裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

24日

金曜日

ドグラ、マグラ、弥生の空は

霞か雲か(記憶が)。朝9時起床、風呂に入らずに朝食。豆スープ、ブンタン、イチゴ、ブドー、いずれもちょっとずつ。メールチェック。

人に対して好意から何かしてあげるという行為は、ある意味勝手なこと、余計なお世話と紙一重であり、そこに見返りを求めてはいけない、それは単なるエゴに堕する、とは常々自分に言い聞かせていることだが、それでも時にはそれがむなしくなることもある。テンションが低下していくのが如実にわかって、コレデハイカン、と自らを鼓舞する。

ポッドキャスティングにつき、I垣Pからメール。向こうの思惑と私の思惑の食い違いもあり。ただテンションの問題でこちらもドーデモイイヤと思ってしまう部分もある。タイミング悪し。

日記つけ、いろいろ雑用、春先のせいか心落ち着かず。今日の『ブジオ!』最終回用のCDなどをいろいろ選ぶ。1時に時間割で小説宝石インタビューだが、携帯にそのライターさんから電話あり、山手線が事故で止まっているので20分ほど遅れるという。じゃあまだいいか、と構えていたら、また電話で「動き出しましたので時間通りに行けます」といわれ、あわてて家を飛び出る。
結局10分ほど遅刻。

インタビュー内容は健康法。
「こういう雑誌には悪いけど、睡眠時間の確保のためには〆切があろうとなんだろうと時間が来たら寝る、徹夜仕事は一切しないのが精神と肉体のストレスをためない第一の健康法」
と語って苦笑される。

他にもいろいろと話して、
「4回ぶんくらいのネタを貰った」
とライターさん、喜ぶ。一旦事務所に戻り、オノと今日のスケジュール(過密状態)確認。

3時、また時間割。講談社ウェブ現代(いまはモウラ、か)の担当だったYくん、久しぶり。ひとつ急なお願いをしたい件あり、新担当を紹介してもらう。内容は本決まりになってから記載。いろんな話が出る。

また帰宅、メール数本打って後、オノと一緒にタクシーで赤坂、アルゴピクチャーズ。TBSビルが夜空に浮かんで見える坂の下。これから当分、こことTBSに足を頻繁に通わせることになるわけで、ホーム赤坂になるのだな、とちょっと思う。タクシー、急な坂を上がり下り、坂のない札幌出身のオノが
「すごい坂ばかりのところですね!」
というので
「赤坂というくらいだからな」
ととりあえず。赤坂の赤はこのあたりに栽培されていた茜に語源があるらしい。

アルゴピクチャーズ、細谷さん。『ヨコハマメリー』の中村高寛監督がちょうど来ていて、挨拶。会議室で細谷氏、制作会社AのE氏と打ち合せ。あとのこともまた、本決まりになってから。ただ、笑ってしまうような偶然あり、企画立ち上げにちょっと大変そうな探し物があったのだが、それがE氏の関係と、たまたま細谷氏にかかってきた電話の主の関係がらみで、二つも心当たりが見つかった。特に後者の方は、細谷氏が相手に
「……いや、じつは唐沢俊一さんがいま、事務所に見えていて」
と言ったあと、向こうが何か言い、細谷氏、受話器を置いたあと、
「……伝言で、サイトの日記を早く更新してくれとのことです」
と言われ仰天する。私のファンだったらしい。

しょっぱなからのこのラックを逃さぬよう、迅速に動くことだ。終わってアルゴを辞去、細い坂を上って階段を下りて、という上がり下がりで3分もかからずにTBS。これは楽でよろしい。途中でおぐりから電話、今夜のソウルフードの相談。
金曜ブジオ最終回スタジオ入り。ホントウにあっと言う間の半年間だった。深夜ワクに番組が残るとはいえ、やはり8時台全国ネット生放送という大舞台を離れるのは一抹の寂しさあり。何とかまた半年後には帰ってきたいものである。

おぐりと打ち合せして、今日スタジオ見学にくる海谷さんに和菓子を算段してもらうことにする。ディレクターI井さんと打ち合せ、亡くなった宮川泰さん追悼で、“呼べなかったゲスト”として彼の特集をやろうということになる。ちょっと初期の予定と食い違うがそこがまた生放送の魅力でもある。

小林麻耶、スタジオ入り。ちょっと興奮気味。さきほどエレベーターでTBSのエライさん(かなりのエライさん)と乗り合わせ、
「『ブジオ』毎週聞いてるよ。今日、最終回だって?」
と話しかけられたとか。この話を麻耶、ポッドキャスティングの前にもしたが聞いたI井Dがびっくりして、
「今聞いてよかった、番組始まる前に聞いていたら俺、緊張してキュー出せなかったよ」
と言っていた。まあ、確かにエライさんに聞かせるように作ってはいない番組である。

無事、ソウルフードも海谷さんの手により到着、いつものようなダンドリでさて、最終回。
「あまり最終回々々と連呼せず、最後にだけ言いましょう」
とI井Dと打ち合せするが、それでもちょこちょこと口走ってしまう。

最初は『宇宙戦艦ヤマト』『真っ赤なスカーフ』でそのオタクとの関わりを語り、後半は『恋のバカンス』『シビレ節』そして『ウンジャラケ』。最終回だけにちょっとキツいこともいい、ゲストいないだけに持論も語り、なにかやたらしゃべった感じ。小林麻耶についても、初めて語る。

まったく、この超人気超多忙アイドルアナを、ここまでぞんざいに扱った番組もないだろう。おぐりのソウルフードコーナーはあんこ。『魂食!』の宣伝にかこつけて(この本の中で一番気に入っている『赤福』の文章へのオマージュ。

最後におぐりに送る曲として『十一種』から『レイン』をかけるが、オビ文句を読んだら、おぐり
「うははは」
と笑いやがった。ロマンチックのわからん奴である。そしてエンディング。新番組『唐沢俊一のポケット』宣伝を。

番組終わり、小林麻耶にご苦労様、と花束を渡す。拍手と握手、挨拶。熊本に行ってきたADのNくんのオミヤゲの馬刺しに舌鼓を打つ。

しかしまだポッドキャスティングが残っている。すでにここの段階でブログ書き込みが150を超えていた。そうそう、常連投稿者さんの書き込みで、やっとなぜ、このブログへの私にコメント欄投稿が二重投稿になってしまうのかの謎が解き明かされた。Macからの書き込みだと一回クリックしただけで二回投稿されてしまうらしい。

最後のポッドキャスティング、お題は“さくら”。こないだが“卒業”だったので最終回にはふさわしくないようだが、散り際が美しいとされる桜はかえって似合っているか。

それも終わったあと、I垣P、I井D、イニャハラ氏、オノと5人で『ポケット』打ち合せ。ゲストを呼ぶスペシャルウィークの件、4月と5月頭に参加できないおぐりのコーナーをどうするかの件、それから番組のタイトルコールを熊倉さんに読んでもらうのにテアトル・エコーに出向く件など話す。

次回からはこの生放送用スタジオでなく、手狭な収録スタジオに場所も変更。スタッフほぼ全員横すべりなので、まず安心ではある。さらに、新番組の番宣写真を撮影。
ポケットに手をつっこんでいるところとか、ベタなのを何パターンか撮る。さて、打ち上げ。行く道すがら、おぐりが
「唐沢さんから聞いてるだけでI垣さんやI井さんは黙っているから、私のコーナーが(小さくなったとはいえ)確保できるとは思わなかったです」
と言うので、“苦労したんだよ”と言っておく。恩を売ったみたいに聞こえるかもしれない。

時間はここで10時過ぎ。携帯に着信あり、バイク便からで某社からのゲラをお届けにあがったんですが、事務所に入れません、とのこと。当たり前で、10時過ぎに人のいる事務所などそうあるものではない。バイク便出すなら電話一本くらい入れればどうか、とかなり呆れる。持って帰ってくださいと指示。

赤坂の商店街の方にある中華で、乾杯。次回からは番組規模も深夜ワクなみに縮小になるので、打ち上げはワリカンになる。とはいえ、最初から私が持ってもいいと思っていたくらいこの打ち上げは楽しみだった。

その席での、番組全体の反省や提案があったから、この金曜ブジオ、成り立っていったと思うのである。思えば昨日も中華だったので二日続きの中華となり、エビチリ好きのおぐりがまた頼んだので二日続きのエビチリとなる。ニンニク好きのオノは蒸しエビのニンニクソースがえらくお気に入りだった。

海谷さんがおぐりに、今回の公演のフライヤーデザインやまき方についていろいろ厳しくレクチャーしていた。おぐりが終電で帰ったあと、I井Dも加わって、『ポケット』の話。

某グループにつき、I井Dのやたら辛い評を聞く。なるほど、某件でなかなか話が進まなかったのはそのせいもあるのか、と。ふと気がつくともう3時半。二日続けての午前様になった。

タクシーで帰宅、車内でオノからいくつか説教される。考うべきこと。というか、ずっと前から考えていることなのだが。

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