9日
月曜日
三十こわい
「やいてめえ、女は二十代に限る、三十代はダメだと言ったから回りに三十女を置いておいたらみんな手をつけちまったじゃねえか。本当は何がこわいんだ」
「うーん、今度はロリ少女が一人、こわい」
朝6時起床。寝床で明治時代の生物学書を読む。朝食、ヤキイモ、トマト、パンプキンの冷ポタ。
25分のバスが35分、月曜で盆前で混む。幡ヶ谷あたりで乗ってきたおばさんが運転手に“三十分待ちました!”と、文句でもなく言っていた。かといって渋谷到着はそれほど遅れたわけでもない。15分遅れくらい。車中、送られた文藝春秋9月号を読む。『黄金のブックリスト・日本を震撼させた57冊』という特集の中で、私は多湖輝『頭の体操』を担当しているのである。ところで、この57冊中、私がちゃんと読んだことのある本は29冊。どうにかギリギリ半分を超したというところ。もう 少し読んでいると思っていたが。
同号に載っている町山智浩氏の『ブッシュが怯える映画「華氏911」』を読む。町山氏はムーアを高く評価する、というよりほとんど同志的連帯感を持ってこの原稿を書いていると思うが、ラスト近く、
「ブッシュを再選させるな、ということは民主党のケリーを応援するんですね?」
という質問にムーアが
「僕は絶対にケリーを推薦しない。彼は、イラク戦争に賛成したからだ。でも、ブッシュを落とすにはケリーに入れるしかないんだよなあ」
と答えて頭を抱えるというくだりをちゃんと書いていることに感心する。ここが、『華氏911』を考えるときの最大のポイントではないか、と思うのだ。
ブッシュを落としたからといって、この映画(まだ試写がないので観ていないのだが)で描かれている世界の惨劇が改善されるわけではない。むしろ、ユダヤ人でカトリックという、ブッシュ以上にイスラエル寄りのケリーが大統領になれば、今よりさらに世界中に民族・宗教的アイデンティティという、やっかいなものが原因の紛争が盛んになる可能性がある。だが、マイケル・ムーアが自作の映画で敵役にするのに、ブッシュほど格好の、ツッコミやすいキャラクターはいない。ムーアは単純に“銃をなくせばアメリカの殺人事件は減少する”と信じているわけではない。しかし、プロパガンダには常にわかりやすく“絵になる”仮想的が必要である。そこで彼は『ボウリング・フォー・コロンバイン』で、全米ライフル協会のチャールトン・へストンを選び、悪の象徴として糾弾してみせた。そして今度の『華氏911』において、彼が同じく標的にしたのがブッシュであった、というわけだ。私はムーアの騒動屋としての才能には感心するが、その政治的立場とかにはあまり興味がない。と、いうか、彼の思想は常に、“アメリカ人である自分のアイデンティティ”をその基礎においていて、日本人がそう簡単に同感でき得るものではない筈だからだ。だが、それとは別のところで、私がどうしても『華氏911』的な作品を賞賛することにためらいを覚えるのは、映像というものの本来持っている“ものごとの単純化”という性質が、ムーアの意図を超えて一人歩きしはじめ、結局ムーア自身もその波に呑み込まれてていく 過程が、すでに見えてきている気がするからである。
メールチェック、さすが月曜でたくさん。竹書房文庫の件、それから扶桑社の大阪でのサイン会の件、10月の東放学園での特別講義&オタアミ公演の件、スケジュール調整などがどんどんややこしくなって神経がクタビレるが、しかし滞って全然進まぬより余程よし。弁当もメールに返事を打ちながら使う。ハンバーグと新しょうがのみそ漬け。昨日の日記に書き忘れていたが、うわの空を観に行ってちょっと牧沙織のことも話をして、帰宅してみたらその牧ちゃんから、無事母子共に退院、のメールが 来ていた。西手新九郎。早くうわの空に合流したい、とのことである。
2時、東武ホテルティールームで松竹サービスネットワークIさんと。朗読ライブ会場の件など。形式や運営システムについて、少し突っ込んだ説明をする。Iさんの呈示する会場の構想(場所、それからレベルなど)はとりあえず、こっちの考えと一致。問題は、これまでの、“読む方が一番楽しく気持ちがいい”朗読会の形式をブチ壊し、聞く方との一体感を大事にするために、ライブハウス形式の会場でやりたいというこちらのアイデアがどれくらい現実性のあるものなのか、ということ。とりあえず、初めてなので勝手わからず。値段の高い安いで決めましょう、ということに。
帰宅して、原稿書き、書き下ろし用のものを進めていたが、日能研のIさんから依頼されていた原稿をやらねばならぬと思い出し、そちらにかかる。書きながらもときおりメールボックスのぞいて細かな連絡事項。大筋でどの件も前向きに進んでいるのだが、細かな部分で、引っかかったり、うまくタイミングが合わなかったりする。結局原稿は6時45分、日能研に無事、送った。電話一本、『トリビアの泉』に新たに配属されたスタッフから挨拶の電話。オープニングを今度作り直す件で、ちょっといろいろ打ち合わせ。
7時25分、渋谷東横線改札でK子・世界文化社Dさんと待ち合わせ。待っている間にキオスクで『月刊少年ジャンプ』買ってみずしなさんの『うわの空注意報』を読む。おなじみうわの空キャラクターに混じって、稽古風景でワンシーン、ちょこっと描かれているキクチマコトの顔がいい。東横線通勤特急で武蔵小杉の『おれんち』。到着駅で破裂の人形さんと落ち合い、道々雑談、夏バテ談義。破裂氏、私の日記にあ る“麻黄附子細辛湯”がどこの漢方扱っている薬局にもない、と言う。
特撮オタばなしをして笑っていたら、植木不等式氏がいきなり近くの古本屋さんから現れて、私の笑い声がやたら大きく響くのですぐわかったと言う。そう言えば昔、中田家の秀生兄の結婚式で、京王プラザに親戚一党が集まったとき、後からくる者たちが、“部屋番号を知らなくても、アヤコ(母)さんと俊一くんの笑い声が聞こえる 部屋を探していけばいっぺんでわかる”と言っていた。
店にはわれわれが一番乗りだったが、その後すぐに、S山さん、I矢くん到着、みんな早いねえと言うと、“後から来て、もうすでに何か食べ始められていては大変ですから”と。常在戦場という感じである。今日はK子がまず、とりあえず食べられるものを用意しておいて、と言ってあったので、ポテトサラダが出て、それから茄子の焼き浸しが出る。飲み物はまずサミュエルスミスのスタウト、それからエチゴビール生。さらに焼酎“石川”と、S山さんが頼んだ何とかいう日本酒の原酒みたいなの。
地鶏の叩き、焼き茄子、エボダイの塩焼き、お造り盛り合わせ。メジナ、サンマ、ホンマ(本マグロ)、カマスなどに加え、アナゴ(さっきまで水槽の中でうごめいていた)の薄造り。どれもこれも、あっと言う間にわれわれ餓鬼共の口に消えていく。食べながらまた、ありとあらゆる雑談、食談。時には政治的な論議もあり、破裂さん(本職は株関係)が、アメリカ大統領選、ブッシュの命運は極まったと断言。ただし原因はイラク戦争などではなく、彼がブチあげた雇用の回復が全く進んでいないことが判明してしまったことだという。イラク戦争は、アメリカ人の大半にとっては、アメリカの強さを他国に見せつけるための意義ある戦争だから、ケリーになったって止むわけがない、と。あと、Dさんが、グリーン食堂の新メニューであるドジョウ汁がかなりイケそうだという情報を。植木さんはオクラの浸しものを見て、“オクラマグラ”とか口走って破裂さんが感心していた。〆のご飯ものは燻チャに冷やっ汁、それともちろん蕎麦。
酒がはずみ話もはずみ、いい気分になるが、今日は別段記憶薄れることもなく、いい酒であった。帰途、植木さんと書庫の整理という話になり、“♪本棚だ、本棚だ、本棚ホダラダホーイホイ”と歌いながら歩いていたから、かなり酔ってはいたんだろうが。東横線、車内では株屋さんになる前は芸能業界にもいた(しかし複雑な人生を送っているね)破裂さんと、うわの空談義。主演が島優子で小栗由加が脇というのが理想、いや、やはり小栗に主役を張らせたい、などと、どちらも論じて譲らず(破裂さんは大の島さんリスペクター)。しかし、なんでこの劇団を論じると、いつも女優の話ばかりになるのか。みずしなさんのマンガでも男優陣(座長含めて)、影の薄いこと薄いこと。