裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

19日

木曜日

エレクトら

 勃起した男たちを描くギリシア悲劇。朝6時45分起床、シャワーのみ浴びる。7時半朝食、キウリ、ポテトサラダ、ナシ。映画音楽の大家エルマー・バーンスタインが18日に死去、82歳。死因不明ということだが、睡眠中の死去ということだから加齢による衰弱の結果の、おだやかな心臓停止だったのだろう。ついこのあいだ観た『華氏911』で、マイケル・ムーアが皮肉っぽく、アメリカの侵略行為のテーマ曲のような使い方で彼の代表作『荒野の7人』のテーマを流していた。たぶん、見てはいなかったと思うがバーンスタイン、いい気持ちはしなかったに違いない。しかしこればかりでなく、マルボロのCMソングとか、この曲はあまりの耳への親しみやすさのために、あっと言うまにありとあらゆるメディアに転用されて使われ(『007/ムーンレイカー』でもボンドが荒野を馬に乗って走るシーンでこの曲が流れ、マネーペニーが“マグニフィシェント・ダブル・オー・セブンね”とシャレていた)、そのせいか、この映画自体のサウンドトラックは1998年まで出なかったのだとか。みんな(ひょっとして作曲者御本人も)、とっくに出ているとばかり思っていたのだろう。ハリウッド映画音楽最後の大巨匠という感じだが、実は下積みも経験している苦労人で、かのサイテーSF映画として好き者諸氏には著名なアル・ジンバリスト製作の『ロボット・モンスター』、『月のキャット・ウーマン』の音楽も担当しているの である。
http://www5b.biglobe.ne.jp/~madison/worst/spaceman/robot.html

 8時15分のバスで通勤、9時渋谷着。メールチェック少し。日本テレビから、出演依頼のFAX。堺正章とくりぃむしちゅー司会の新番組のゲスト。新番組のゲスト依頼が私のところにくるのは珍しい。たいてい、長く続いている番組で、いいかげん ゲストのタネが尽きたあたりで呼ばれるのであるが。

 9時半、NHK。行くとスタジオはちょっと緊張状態。中央線で人身事故があり、中央線を使っているゲストと、司会の岡田さん自身がまだ入っていないというのである。とりあえず、待つことにする。しばしそこらをブラブラするうち、タクシー使って岡田さんが駆け込んできた。すぐ打ち合わせ。岡田さん、“いや、遅れても気楽なもんでしたよ。もう、今回のメンバーならぶっつけでやっても何の不安もありませんから”と。ちなみに面子は私、大槻ケンヂ、山田五郎、北久保弘之各氏。

 岡田さんとロビーのソファで雑談。お互いの仕事の話などだが、二人とも、そろそろ人生設計に“死”という要素を入れ始めているあたり、同い年の共通項として面白い。会社員の人たちにはその前に“定年”という大きな通過点があるのだが、フリー人間というのはその区切りがなく、五十代六十代もずっと今の延長で仕事を続けて、 その後は一足飛びに“死”になっちゃうのだ。

 スタジオ入りして、アニメ夜話『あしたのジョー』。北久保氏はなんと、まだ五歳かそこらのときに、あの伝説の“力石徹の葬儀”に出席したという。そこらへんから白木葉子論、ルサンチマン論、男の友情論などなどに話が分岐し、放っておくとどんどん原作の方の話になってしまうので、多少無理な理屈をコネて、アニメの方に話を軌道修正した。もっとも、別に私は司会じゃないのだから、そんなこと気にする必要 はなかった。岡田さんはさすがに仕切がうまいし。

 今回のゲストの中で、技術論の北久保氏を除いては、大槻氏、山田氏ともにオレにとっての『あしたのジョー』という気軽な立場。さすがに二人とも弁が立ち、非常に面白い。持論展開の抜きつ抜かれつレースみたいな様相を呈するが、80年代の『あしたのジョー2』を、“評判の悪い作品ですが、アニメマニアの見地から言えば、出崎統美学の完成と、アニメ受容層の80年代以後の変化を見られるという意味で、2の方がずっと面白いんです”と論じ、出崎演出の話に移して難なくセンターポジションをとる。『元祖天才バカボン』のタイトルを出したら大槻さんが“アッ、やっぱりあれは出崎サンだったんデスカ!”と声をあげ、山田さんも『ガンバの冒険』を、見てはいたがよく覚えていないと言って、北久保さんに“出崎統を語るなら『元祖〜』と『ガンバ』は押さえておくべきです”と説教されていた。やはりこういう番組はオタク最強。岡田さんは番組が終わっても山田さんに強く『ガンバ』を見なさい、見る べきですと勧め続け、山田さん笑いながらも呆れて
「やっぱオタクの人たちって、ヘンだわ!」
 と口走っていた。私見では、今回一番興味深いのは氷川竜介さんのアニメマエストロコーナーにおける、ある技術の技巧解説。こんな風にして撮られていたのか、と、 ちと仰天。

 終わって帰宅。……何か忘れた気がしていたが、あーっ、憲章さんにフラバラのポスターを貰うのを忘れた。ついでに昼飯を食い損ねたことにも気がつく(家からのおにぎりを持っていったのだが控室に忘れてきてしまった)が、ままよとそのまんま抜かす。仕事場で扶桑社Yさんから、大阪でのトークライブについての件でメール。あと、FRIDAYのTくんから、出したネタ一本、ちょっと文学的すぎる(ウチの雑誌には)、というので差し替え要請。仕方ないから以前、別のコラムに使ったネタだが、テーマに合っているのがあったのでそっちに差し替える。

 5時、時間割、幻冬舎Nさん。平謝り。そこから仕事場帰って、また作業。7時、原稿を家にメールして、夜の作業とする。下北沢に向かい、駅前の駅前劇場(こう書くとヘンに聞こえる)。アイドリングストップ・花歌マジックトラベラー公演『夏の夜の夢のよう〜朝が来る前に妖精を消せ』観劇。川上史津子さんが客演しているのでお誘いをいただいたもの。小劇場芝居とはいえスタッフがすさまじく数多いのに驚いた。席も全指定で、ほぼ満員。キャスト表を見て、うわの空の紀伊國屋公演『水の中のホームベース』にチームの一人として出演していた宇賀神明広さんが出ていたのでちょっと驚いた。笹公人さんも観に来ていたので挨拶。

 芝居、内容はシェイクスピア『夏の夜の夢』をパロディというのでなくアレンジというのでなく、新解釈をつけくわえて小劇場芝居風にしたもの。ちゃんとシェイクスピア風の長台詞をみな入れて、“芝居”しているのに感心。とはいえ、終演後の主催者(窪田あつこ)挨拶でも言っていたが、公演総時間2時間半。早めに来た人は3時間近くを、小劇場のあまり坐り心地のよくない椅子の上で過ごすことになる。椅子はまだいいが、前の桟敷席に座っているお客さんはかなり腰が痛くなったことだろう。せめてこういうところでの公演は2時間を限度として、長い場合は休息を入れてくれ ないかな、と思ってしまった。

 役者はいい。いまの『新選組!』が三谷幸喜のルートで小劇場の役者さんがワキを固めて、そこが(そこだけが)見所になっているように、現今、面白い役者を捜そうと思えば小劇場を回ればいくらでもひろってこられる。現にこの舞台のオーベロン役で目立っていた保村大和は9月からの『新選組!』に大久保一蔵(利通)役で出演するそうだし、ナムコ『太鼓の達人』のCMに出ていた橋本亜紀がいいキャラクターで気に入ってしまった。宇賀神明広も、重量感ある親父役で、ある意味この舞台で一番安心して観ていられた。川上さんはアマゾンの女王ヒポリタ役で、もう少し見せどこ ろが欲しかったけれど、やはり達者である。

 しかし、なにしろ登場人物29人、それらがみな演劇的にしゃべりまくり動きまくり、走り回り飛び回り、タップを踏むは歌うは跳ねるは踊るは、挙げ句に殴る蹴るからみあう、出入りも場面転換も激しすぎて、一瞬たりと気の休まる間がない。シェイクスピアに挑戦という意欲のあらわれだろう、登場人物のほぼ全員に裏設定を加え、さらにエコロジー問題をからめたりして“話に奥行きを加えて”いる。言ってみれば大盛りカツ丼の上にカレーをぶっかけて生卵を五、六個割り込み、ギョウザとラーメンを添えてさあ召し上がれと出されたようなものだ。よほどの健啖家でないと食べき れない。

 むかーし、サザエさんのマンガで、“やたら元気な張り切り男を幹事にしたおかげで休むヒマがない温泉旅行”というネタがあったが、劇団主催者にして作・演出、自らもタイテーニア役で出演している窪田あつこという人、見た目もそうだが凄まじくエネルギッシュな女性なのだろう、終演挨拶のあとに、ただ一人舞台に残って逆立ちまでして見せてくれていたが、なにやらその張り切り幹事を思い出してしまった。彼女のエネルギッシュな走りについてこられるのは、てっきり20代の観客だけではあ るまいか。

 勉強になるという意味では大変に勉強になる舞台だったし、発見もあったし、楽しめた。それだけに、見終わったあとのとっちらかり感がちと、残念だったのである。笹さんと、劇場を出て、どこかでメシでも食いましょうと、笹さんが下北でおススめの(高橋名人に教わった店だという)スープカレーの店『マジックスパイス』まで。ここはいつでも行列が出来ていて、20分待ち。待ちながら、さっきの芝居の話(笹さんは座布団席だったので、やはり後半つらかったそうである)、『念力家族』の商業出版の話、某超有名女流漫画家さんのオカルト傾倒の話、いま私の立てている企画への協力お願いの話など、いろいろ。途中、川上さんから携帯に電話あり、誘ってくれたお礼を述べる。向こうの打ち上げに誘われたが、すでに並んでしまっているので パス。

 15分ほどで入れた『マジスパ』、とりあえずビーフカレーを注文、シンハビールと。笹さんがいま、マネージメントのようなことをしている関口誠人さんの話になって、ちょうど朗読ライブの伴奏者を誰にお願いしようか、と思っていたところなので関口さん11月空いているかしらと訊いたら、その場で電話して、確認、了承をとった。人と人をいろいろ組み合わせていくことの楽しさである。スープカレーだが、ダシがしっかりとられていて、辛いなかにほのかな甘味があり、なかなか美味い。この店は札幌発祥だということだが、最近は札幌もあなどれない。辛さが下から覚醒・瞑想・悶絶・涅槃・極楽・天空・虚空とあり、初心者の私は下から二番目の瞑想をチョイス。笹さんは極楽だったか天空だったかを食べていたが、みるみる顔が汗まみれになる。高橋名人は常に最高の辛さの虚空を食べてトリップしているそうだ。後でネットでこの店の評判を見てみたが、“店員の態度が悪い”という意見が多かった。確かに忙しい店なので、料理の出るのが遅いとか、手が回り兼ねるということはあるが、少なくとも今日、私たちに応対してくれた店員さんたちは大変気さくで親切だったのだが。最後の客になったので、店員さん・スタッフ全員で見送ってくれたし。

 笹さんと別れ、新宿まで出てそこからタクシーで新中野。シャワー浴びて寝る。家で原稿と思ったが、思わず笹さんと話がはずんでしまって、とうとう出来ず。いかんなあ、とは思うが。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa