裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

11日

土曜日

溺死しちゃった婚

 恋敵が溺れ死んでくれたおかげで僕たち結婚できました。朝、7時30分起き。朝食のベルで目が覚める。さすが、二日続けの午前様だと眠いねむい。朝食、エダマメとトマト。ナミ子姉に挨拶。新聞に伊藤彦造死去の報。100歳ちょうど。すでにして日本文化史中の人物なので、“ああ、亡くなったか”というような悲しみは薄い。とはいえ、いまだ存命であったという事実に、感慨はかなり深いものがある。あれは私の古本コレクター人生のかなり初期だったが、山口将吉郎や高畠華宵など、昭和戦前のイラストレーターの画集や挿絵の載った本を集めようとしていた中で、最も好きだったのが、伊藤幾久造と伊藤彦造という、かなりややこしいまでに似た名前の二人の画家だった。幾久造の方は『火星兵団』や『魔城の鉄仮面』などというオドロオドロしい科学と妖気の世界を見事に描き出しながらも、全体として健康な精神を感じさせ、一方の彦造は、正義の剣士や勇気ある少年などという真っ当な人物を描きながらも、その表情や構図のどこかに病的なものを漂わせていた。凄惨なまでに美しい青年や少年たちの乱舞する『豹(ジャガー)の眼』『天兵童子』といった作品の挿絵は、どれも主人公にしてはきつすぎる目、削げすぎた鼻梁、そして時にSMチックな構図で、一目でわかる異常性を有していた絵であった。こういう絵を掲載していた当時の 少年雑誌というのも、また凄いものがあったと思う。

 食事のあと風呂入り、のんびりとした気分でパソなど眺め、11時45分まで家で体を休める。昼近くになって出て、地下鉄で神保町。丸の内線から赤坂見附で半蔵門線に乗り換える。古書会館愛書会古書市。今日はどういうわけか、あまり古書市をよく知らない人たちが来ているらしい。カバンを持ったまま入ろうとしたり、手提げ袋を持ったまま入ろうとするおばちゃんがいて、係に注意されている。
「あの、お荷物はこちらでお預かりいたしております」
 と声をかけられると、
「あっそ。じゃあ、このカバンだけでいいわ。手提げには貴重品が入っているから」
 と言い張り、いえ、一応袋類は全部おあずかりすることになっております、と言われ、何、買い物袋もダメなの? とつっかかってくる。後ろで順番待ちしている、常 連らしいおじさんがジレて、
「本とかが入っちゃうものは持って入られないんだ。常識だろ!」
 と怒鳴るとおばさん、聞こえよがしに大きな声で
「ああ、怖い怖い。怖いところだねえ、ここ。ちょっともの聞いただけで怒られる」
 と言ってムスッとしている。他にも、30歳くらいの女性で、カバンは預けますが中身は持って入るので、なにか小さなビニール袋をくださいなどと言い、係を困らせている人がいた。地方の教育関係者かなにかの見学会なのかもしれない。

 いくつか見回り、いくつか買い物。それほどのものがあるわけではないが、しかし何もないというわけでもない。一時間ほど回って一万四〇〇〇円ばかり。『坂口祐三郎伝』という布張りの大きな本があり、赤影ファンが作った本か、と思って手にとってみたら、同姓同名の、大阪南新地の芸妓屋の主の評伝だった。戦前戦後の大阪遊蕩文化の様子のわかるいい本で、買おうか買うまいかかなり迷ったが、買わず。出ると きにまた、カバンを持って入ろうとして留められているおじさんがいた。

 出て、通りをへだてたところに出来た『築地銀だこ』(ついこないだまで、新装開店の新刊書店だった)に入り、たこ焼きで昼食。女子中学生・高校生たちの会話を漏れ聞きつつ。やはり、渋谷の連中に比べると、文京区の女の子たちはかなりまとも。 ラムネ二本。

 帰宅、しばらく休んでマッサージに行く。休んでまで行かなくてもいいではないかと思うところだが。可愛らしい女のセンセイだった。強く揉んでもらいたかったのでちょっと残念、と思ったが、やはり女性に揉まれるというのはココロ癒されるものですね。凝りはあまりとれなかったが、気分はほぐれて楽になった。こういうとき、余計なジョーク飛ばして笑わせて、アア、ボクはなんてオンナノコあしらいがうまいの ダロー、てな寒い満足感にひたるのはおじさんの特権か。

 ここは一時間で頼むと、サービスで10分ほどおまけで揉んでくれる。こないだはそれを失念していて次の予定をキチキチで立ててちょっと困ったことになった。今日はそこも念頭において時間設定をしたおかげで、見事に予定通り、揉まれ終わって買い物を少しして東急線渋谷駅改札口階段前に7時25分の待ち合わせ時間カッキリに到着。K子と二人、武蔵小杉の“おれんち”へ。ひさしぶりに、人を連れずに二人で 食事。

 おれんちの奥のカウンター席についたら、『裏モノ日記』を渡される。この店の常連さんで私のファンがいて、来たらサインをしてくれるよう、店に預けておいたのだそうである。そこまでしてくれるのは嬉しい。二人でサイン。サミュエルスミスのスタウトで喉をうるおし、あとは若におまかせして、今日の美味に鬼太鼓座なみの舌鼓を打つ。お造りはイワシ、カンパチ、サンマなど。燻製地鶏の味わい素晴らし。燻卵も卵黄部分のとろけ具合絶妙、それからメヒカリ天ぷら、なんだかの焼いたの、なんだかの煮たの(すいません、ビール、酒、焼酎と連続して飲んで、もうなんだか細かく覚えていません。みんな歓声を上げて食べていた記憶はあるのに。もっとも、さすがにサエズリの刺身を食ってむひー、とか言ったのは覚えている)。ここの若を、本人の希望でサイト・イーティングのMLに迎えることにする。うまいものが大好きらしい。いや、確かに自分が食いしん坊でないと、こういう店は作れない。〆は蕎麦ですね、と向こうで言うので、もうひとつ加えて、焼きおにぎり茶漬けを注文。こういう風にやけくそ的に食べられるのも、朝・昼で我慢しているおかげ。お値段、いささか食い過ぎ飲み過ぎで覚悟していたが、焼酎のキープがあったものの、食べ物だけで見ればかなりの廉価。サイン代かな、と帰り道でK子と話す。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa