裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

3日

金曜日

さだくろさんぼ

イノシシたちは木のまわりをぐるぐるぐるぐる……。朝8時半起床。睡眠時間がどうしてこう長くなるのか。星新一のように、徐々に徐々に睡眠時間が長くなっていって、やがて寝たきりになる、というのもイヤだな。

夢で、劇団(架空のところ)に加わって、地方のホールのようなところで稽古をしている。ところがこのホール、控室もトイレもみんな独特の仕掛がしてあって、使うたびにとまどう、というもの。

朝食、9時。ゆうべの鍋の残りに味噌を入れて味噌汁仕立てにしたもの、イチゴ。原稿書き。FRIDAY4コマ、恐竜がネタ。昨日、久世光彦氏が亡くなったというニュース。70歳。突然死だったらしい。週刊新潮に森繁久彌と『大遺言状』を連載中。もちろん、この炊いとるの遺言状は森繁の、であって久世氏のものではない。御当人もまさか92の森繁氏より先に逝くとは夢にも思っていなかったに違いない。森繁ではないが本当に“神様は残酷だ”である。

内田春菊の三度目の結婚式で出会ったのが最後か。潮健児の『星を喰った男』の中で、潮さんをいじめ抜いた、というくだりがあった。テレビ出身の人間として、映画にはかなりの対抗意識を燃やしていたのではないか。そのため、映画畑の演技をベースにしている潮さんを徹底してマークしたものと思われる。潮さんには気の毒だし、その話を潮さんから実際に聞いて文章にするときには憎しみすら覚えたものだが、しかしそれは、テレビ人として、テレビの演出を確立させるための“戦い”だったのではないか、久世氏にとって。テレビという現場にかかわるようになって、そう思うようになったものである。

FRIDAY完成させてメール、そのあとすぐ、ラジオライフ用原稿書く。急場なのでネットで拾える資料を使い、これまでとはちょっと視点の異なる原稿となる。これはこれで結構かと自分で思う(ことにする)。11枚、2時に完成させてメール。昼飯は食い損ね。

それからタクシーで東銀座、松竹本社、シネマアルゴ『ヨコハマメリー』試写。ヨコハマのいわばシンボルだった立ちんぼのパンパン、メリーさんが“姿を消してから”、30歳の若い監督がその存在を追うドキュメンタリー。自らも末期ガンに冒されながら、かつて自分のコンサートに来てくれたメリーさんを追うゲイボーイのシャンソン歌手永登元次郎氏の姿を中心に。

(以下ネタバレ)映画の最後で、メリーさんから手紙を貰った元次郎氏は、病院を抜け出して。メリーさんの故郷にある養老院へと向かう。そこでのコンサート。
「私はもうまもなくこの世を去る……」
と、老人たちの前で歌う元次郎さん。そして、カメラはその歌を聴く客席の中の、メリーさんを映す。5年という歳月をかけて探していたメリーさんを、監督は決して大仰に撮らない。淡々と、字幕も“メリーさん”とだけ。それは、かつてもヨコハマの風景の中に溶け込んでいたメリーさんを、いまもそのままの存在としてとらえているからだろう。その顔の綺麗なことに驚く。鼻筋の通った、美しい老嬢である。醜悪な、白塗りのあの、メリーさんのイメージとは大違いなのである。

インタビューで作家の山崎洋子(かつてメリーさんを小説にした)が、彼女の白塗りはあれは仮面だ、と話していた。彼女が仮面の下に隠していたもの、いや、仮面に託して作っていたメリーのイメージとは何なのだろうか?彼女が常にその店の前に立っていた米兵相手の居酒屋『根岸屋』や、彼女行きつけのクリーニング店や宝飾店、化粧品店。どんどん姿を消していく“戦後”のヨコハマの姿の、それはキャラクタライズされたイメージだったのかも知れない。

試写室ではずっと松沢呉一の隣だった。呉越同舟(確かに“呉”ではある)が、映画に感動していたということでは同じ。出て、アルゴのH谷さんに挨拶、この映画のこと、それから私の企画のことで話す。近々、きちんとした打ち合わせを、と。

出たら雨、ポツポツ。時間的に一度は仕事場に帰れそうだったのでタクシー乗るが、道がかなり混んでこのままだと着いてすぐトンボを切ってTBSに、ということになりそう。途中でオノに電話、神宮前あたりでメシを食って時間つぶすことにする。

食事場所、いろいろと迷った末に神宮前『そばのそ』という蕎麦屋であなご天ざる。酒も飲めるモダンな蕎麦屋で、いかにも神宮前という感じ。あなごのてんぷらも、蕎麦もなかなか。今度は酒を飲みに来たい。とはいえ、欠点は主人が耳が遠いのか、そば湯頼むときもお勘定のときも、数回“すいません”と叫ばないと来てくれないこと。

食べて、タクシーでTBSに戻る。スタジオ、まだ前の番組の人が入っているので、ソファのところで新聞など読んでいたら、I井Dが来る。三々五々、『ブジオ!』のスタッフが揃い、いつものスタジオとなっていく。この過程が面白い。

S川さんが『ゲゲゲの鬼太郎』のCDを用意してかけていたが、全部吉幾三バージョン。駄目だよ、これはと変えさせる。おぐりは今日は劇団のチケット発売の告知でみずしな孝之さんと来る。I井Dが、今日はかなり綿密におぐりと進行打ち合わせ。グダグダにならぬよう、データとダンドリをしっかりと頭に入れさせている。

今日はおぐりの告知の他に、杉ちゃん&鉄平も渋谷でのインストアコンサートの後駆けつけて、5日のコンサートの告知をしたいという。熊倉さんも告知があるだろう。告知ばかりになってはリスナーがとまどう。配分に苦労する。

7時、オノと一緒にロビーに熊倉さんを迎えに降りる。まだ見えていなかったが、メガネ萌え系美女のマネージャーさん(テアトル・エコーの人)が私を認めて、「いま、ちょっと車が混んでいるようですので」と話しかけてきた。

ほどなく見えて、スタジオまで案内。ソファ席で改めての挨拶と前打ち合わせ。持っておいでになる曲がLPレコード、トーク中で流す曲がテープ、とアナログなところがいい。
「バンサ(藤村有弘)のこと、話してもいいかな?」
とおっしゃるので、それは逆にお願いしたいくらいで、と大喜び。藤村さんのことは本にしたいくらいだ。

やがて小林麻耶はじめ全員揃って打ち合わせ。ソウルフードのコーナーで小林麻耶とおぐりが銀座松屋を“まツや”と(ツにアクセント置いて)発音したら熊倉さんが
「あたし京橋生まれなんで、その発音だけはがまんできない。“まつや”と(デパート、と後につけるとこの発音になる)読んでくれませんか。“まツや”だと牛丼屋になッちゃう」
と。勉強になるなあ。あと、おぐりが“本番の舞台がなにより楽しい”と言うと熊倉さん、
「稽古の方が楽しいヨ」
と。

で、放送開始。熊倉さん入りに“ヒッチコックのテーマ”を用意したのはいいが、それがテレビタイトルのものでなく、原曲の『あやつり人形の葬送行進曲(グノー)』だったので間が空きすぎ。頭を抱える。しかし、つまづきはそこのみで、後はもう、私のテンション上がりまくり。前半はほとんど私がしゃべって、ブログのコメントに
「しゃべりすぎ」
と書かれてしまった。私も同感。後半は熊倉さんに自由にしゃべってもらう。

黒澤明『天国と地獄』で声だけの出演をした話、あの独特のイントネーションはヒッチコックのしゃべりに合わせたときに身についてしまった話、一番お気に入りの役は前から大好きだったポアロであること、しかし最近はポアロ役のディビッド・スーシェが偉くなって年に2、3回しか新作が来ない話など。

後半の入りをイニャハラさんの台本でポアロの声でやってもらい、
「こちらが唐沢俊一さん」
と『特ダネ登場』のナレーションでやってくれたときには全身総毛立った。とにかく、小林麻耶にも指摘されたがホントに私、嬉しそうで、はしゃいでいたようだ。

そして藤村さんばなし。私が小学校以来使って怒られてきたドン・ガバチョの
「エンペト(エンピツ、のこと」
という表現について、
「それが出たということはかなりアイツが乗っていたときだよ」
との証言を得て、実に嬉しくなる。CDで『コケコッコ』の歌をかける(私が持ってきたひょうたん島のCDの中にあった)。藤村さんが楽譜を読めないので、熊倉さんが指で音の高低を示して、それに合わせて歌っていた、という話は前にもどこかで聞いたが、目の前でしてくれるとまた格別。
「あの歌い方は、楽譜が読める人間には怖くて絶体できない」
「なにしろ彼は台本を読んでこない。その場で読むから、悲しい話なのに笑いながら読んでしまったりする。途中で気がついてまた戻ってくるんだが、それが実にもう可笑しい」
「ディレクターもちゃんとわかっていて、“あれは放っておけば面白い。綱をつけるとつまらなくなってしまうから、好きにやらせろ”と勝手をさせていた。いい時代だった」
などと、若い世代おいてきぼり。愉悦の時間という感じ。

私が高須院長だったら放送ワクを買い取って3時間くらいえんえんとこの話をしていただろう。なぜ私は億万長者じゃないのか、と、こういうときには情けなくなる。しかし、これは自惚れだが、熊倉さんもかなり興奮してしゃべっていらしたのではないか。あっと言うまに40分経つ。

で、続いてはソウルフードコーナー。みずしなさんが桃缶運びの役でスタジオ入り。おぐりがはやく座って、とか指示を出している。コーナーと告知、無事、というか時間通りにピタッと決まる。やはり下稽古と緊張感は大事だ。ただし、熊倉さんにダメを出された光栄の“まつや”は中でその言葉が出なかった。残念。

そして最後のコーナーでは杉&鉄、ちゃんと1分の告知のために新ネタを用意してくるのが彼ららしい。熊倉さんも“素晴らしい!”と絶賛。そして記念撮影であるが、I井Dたちはじめ、杉鉄もおぐりも、それから私もみんな熊倉さんとツーショットを撮りたがって(鉄平くんはスタジオで熊倉さんの声を聞いて「『ばくさんのかばん』の人ですよね!」と興奮していたそうである)、ちょっとした撮影会。こんなゲストも初めてである。

で、みなさんお帰りになった後、ホッと息をつき、改めてポッドキャスティング録音。テンションにまだ余韻があり、神経が高揚しているためかトーク絶好調。話をブーメランのように遠くへ投げた末に手元に戻してオチをつけたあたりで、小林麻耶が感心したように
「素晴らしーい!」
と叫んだ。もっとも、今日は完全に“麻耶いらない”モードになってしまい、ラジオの決めゼリフとか、本来彼女がしゃべるところまで、私が分捕ってしゃべってしまった感がある。気をつけねば。

終わって、寿司勘で、イニャハラ、I井、おぐり、みずしな、六花の面々で打ち上げ。おぐりが完全に主人公になる。みずしなさんがうわの空の飲み会で座長が言ったスケベ話に、スケベ話で返した、という証言に、目を見開き、興奮した口調で“言ってなーい、言ってなーい!“と。みずしなさんがしれっと、“ああ、そうだった。言ってない”と訂正すると、“訂正になってなーい! みんな信じなーい!”と。しまいには狂乱的ノリとなり、もう爆笑。彼女もいい年齢で、スケベネタのひとつくらい言ったところで傷にもならんのに、この凄まじい否定で逆に“ああ、口をすべらしたな”とわかりまくり。とぼけ通したみずしなさんGJ。11時ころみずしなさんが、12時におぐりが去った後、今後の展開につき、4人でちょっと鳩首会談。結局、帰宅が2時回ることになる。明日がキツいぞ、これは。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa