裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

20日

金曜日

罹患者トーマス

 トーマスが罹患ってことはゴードンもパーシーも……? 朝、6時45分起床。入浴して7時半に朝食。キウリ、焼きカボチャ、トマトなど数片ずつ、冷ポタージュをティーカップ一杯に梨。今日はやる仕事が多いのでタクシー出勤とする。車内で今日 書く原稿のメモつけ。

 仕事関係メール多々。少し仕事とりすぎとは思えど、貧乏性のため、来たものはとにかく引き受けてしまう。もう少し増えたらマネージャー通しにした方がよさそうである。青林工藝舎Sくんから電話。逆柱いみりさんの単行本が今度出るにつき、その 解説の依頼。逆柱さん自身の指名であるとのことで、これは嬉しい。

 で、さっそく書き下ろし……でなければいけないのだが、連載誌原稿も鬼の〆切がある。モノマガジン原稿5枚半、だだだだだと書いてすぐ続けて漢字天国原稿4枚、ばばばばばばと書く。その間に私用電話かかってきたり、おにぎり食ったり、なんだりかんだりをこなしつつ。角川書店『TOKYOウォーカー』からインタビュー申し込みがあり、日取りスケジュールまで立てていたのが、急遽書評のみでインタビュー はナシとなる。

 書き上げて、さて書き下ろし……のはずが、こないだ出して“ちょっとこれは”とお派に合わなかった企画の代替案をまとめて少しだけ書く。今度はまったく方向性が違うが、これもまた書いていて楽しい。本来私の主流だった書き下ろしが煮詰まってばかりで、こういうものが楽しくなるとは、自分の中の執筆に関するモチベーションに、いささか変化が生まれてきたという証拠のような気がする。原因も自分でわかっ ているんだが、ここでは書かない。

 5時、家を出て半蔵門線にて神保町、早めについたので近くの書店ちょっと見回ったり。開田さん夫妻と半に待ち合わせて、少し用事すます。カスミ書房さんの新店舗を開田さんに紹介など。コミケばなしもいろいろ。そこを出て、喫茶『エリカ』でまた雑談。アレ(内緒)をいったい如何にすればよろしいか、というようなハナシ。最中に開田さんに携帯がいろいろかかってくるが、さすが開田さんで、その内容が濃い 濃い。

 都営線で新宿、丸の内線に乗り換えて新宿御苑。『悲しみにてやんでい』、5回目(!)の観劇。今日はミリオンの『GON!』のS井氏をティーチャ佐川さんに引き合わせるのが目的。楽屋を訪ねたらみずしなさんに驚かれる。ここまで頻繁に通う男も珍しいだろうな、それは。ティーチャさん、今日は左右が赤と白に分かれた派手なステージ衣装。一度外に出てS井さんを拾って劇場まで案内して、無事、S井さんとティーチャさんを面通しさせてホッ。島さんと朗読関連の練習のスケジュールなど少し話す。出来るだけ練習と本番の間はあかないようにしたいと島さんの要望。

 そんなことをしながらふと見ると、おぐりゆかが腕に何やらガーゼあてている。訊いたら、腕でよかった、というようなアクシデントがあったとか。“女優なんだから気をつけなさいよ!”と小言がつい、出る。しかし、実を言えば驚いたのである。このあいだ書きあげたばかりの原稿で、“会うとどこかしらケガをしている女の子”、というキャラクターを出して、“これいいですねえ”と盛り上がったばかりだったの である。こういうのも西手新九郎かな?

 私はS井さんと後部の席に、開田さん夫婦は最前列に席を取る。来たとき、受付にI矢くんがいたはずなのだが、客席を見回すと姿がない。開田さんたちも覚えがないという。どういうことか? と受付とか回って訊いてみるが、心当たりがないとか。“体の具合がちょっとよくないということだったんで、帰ったのかな”と開田さん、“上の方で倒れているかも”とあやさん。結局、どこへ失せたかわからず。

 五回目の舞台、これだけ観ていてもダレないのだから大したものだ。それは、この芝居が、全員勝手なことをしでかしてばかりいる連中による徹底した大混乱の様子を描いたストーリィでありながら、芝居のベクトルが常に一方を向いて、寄席のプログラムの進行と共に、トリの圓志の登場へと進んでいく、シンプルな構造を持っているからだろう。やっている方も観ている方も安心していられるのである。客に安心感を徹底して与えない(もしくは不安定感を常に与え続ける)、というスタンスが、いわゆる70年代アングラの遺産でまだまだ食いつないでいる小劇場演劇の持つ臭みのひとつの原因で、もちろん、私も一時その臭みにどっぷりとハマりこみ、これがなくては演劇じゃない、などと思っていたものだが(イッセー尾形にもそう言いつのったことがあった)、時代のリアルな不安定感はもはや、小劇場の闇の中で演じられる不安などをはるかに追い越したシュールなものになってしまった。現実の縮小再生産に魅力はない。いま、劇場空間に求められているのは、うわの空の芝居のような、適度にファンキーな癒しの笑い、なのである。その安定感は、古くさいように見えて実はぐ るっと回った先端なのではないか。そんな気がする。

 大御所金原亭百蔵師匠役、今日は立川談四楼さんが勤める。さすが本職の噺家で着物の着付けや立ち居振る舞いなど一番決まっており、ホンモノに見える……はずなのだが、やはりご本人を知っている身には、どう見ても談四楼さんにしか見えないのが難点。枯れきった名人の大御所、という役には談四楼さんはまだまだ若いのである。なまじ落語家の雰囲気を地で持っているだけに、演技で本当は覆い隠さねばならない筈の、その若い地が出てしまうのだろう。ここらへんが“他者を演ずる”のが本領の 演劇の面白さだ。

 舞台終わった後、ティーチャさんとS井さんのインタビューに同行すべく、ウェンディーズに。座長や島さんはまた和民だというので、あとで合流するつもりだったがインタビュー途中で島さんが“すいません、一杯だったのでへぎそばに変更になりました”と言ってきて、しばらくしてまた今度は島さんとおぐりが、“すいません、へぎそばも一杯だったんで、今日は解散して、明日に備えます”と。考えれば金曜日、 まず、いきなりでは空いている店はない。

 インタビューは予想以上に面白かった。S井さんも昭和三十年代のコメディアンとかが好きで、石井均とか大宮敏光という名前にすぐ反応してくれる。それにしても、ティーチャさんの若かりし頃の、芸能界への深入りのエピソードは私のような趣味嗜好を持つ者にとって、面白すぎる。まさか『陸軍落語兵』に出演なさっていたとは。私がティーチャさんの百蔵師匠は先代の円遊さんに似ている、と言うと、“あ、ワタシもそこらを意識して演じてます”と、お世辞でも当たっていると言ってくれたので嬉しい。ついつい話を聞き込んで、ウェンディーズの閉店までいた。S井さん、なにしろ当の『GON!』がどうなるかわからぬ状態ながら、“なんとか形にしたいと思います”と言ってくれていた。ティーチャさんの百蔵師匠も近く観にくるとのこと。

 そこで二人と別れ、打ち上げも流れたことであるし、メシはどうしよう、とぶらぶら歩くうちに二丁目に来てしまう。へぎそば昆をのぞくと、今の時間はガラガラ。入るとお母さんが“アラ先生お珍しい、お一人ですか”と訊いてくる。“友だちたちがさっき来たけど満席で帰ったって”と言うと、“アラ、あの14名様だかかな、すいませんねえ、ちょっとのタイミングで一杯になったりガラガラだったりするんですよオ”と。さっきの話のメモを読み返したり、またカウンターの端っこの若いゲイカップルの会話を漏れ聞いたりしながら、氷頭なますなどで八海山をチビチビ。こういう のもたまにいい。最後にそば一枚啜りこんで帰宅し、シャワー浴びて寝る。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa