裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

6日

木曜日

ヘビー少女

美しい少女の体重が急に増加し……、朝8時起床。入浴、洗顔。日記付けなどして9時朝食。空豆のスープとイチゴ、タンカン。原稿がなかなか進まない。

電話、NHK教育から。『こだわり人物伝』で円谷英二を語ってもらいたいとのこと。円谷さんなら私よりもっと濃い適任者がいるのではと思ったが、河出書房で出した生誕一〇〇周年のムックの中の私の円谷英二論を読んで気に入ってくれての依頼だったようで、戦前のことなどにも触れて欲しいという話。では、と引き受ける。放送自体は9月だが、書店売りのテキストを作るために5月にインタビュー、さらに私本人が東宝の撮影所や円谷プロに取材に行ったりするそうだ。

今から9月の、と思うが、実は9月にはいろんなことがドサドサと重なっている。いつぞやロフトでイベントに協力したYさんから、東大での講演(カストリ系雑誌について)を依頼されているし、笹公人さんと朝日カルチャーセンターで一緒に講義をする予定もある。秋口はいろいろ忙しそうだ。

昼は弁当、シャケとハリハリ漬け、梅干しのみのシンプルなもの。それに大根の味噌汁。2時、恵比寿に向かう。熊倉一雄さんの公演に。駅前で挨拶されたのでだれかと思ったら、ジオサイト講演でさんざ迷惑かけられた現代音楽家のPだった。この女に関しては演出家もカンカンになっていて、普通の神経ならそういう仕事の後は顔を合わせるのを避けると思うのだが、どうも本人は気づいていないらしい。

さて、テアトルエコー劇場。社長さんが自らお客様をエレベーターに案内中。開演15分前だったがすでに補助含め50席ほどの客席はほぼ満員。熊倉さん御自身、若い団員に交じってお客を案内している。稽古場劇場らしく、隅にはマットレスや衣装箱などが積み上げてあるのが雰囲気あり。

端の席に座ったら
「唐沢さん、そこはあまりに端ですから。どうせ端ならアッチの方が見やすい」
と、熊倉さんがなんと私の手をとって、反対方向の席まで案内してくれた。恐縮。それにしても平日昼間でこんなにお客さんが来るとは。オノも来て、やがて開演。熊倉さんがそのまま壇上に上がって、挨拶。テアトル・エコーは本公演以外のこういう軽い、実験的な公演を“サイドB”と呼んでいるそうだが、CD全盛になったこの時代にはなかなか通じないのでは?

本日は50分の作品(ムロジェク『カロル』)と40分の作品(チェーホフ『プロポーズ』)を二本、公演。最初の『カロル』は不条理劇。眼科医のもとにやってくる、猟銃をかついだ老人とそのイカれた娘。“カロル”という人物を撃ち殺すために目の悪くなった老人に眼鏡を作ってくれと依頼された女医は、自分がカロルではないかと二人に疑われ……。この老人を演じているのが沢りつお。おお、ラムの親父さん、いやカニレーザーやザリガーナでおなじみのアノ声が……とつい思ってしまう。何故か老人にねらわれるカロルとは何者なのか、何の暗喩なのか、なぜ最後に女医は……という、いろんな意味づけが出来る芝居で、いかにも不条理劇。60〜70年代によく見られた感じの芝居で、いかにも不条理劇といった感じで懐かしい。ただし、現在ではその風刺性がちょっとカラ回りしているかな、という気味はあり。

続いての作品はチェーホフの『プロポーズ』。『カロル』に比べるとだいぶクラシックだが、こっちは男女の恋愛心理がテーマで、ストレートな笑劇である分、たっぷり楽しめた。もちろん、その裏には19世紀の地主たちの土地へのこだわり、猟犬が資産とみなされていい猟犬を所有することが大地主のプライドだったこと、といった知識が鑑賞の上に必要になるが、しかし、それを抜いてもナターリアの、地主の娘としてのプライドで口ゲンカして隣家の地主であるローモフを追い返してしまい、あとで彼の訪問の目的が自分へのプロポーズと知って、あわてて彼を連れ戻すように父に懇願する、という女心のスラップスティックぶりは現代にそのまま通じて面白い。

かてて加えて、エコーのサイトにも、ナターリア役が三人の女優により争奪戦になっているとだけ書かれていて、誰が演じるのかが不明だったのが、三人がひとつの芝居の中で交代しながら演じるという演出になっている。もちろん、演じる三人にまったくイメージの異なるタイプの女優さんたちを選んでいることから、最初からの仕掛けだろう。三人の女性がいきなりキャンディーズになって「♪ハートのエースが出てこない……」と歌うシーンなどは爆笑。こういう、現代演劇的演出法をクラシカルな戯曲に取り入れる方法は好きである。と、いうか、かつては演劇が独占していた“ドラマ”を、映画やテレビに奪われてしまった現在、演劇がその独自性を主張するには、こうした、舞台でなくてはできない演出が必要不可欠と思うのだ。

ナターリアの父親役の熊倉さんの
「めでたいっちゅうかなんちゅうか」
という言い回しの味も含め、喜劇の楽しさを満喫させてくれた舞台だった。終わって帰るとき、熊倉さんの奥様に挨拶される。『唐沢先生の雑学授業』を読んでくれたようで感心してくれていた。

贈った花を確認して(オノの意見で花屋をセンスのいいところに変えたのだが、ちょっとセンスが飛躍しすぎてヘンの領域に達しているようなデザインだった)。外階段を使って出て、渋谷へ。明日の『ポケット』に関することなど道々オノと話す。

事務所でいろいろ雑用。明日の収録で使うCDなどの選定。これは実に楽しい作業。山田五郎さんから電話で、J−WAVEの彼の番組に出演依頼。これはさすがに9月じゃない。

『ポケット』運営コミュでスタッフとやりとり。いろいろ張切ったり苦笑したりがっくりきたり。自分でも理論的でないこと言ってるな、と思うことがあるが、理論だけで片づかない感情もある。そういう感情に動かされている自分が面白くもある。

9時半、家にてメシ。母の室で。母に『俺たちは天使じゃない』DVDをプレゼント。母は今日、パイデザ夫妻とイタリアンしていたらしい。かきあげてんぷら、揚げジャコとヤマノイモのサラダ、それにカレーライス。カレーは豆板醤たっぷりで辛いからい。NHKでジブリのプロデューサーの鈴木さんの番組を見て、雑談いろいろして、自室でも日本酒ちょっと。『宇宙大怪獣ドゴラ』見る。あの若戸大橋破壊のシーンは東宝特撮における破壊シーン中の白眉だと思うのだが。ダン・ユマのヘンな外人ぶり、天本英世の無国籍金庫破りをはじめとするギャング団などキャラもいいし、あと、ヒロインの藤山陽子のノースリーブ衣装の清純的お色気もよし。これに対比されるギャング役の悪女若林映子を警官が批評する台詞、
「動くベッドって感じだな」
にはぶったまげる。これで脚本がもうちょっとしっかりしていれば……と残念に思う。

日本映画の悪いクセで、ギャングものを描こうとするとそっちにばかり一生懸命になって、それと怪獣を融合させることに力を入れない。ダイヤで女性がからむなら、藤山でも若林でも、どっちかが(いや、どっちも)ドゴラに狙われなくちゃダメでしょう。ギャングの若林は当然ながら奪った宝石ごとドゴラに喰われ、そして藤山の体も宝石(それは当然夏木陽介が彼女に贈ったもの)と共にドゴラの触手にからめとられ……という風にしておけば、この映画、多々、オタクにはいる触手マニアの、バイブル的映画になれたものを。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa