裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

28日

土曜日

オウムの親子は仲良しこよし

 いつでも一緒にショーコーショーコー歌う。朝、このあいだの“息子のお見合い”の続編みたいな夢を。7時起床、入浴その他雑用、半に朝食。エダマメ、レタス、ブロッコリのポタ。少し、起きたときから左の腰、というより尻が痛む。寝違えたものか。新聞に映画監督山本迪夫死去の報。岸田森が日本版ドラキュラを演じた『血を吸う』シリーズは日本映画史の中で特異な位置を保つのだが、アサヒ・コムの記事ではそういうものに全く触れぬどころか、“黒澤明監督らの助手につく”などと書いてある。黒澤についたこともあるかもしれないが、演出助手(チーフ助監督)として山本迪夫が見事な手腕を見せたのは岡本喜八監督作品においてであり、どちらが業界での仕事として重いか、は明らかであろうに。また、アサヒ・コムは“映画監督の”と肩書きをつけていながら代表作をテレビ『太陽にほえろ!』にしている。呆れて、ニフティ・ニュースの方を見てみたら、さすがに岡本喜八の名前と、『血を吸う薔薇』などの吸血鬼シリーズを手がけた、ということなど、ちゃんと書いてあって感心。

 それにしても、6本しかない監督作品のうち、3本がホラー、2本がスリラーというのは、1970年代の日本の映画人としては異彩と言える。昨今のホラー映画ブームをどう見ていたのだろう。誰か、この日本のホラー映画ジャンルを一時、たった一人で支えていた功労者に、もう一度メガホンをとらせてみよう、と考えるプロデューサーはいなかったのだろうか。ところで、私ももちろん岸田森の“ウー!”と吠えまくる吸血鬼は好きであるが、それ以上に酒井和歌子主演のスリラー『悪魔が呼んでいる』の大リスペクターで、ここらへん、この映画をクサす快楽亭ブラックとは意見を異にしている。北林谷栄が(ネタバレにつき自粛)というのもたぶん、この映画だけであろうし、その最後のセリフにいたっては、映画館から出るお客さんたちが全員、それを口ずさみながら出るに違いない名セリフ。大滝秀治、西沢利明、藤木敬という濃すぎる怪優たちがまた、悪ノリ全開でベストの怪演をしており、運命と悪意に振り回される酒井和歌子の可憐さが嫌が上にも際立つようになっているのである。『血を吸う……』シリーズはビデオになっているが、この作品、まだソフト化はされていな いはず。是非とも東宝はこれを出すべし。

 8時10分家を出て、タクシーで仕事場へ。中野通りに、これまで気が付かなかったが、昭和40年代調バリバリの建物があり、二階が雀荘『トップ』、一階が散髪屋で『BARBARライト』。トップ・ライトの漫才が絶頂期のときにつけた名前か、それとも関係者か。運転手のお爺さん、気さくにいろいろ話しかけてくる東京っ子タイプ。自分がいま愛用していて非常に調子がいい、という黒酢のカプセルをぜひのめ と言って二粒、くれた。

 仕事場に着くが、腰の痛み悪化して、仕事出来ず。黒酢は腰には効かないらしい。痛み止めをのんで、しばらくじっとしている。なんとか、大丈夫のよう。11時、家を出て、途中参宮橋の道楽でノリミソラーメン一パイ、啜りこんでから新宿へ。ロフトプラスワンにて『偉大なる職人監督・湯浅憲明を偲ぶ会』。すでに楽屋に開田裕治さん、中野貴雄監督、それにゴジラ、ガメラの第一作からバロム1、ヨンガリから北京原人までに加わっている造形作家の村瀬継蔵さんというゲストの方々、揃われている。最初はガメラファンの人たちで勝手に盛り上がろうという趣旨だったが、村瀬さんの参加で、会に重みがついた。しかも村瀬さんという方は、日本の特殊造形史の生 き証人みたいな方なのに、まったく偉ぶらずに親しくお話をしてくれる。

 開田さんのファンの方がソーセージを差し入れしてくれる。彼は小学生の頃、ガメラの撮影現場に見学に行ったことがあるそうで、そのときの写真、また、湯浅監督とその後やりとりした手紙のコピーも見せてくれた。こういうコアなファンが監督には 本当に多いのである。斉藤さんが本当に親身に動いてくれていた。

 さて、話であるが、最初からどんどん飛ばす。ガメラの位置づけ、その演出、そして子供時代、どうガメラに対峙してきたか。それらの思い出ひとつひとつが、湯浅憲明という天性の映画職人の計算によって仕組まれていたことを解き明かしていこうと言う路線を引く。湿っぽくなったら困るなとは思ったが、中野さんがどんどんギャグを飛ばしてくれるので、その憂いはなし。客席も反応よく、話がどんどん進み、用意してもらったビデオをかけるのを中盤まで忘れていたほど。しかし、『ガメラ対ギャオス』の、ラストの対戦シーンをビデオ上映すると、さすがのおしゃべりたちも、つい口をはさむのを忘れ、その対決に見入ってしまう。完璧なカット構成。中野監督が
「カット割りだけで、ガメラがいい方でギャオスが悪者の方だとわからせている」
 と感服していた。

 村瀬さんの、『北京原人の逆襲』ばなしなど、造形のお話ももっと聞きたいところであったが、それでは湯浅監督と離れてしまう。一番、印象的な話はこれだった。
「ゴジラとガメラ、両方の撮影に立ち会いましたけど、東宝では、円谷さんのOKはカメラマンさんだけが聞いて了解するんですよ。スタッフたちはあと、黙々と働いていて。……ところが、大映のガメラの撮影では、湯浅さんのOKの声が響くと、もうそこにいる全員が大拍手、大歓声でしてね。あそこが一番、違いましたね」
 ……何も蓄積がない中で、大東宝、大円谷に対抗して怪獣映画を作ろうという新興会社の若さとバイタリティにあふれた雰囲気が、もっともよく現れたエピソードであると思う。子供たちがガメラを好きになったのは、フィルムの裏に、その拍手と歓声 が焼き付いていたからではあるまいか。

 3時間半、とにかくしゃべり詰めであったが、一切疲れを感じなかった。終わったあと、FKJさん、IPPANさん、笹公人さんなど、来てくれた人に挨拶。ガメラファンの人たちにもたくさん声をかけられた。まだしゃべり足らずに楽屋で四方山ば なし。おぐりゆかの目のガーゼのことを話すと、開田さんも中野監督も、
「そりゃそんな状態になれば可愛いに決まってますよ!」
 と。“片目女子”同好の士が案外多いことを発見。中野監督曰く“『愛と死を見つめて』症候群”と。相変わらずうまいねえ。

 一時間半ほど話す。斉藤さんも加わり、次回の村木さんとのトークの打ち合わせ。“朗読ライブもウチでやってくださいよー”と言うので、“他の会場ではマジメな朗読が主だけど、ここでは「全編バカバカしいものばかり」というのをやろう”と企画する。開田さんは次の会合があるとかで帰ったが、中野さんとはなんだかんだと雑談がはずみ、5時半まで居た。ビデオなどもいただく。きちんと見て、宣伝もしないといけないのだが。あと、『華氏911』の話なども。かつての町山さんを知っている人々の抱く違和感、みたいなこと。

 腰がさらに痛みはじめる。一体何か? タクシーでタントンマッサージ前まで行って揉んでもらう。やや、薄らいだような感じではあるが。家に帰ってみると、座っているのも大儀な状態。なんとか原稿を書く。進まないのは当然。いたた、いたたと呻きつつ。

 10時15分までそんな状態。腹も減ったので家を出て、吉野家で豚丼とビール一本。ひさしぶりにこういうものを食べた。やはり豚丼はうまくない。10時45分、シネセゾン。“トークする者です”と受付で言って、控室に通される。待つほどもなく、河崎実監督と叶井プロデューサーが来て、もういきなり『北京原人の逆襲』ばなし。三人の話があまりにマニアックなので、脇にいたスタッフの人たちが呆然としたような表情をしていた。今日は昼にカメの話で夜にイカの話というディープなトーク の日であったが、それにサルまで加わった。

 11時半、舞台に河崎監督と二人であがって、怪獣ばなし、ぬいぐるみばなし。三十分ほど。三十分なんてのは立ち話ですね、もはや。もっとも、昼の三時間はギャラなしだったが、こちらの三十分ではギャラをいただく。申し訳ないようなもの。で、現金なことに、こういう話をしているときに限り腰の痛みも忘れている。河崎監督は明日6時起きで『まいっちんぐマチ子先生3』の撮影だというし、私も腰のことがあるので、そこですぐに辞去。タクシーで帰宅、アリナミンとコンドロイチンをのんですぐにベッドにもぐりこむ。

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