10分ほど、坂を上って『迎賓館・熱海小嵐亭』へ。5階の二間続きの和室に案内される。さっそく風呂、と思ったがモバイルでもう一度メールチェックなどして、少し遅れてしまう。湯量のたっぷりした浴室から、熱海の海を眺めつつ(もっとも湯船につかってしまうと見えない)入浴。温泉というのは不思議なもので、つかるとしみじみ、自分の過去と未来に思いを馳せたくなる。
部屋に戻るとすでに食事の用意。食前酒の梅酒も甘すぎず結構、それから自家製のぷりぷりの豆腐の上にウニの乗ったウニ豆腐。あらかじめ好き嫌いを聞いておき、ウニ嫌いのK子にはエビが乗っているのが感心。驚いたのは、彩りで飾られているセルフィーユまでが非常に濃厚な香りをただよわせていることで、こんな香りと甘味の濃い香味野菜はさんなみ以来。
突き出しが5種類、蛸と菜の花の煮物、レモン釜煮こごり(エビと空豆入り)、もずく酢につくねトロロ、鳥貝と蛤の酢味噌、棒寿司。鳥貝・蛤の甘味、思わずうなる。
腕がそのあとすぐ出て、流し卵を細かくフレークにした菜種汁という汁の中に蓬麩と白魚。白魚はちゃんと三つ葉でくくられている。
お造り、蒔絵の箱形の容器に入れられたものでまぐろ(赤身とトロ)、ヒラメ(縁側つき)、イカ、ひらまさ。イカのねっとり感と、それを出すための細かい包丁さばきに感服。
続いてが“しのぎ”と称する、銀あんにひたった鴬饅頭。もちろん中はひき肉の餡だが、要するにフランス料理のコース中にスイーツが出るようなものか?
その次が焼物でさわらの山椒焼きとサザエつぼ焼き。サザエはちょっとエスカルゴ風な感じ。ここまでで実はかなりお腹がくちくなる。K子の方がばくばく食べている。ビール、日本酒とやったがウイスキーに変えてもらい、ちびちびとつまむ。サザエが酒に合うこと。
そこで、“お邪魔いたします”と障子が開いて、和服姿の若女将が扇子を前に置いて、挨拶に来る。
「静かさだけが取り柄の宿でございますので」
というが、確かに静謐である。着物姿でありながら、
現代風のはつらつさが見える女将で、
「美人女将ですねえ」
と思わず言うと、笑って
「いえ、髪も乱れたままで申し訳ございません、今までタケノコを掘っておりましたので」
という。庭(旧曽我子爵別荘の庭にこの宿は建っている)に竹林があるので、ときどき変なところにタケノコが生えて間引かなくてはならないそうだ。
「いえもう、自分が食べたい一心で」
と笑う。こういう美人を見て得をしたと思えるのは老人の特権。
後は煮物、タケノコと木の芽、それに牛肉。タケノコは女将が抜いたものかどうか知らないが、季節ものとして美味。牛肉はなくもがな。最後の筍飯と赤だしは味を見るくらいにして残した。
食べ終わってもまだ9時半、酔いを醒してから風呂に入ろうと布団敷いてもらって一寝入りするが、目を覚ますと12時チョイ前、ここは12時で男湯と女湯を取り換えるので、もう少ししてから入ろうと寝床で『続・食の体験文化史』読みつつ、またウトウト寝入ってしまう。自堕落の快楽。もっとも脳内はいろんなこと浮かんでは消え。あれやこれやも結局天の配剤か、と思うと急に気分が楽になってきた。