裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

8日

日曜日

ピザパイは猫である

 ハンバーガーばかりではないぞ(都市伝説)。夢の中で女の子が私に向かい、“クシクシクシクシ”と奇妙な声で可愛らしく笑う。そのクシクシクシという声が耳にいつまでも響き、はっと目を覚ましてもまだ、耳元で聞こえている。ナンダコレハとあたりを見回したら、ベッドの隣で、K子がパズル雑誌手に、お絵かきロジックのマス目を色鉛筆でクシクシクシ、と塗りつぶしていた。なんでこんな早くに、と思って時計を見ると、早いどころか7時15分過ぎ。あわててシャワー浴びて髪のみ洗う。7時35分の朝食にはなんとか間に合う。これから日曜はも少しゆっくりしよう。

 朝食、ヤキイモ。このイモも京野菜である。セロリの冷ポタ、梨。『遠くへ行きたい』、渡辺文雄追悼でもやるかと思っていたら通常の放送。山形県のコマーシャルで彼がナレーションやっている“よってけらっしゃい”も、きちんと放送していた。

 日曜なので仕事がらみのメール類は少ない。最近は“エロサイト使用料請求”の詐欺メールはなくなり、変わって頻繁に来るのが、女性からの間違いメールを装ったやつ。このあいだは“沙織だよ”というのが来て、今日は“ゆかでーす”というのが来た。うわの空率が高いのは西手新九郎か。二人ともこんな題名のメールは絶対よこさ ない子だけれど。

 仕事カリカリ、弁当(ウナギツクダニ)食べて、またカリカリ、煮詰まる。エエイと放棄して、新宿御苑まで出て、うわの空の『悲しみにてやんでい』に足を運ぶ。昨日買った尾針恵の誕生日プレゼントを手渡すだけにして帰ろうと思っていたのだが、受付に小栗由加がいて、“昨日の日記に芝居のこと書いてくれたので、今日、サイトのアクセス数がぐんと上がりました”と言ってくれ、少し話すうち、“どうぞ、どうぞ”と当然の如く客席へと案内されるので、エエイ見てしまえと、二回目の観劇となる。うわの空の公演写真を撮っている堀川さんのすぐ前の席に座って、少しうわの空ばなし。堀川さんのサイトにはこれまでのうわの空公演の記録がアップされている。
http://horitik.or.tv/

 今回はキャストが、初回に下座の小春ねえさんだった高橋奈緒美と、席亭だった八幡薫が役を交替。金原亭蓑助が山崎功から秋山達也に変わっている。あと、交替出演の色物さん、今日は三橋俊一の“流れ家俊一”。もう当然のことながら、紀伊國屋公演で演じた、あの流しの俊ちゃんである。キクチマコトと、紀伊國屋公演を見たお客にだけわかる楽屋オチギャグを交わす。こういう、作品超えてのギャグのリンクは嫌う人もいるが、うわの空という芝居空間の世界を広げてくれて私は好きである。秋山達也は山崎功に比べると現代風な顔立ちが災いして落語家の前座らしくはないが、まず負けない力演。八幡薫も、下座のねえさんにしてはちょっとファンキーすぎるキャラではあるのだが、さすが音楽系の人だけに高橋奈緒美に負けずに三味線の腕を聞か せてくれる。

 あたりまえの話だが初回に比べ、台詞も運びも頭に入ってきて、舞台が“固まってきた”。尾針恵の“プイ”は、前回なかった連続プイまで入ってグレードアップしているし、冒頭のキクチマコトと小栗由加の別れのシーンで交わされる会話が、ちゃんと後半の、よし子の“人生いろいろ”の伏線になっているあたりにやっと気がついて(私も鈍い)、しばらくクスクス笑いっぱなしになってしまった。村木藤志郎の芝居の特徴は、ただの捨てギャグだと思ったものが後でいきなり意味を持って、話全体の要になったりする、その油断ならなさにある(火の鳥の生き血とか)。そう言えばみずしな孝之の柳家万福が、自分の出が終わってもずっと楽屋に居続けているのが不自然かな、と最初思っていたのだが、あれは二つ目になったうれしさで、羽織姿を出来るだけいろんな芸人さんに見てもらいたく思っているのだな。常に羽織を着たり脱い だりして、ウキウキしている芝居がさまになっている。

 キクチマコトの立花亭ブロッコリーが、万年前座に甘んじている理由を、師匠の圓志がきびしい人だ、という説明以外に、もう少しわかりやすく観客に説明してもいいのでは、と思ったが、どうだろう。立前座としては有能、落語もそんなに悪くない、というところで、モデルとは全然別人格なのだから、あれから類推されては芝居の中 のブロッコリーが可哀相である。

 年輩のお客さんもいたにもかかわらず、場内の反応もまことによく、拍手のうちに幕。ツチダマさん(二日目からムチャクチャ大変な状況で動いていることをこのあいだK谷さんから聞いている)に大変だねえ、と挨拶。そんな中でも一生懸命、与えられた仕事をこなしている姿がけなげである。聞いたら尾針はさっそく、プレゼントしたオモチャで楽屋で遊んでいたそうだ。おい、本番中にか! と笑う。大物である。楽屋で藤志郎さんに新刊『お怪モノ図鑑』差し上げる。あと、島さんと“公演中に犬 鍋食べに行くツアー”の日程ツメなど。

 小栗由加に聞いたが、こないだの日記にうわの空の芝居のことを書いたら、サイトを訪れた人の数がぐんとアップしたそうだが、アップしただけではイカンので、ちゃんと予約して公演を観に来てくれんではなんにもならぬ。もう一回、リンクしておくのでちゃんとのぞいた人は予約して、出かけるべし。もう一度言う、君の大事な家族と猫とミドリガメ二匹は私があずかっている。観にこないとどうなるか、わかっているね。
http://www.uwanosora.com/

 地下鉄で新宿に戻り、いくつか雑用。それから渋谷に帰り、仕事していたら、突如 快楽亭から電話。
「今夜、メシおごってくださいナ」
 と。ドウシタノと訊いたら、“ヘイ、夏の恒例の家出でございます”とのこと。奥さんとケンカして家をおン出たらしい。中野のホテルに泊まって原稿書いているのだという。吹き出して、じゃア7時半に改札で待っててください、拾って行きますから と答え、すぐK子に電話、今日の食事、快楽亭をよんだからと説明。

 7時半、中野駅改札で師匠を拾い、無駄話しながら歩いて自宅へ。快楽亭は昔、中野に住んでたことがあるのだが、変わってしまってすっかり面影がない、と言う。とはいえ、私のマンションは路地の奥にあるので、路地に入ると、“オヤ、まだこういうあたりは中野っぽいのが残ってンですねエ”と、嬉しそうな顔になる。ビールをあまりやらない(焼酎のウーロン割専門)の快楽亭のために、途中で大ボトルを一本。

 母と快楽亭はこないだの焼肉ツアーですでに面通し済み。K子がちゃんとバタ抜きを指示しているので、アサリの塩蒸し、焼き鳥、煮物、こないだの肉の残りでローストビーフなど。食べながらいろいろと雑談。そもそも、快楽亭夫婦はどこでナレソメたのか、と訊いたら、“歌麿(夢月亭)の会で”ということだった。そらまたヤな月下氷人だネ、と。K子が実に楽しそうに話す。つまり、マゾっ気のある快楽亭に、どんどんキツいツッコミを入れるのである。母が
「あんたみたいな人が甘やかすからこの鬼嫁が増長するのよ」
と。

 母と快楽亭、歌舞伎の話で盛り上がり。案外母はこのアイノコを気に入った模様。〆は某国営放送Yくんからの到来物の釜揚げうどん。11時過ぎにそろそろ、と快楽亭が腰をあげ、途中まで送っていくが、
「アタシのところのカミサンなんか、まだまだいいってことがワカリマシタ。大変だネ、先生も」
 とニヤニヤ。こっちも苦笑する。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa