裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

17日

月曜日

ミロの米ナス

なんとセクシーなナスなんだろう(朝の読書中に思いついたシャレ。下記参照)。
たまに早く寝ると3時ころ目が覚めてしまい、布団の中で展転反側。大きな講堂の袖の暗がりに置かれた家具の片づけをしながら、中年、初老のおじさんたちの話をえんえんと聞くという夢などを見る。

寝床読書、森浩一『続・食の体験文化史』。私は雑学の帝王の如く言われているが、周囲の人ならご存じのように基本的なところで大いに無知であったりする。この本で、“米ナス(アメリカ産のナスの意味)”とあるのを読んでアッと思わず声をあげた。確かにコメナスでもヨネナスでもなくベイナスと読むのは奇妙な名前だと思っていたが、それとアメリカは結びつかなかった。あまりに田楽とかてんぷらとか、普段の食事に溶け込んでいるためだろう。

ウトウトしたりまた起きたりということを繰り返しつつ、7時半に改めて起床、入浴。9時、朝食。卵入り味噌汁、小オレンジ一顆、葡萄数粒。自室に戻り日記つけ、メールやりとり。FRIDAYのK村くんに補足解説文送ったり。

11時半、家を出て地下鉄で新橋まで。『笑う大天使(ミカエル)』の試写が片倉キャロンの映画美学校試写室で行われるためだが、新橋で降りて地上に出てから、映画美学校は新橋ではなく京橋であると思い出し(以前にもこの間違いをやった)、また銀座線に。昼飯を外で食おうと時間に余裕を持って行ってよかった。しかし昼飯の時間は余裕がなくなる。居酒屋『北海道』で昼のバイキングをやっていたので入り、アジフライ、鶏つくねとゴボウの味噌炊き、シューマイ、タマネギと白菜の味噌汁などでご飯。バカにしていたが案外おいしく食べられた。味がよかったわけではなく森浩一の本を読んで触発され(森先生はこのような外食が大好き)こういう昼飯が食べたかったから、であろう。しかしなぜか漬物がない。若いビジネスマンは漬物など好まぬか? 850円。

15分前に映画美学校第一試写室。受付の係が全員、黒っぽい服を身に着けたお姉ちゃんなのは、映画の中の主人公たちが黒の制服姿なのでそれに合わせていたのだろう。映画会社の人でなく、駆り出されたキャンペーンガールなのかもしれない。しかし、そこまで凝るなら、お嬢様学校の映画なのだから「いらっしゃいませ、××さま。お待ちいたしておりましてよ」くらい言わせたらどうか。最近はメイド喫茶だってそれくらい仕込む。

事務所に出ないで家から直接行ったので、試写の招待状がなく、名刺を出して
「すいません、雑誌とかでライターをやっている者なのですがよろしいですか」
と言ったら、名刺をためつすがめつされて、
「どういう媒体で紹介していただけますか?」
と詰問された。連載持ってる出版社の名前と、ラジオなども
やってますんで、と言ったら
「じゃあ、どうぞ」
と入ることを許される。上映前に恒例の
「本日は試写にお越しいただき、ありがとうございます。本映画は×月×日、××系映画館にて全国公開されます。上映時間は××分です」
という挨拶があるが、これがチラシをただ読み上げるだけ(キャンギャルじゃないか、と疑ったのはそのせいもある)。しかもつっかえつっかえ。おまけに、自分のそのつかえたことに自分で笑ってしまっている。別に名刺で詰問されたから気を悪くしているわけではないが(逆に責任ないだけ気が楽ではある)、これはいかんでしょう、アルバトロスさん。

で、映画。主人公の兄役で『CASSHERN』でキャシャーン役をやった伊勢谷友介が出ているが、あれとか『キューティーハニー』とかとほぼ同類項の、CG映画である。いわば、絵で“ツクリモノ感”をあえて強調してストーリィの荒唐無稽さを観客に許容させようという演出である。ナレーション(実は……)を広川太一郎に“あの”調子でやらせているのもその一環だろう。

その漫画チック演出にきちんとキャラを合わせている主役三人(上野樹里、関めぐみ、平愛梨)の好演が観ていて心地いいが、原作を知っているものにはやはり違和感あり。監督の小田一生は原作の大ファンでぜひ映画化したかった、とあるが、ならば原作の持つクールで知的なギャグの映像化にこそ力を注ぐべきだったのではなかったか? なぜ、こうもおちゃらけたギャグの連発映画にする? キャシャーンの紀里谷監督もそうだったが、好きな原作を最近の映像作家はよく、こう勝手にいじれるものだと思う。好きだったらもっと忠実に映像化しようと思わないか、普通。そして、その方がまず大概の場合、面白くなるのに。

とにかく、原作のキモである“お嬢様”の浮世離れぶりがほとんど映像化されていないのである。制服のデザインが原作とはかけ離れた、黒で胸ぐりの大きくあいたものになっている(デザインSATORU TANAKA)が、こんなセクシーな服を良家のお嬢様が着はしなかろう。いや、親が着せなかろう。

仮装お茶会のときなどの衣装もひどくて(デザイン津田修)、みんな肌を露出させた服にマスカラの濃い化粧で、とんと水商売のパーティである。今どきの若い女優さんは、よほど押し隠さないとすぐ、セクシーが過多になってしまう。お嬢様の条件の第一は“気品”であって色気はそれと相反するファクターなのである。兄の司城一臣の婚約者役の菊地凛子のお茶会の時の衣装がほとんどシースルーなみの透け乳首だったのには目のやり場に困ってしまった。これは断じて良家の子女の着る服ではない。

お嬢様の性的魅力は、隠された“裏”の魅力である。だから、それを描くにはある種の(江戸川乱歩的な)変態性が必要であり、小田監督にはどうもこの変態性が欠けているようだ。人間としては正常なのだが、映像作家としてはいかがなものか。『キューティーハニー』の庵野監督にもそれを感じたが、今の若い映像作家の作品には、エロはあっても淫靡さが感じられない。女優の体臭までをもフィルムに焼き付けようとする演出家の変態的淫靡さがあって初めて、ヒロインというのは映画を背負えるのだ。潜水艦の中での対決で、ブーメラン状の武器を使う相手との戦いで平愛梨の顔に切り傷が数ヶ所つく。が、顔だけである。なんで服に切れ目を入れないか。リアルでないというだけでなく、監督に、美女を切り刻みたいという“正常な”変態性が欠けている証拠なのである。

あと、CGという“何でも描ける魔法のツール”を手にした後の世代の映像作家は、何でも描けることに頼るあまり、説明的演出を往々にしてはしょる。良家の食事に辟易した史緒がチキンラーメンを森の中で作って食べるシーン、湯を沸す焚き火に使う木の枝を集めるシーンはあっても、どこから湯沸かしやラーメン、どんぶりや箸まで都合してきたかという描写がない。その焚き火が元で山火事になりかけ、それを消そうとして三人がぶっかけた物質同士が化学反応を起こして(?)彼女らに超能力を与えるというスパイダーマンやファンタスティック・フォーみたいな設定なのだが、その原理が一切説明されない。ここで置いていかれる人も多いだろう(通路はさんだ席のおじさんがここで寝てしまった)。『スパイダーマン』の演出の、そのあたりのうまさを勉強したらいいのに。時間や予算がないというならナレーションでもいい。何のために広川太一郎を起用している。お嬢様たちのアフタヌーンティーのスコーンやマフィンなどとチキンラーメンの対比も、説明がないからさっぱり生きてこない。別に考えなくても『カリオストロの城』などから持ってくればいい話で、それもしないというのは不勉強と言われても仕方ない。

要するに絵のハッタリはあってもこの監督、演出のハッタリが出来ないのである。照れがあるのかもしれない。最近の昼メロの方がよほどハッタリが効いている。そして、ハッタリというのはココゾというときに出すものである。前半にマンガチカルな描写を押さえてお嬢様の生態をフェチックに描き、そして後半、一気に……とすればラストのあの上野樹里の×××も、『デッド・オア・アライブ』なみのインパクトがあったかもしれないのに。

とはいえ、この映画、観にきてよかったと思う。あまりによく出来た映画ではただ感心するばかりで勉強にならない。あまりにつまらぬ映画ではそもそもスクリーンに意識がいかない。適度に面白く、適度にアラの見える作品だったために、非常に参考になった。モトはとった、という感じである。帰りの車中でメモにいろいろ書き込む。

事務所着、3時半。バーバラがちょうど来て、オノと三人、甘栗食べながら世間話。私が“宗教マンガだ”と日記に書いた某作品、やはり出版業界でもその異常さが話題になっているそうである。あと、若桜木虔ばなしなど。映画の撮影でどこだかの孤島に行ってきた村木藤志郎さんから島の特産の焼酎が送られてきた。と、思ったらいつも焼酎をいただく博多のファンからも秘蔵の逸物を。重なるときは重なるもの。

楽工社Hさんから電話、かねてから懸案だった出版企画二つ、いきなり通ることに。バーバラに手伝ってもらいたいとのことなので、ちょうど目の前にいることもあり即決。しかし、これで今後の出版予定が、すでに決定しているものだけで10冊を超えた。月刊カラサワ状態がまた復活か。

延び延びになっていたバーバラの(居候)歓迎会を今日にして、それまで仕事。週刊現代漫画評書き上げて送り、さらにアスペクトのサイトの水道橋博士との対談をチェック。7時まで。久しぶりに書庫で資料をあさった。

7時、渋谷に三人で出る。どぜう屋でもと思ったがオノが丸どぜうがダメというのでNG、細雪はと思ったが月曜が休み。近くの居酒屋に入りモツ煮込み、焼き鳥、肉豆腐など。まあ懐かしい大衆居酒屋。出版論、ヒット論、人物月旦などいろいろ。

腹がイマイチだったのでその後、近くの寿司屋で仕上げ。サヨリ、ヒラメなど。酒が“菊水”“一の蔵”とあともうひとつなんとかで、それを順番に2サイクルくらい頼んで、最後を全員ウニで〆たら、案外なお値段になってしまった。アタリマエダ。しかしうまかったし話も楽しかったので結構。

帰宅、メールなど見ながら昼に食わなかった弁当の旨煮などつまみにして、さらに焼酎ロックで。酔いつぶれる感じで12時就寝。また早寝である。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa