裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

18日

木曜日

新選組下つき

 むふふふふトシよ、男だから当たり前じゃが、お前のア×スは下つきの絶品じゃのう(ホモネタの上に下品ですいません)。朝5時に目が覚めて、寝床で『繪本稗史小説』第四集(大正8年博文館)を読む。江戸から明治にかけてのB級娯楽小説の叢書であるが、中にはさすがの私も呆れるほどのB級作品もあり。この第四集に収められている『聞道女児雷也』(東里山人)は、貧しい浪人者夫婦の十一歳になる娘が、父の病気を治す薬を買うために自ら女郎屋に身を売ろうとするが、そこに現れた女盗賊 がこれを助け出すのが冒頭のエピソードである。

 夫婦はありがた涙にむせぶが、そこで女賊は、娘を自分の許に引き取らせてもらいたい、と頼む。彼女は実は平清盛の妾であった仏御前の娘で、平家滅亡の後、敵の源氏の長・頼朝を倒すために、夜叉神にこの娘を生贄に捧げて、調伏の呪法を行おうとしていたのである。父親はそれを知って、実は我こそは平家の侍、上総の五郎兵衛忠光であると名をあかし、娘の命を差し上げるかわり、共に源氏打倒の行に加わることを願い、娘はあっけなく首を切られて生贄にされてしまう。その呪法により頼朝公は病気になるが、そこに、かつて忠光の病気を治した医者が呼ばれて療治にかかったのを、忠光はまずいと思い、彼の家に忍び込んでこの医者を殺すが、今度はこの医者が亡霊となり、忠光の妻にとりついてののしり騒ぐため、忠光は是非なくこの妻をも刺し殺す。一方、源氏の武将畠山庄司重忠は、足柄山の山中に怪しの気の立ち上るのを見てこれぞ平家の残党の集まりおるしるし、とこれに攻め寄せ、女児雷也は忠光と共 に捕らえられ、これまたあっけなく首をはねられる。
「それ女の身に及ばざる事を願ひ、天道に叛いて人を恨むは猿猴が月に等しく、百年の功も唯一時に空しく、父の讐(かたき)と付狙ひしも今は返討となって平家の残党悉く盡果て、四海穏(おだやか)に商人市に謡ひ、百姓業を楽んで山野の土民皆萬歳を唱へしは誠に目出度し々々々々」
 と唐突に終わるのは、せっかく冒頭で盛り上げといて人を馬鹿にしているのか、と言う感じ。殺される医者の名が庸多藪庵(へただやぶあん)というのも、登場時はただ金に因業な藪医者、というつもりで出したのを、後で話の都合で頼朝の病気を治療 にあたるほどの名医にしてしまった感じで、いい加減なものである。

 7時起床、すぐ風呂入って7時35分、朝食。少し早めに出て、バスで9時丁度に仕事場へ。梅田佳声先生の息子さんから府中で5月に例の戦前の紙芝居をかけるという案内など。あと、原稿チェックなど数件雑用すませ、30分に家の前(渋谷公会堂脇)のバス停から出る中野行きバスに乗り込む。10時半に中野駅北口待ち合わせで中野武蔵野館『進藤英太郎映画祭』にて快楽亭ブラックと映画『ヒマラヤ無宿・心臓破りの野郎ども』(1961)を見る会があるのである。ちょうど、昨日あたりからと学会MLで、有名な雪男映像パターソン・フィルムで、雪男のぬいぐるみを着て演じたいたと称する人物が名乗りをあげたニュースが話題になっていたが、これも西手 新九郎か?
http://x51.org/x/04/03/1349.php

 駅の改札で待つうちに、談之助さんが来た。この前の『アマゾン無宿・世紀の大魔王』鑑賞会(去年の8月31日)は日曜だったのでかなり集まったが、今日は平日だからサラリーマンとかの人はダメだし、あまり集まらないだろう、と話していたら、そのサラリーマンそのものの植木不等式さんが“私は通りがかりのサラリーマンですが……”とか言いながら来たのに驚く。訊いたら、今日は引っ越しの届け出を練馬区役所に出すので、ちょうど午前中は休みをとっていたとのことであった。これまた西手新九郎な。快楽亭をそこで待つが来ないので、勝手に劇場に向かう。そこで無事、 会えた。

 成田亨デザインによる火山の噴火口映像に“ニュー東映”のマークが出る。ちなみに、前作『アマゾン無宿』は美術も成田亨が参加し、妙にウルトラ警備隊ぽい地下カジノのセット(手前にチップ入れのポケットがあるポーカーテーブルなどが印象的)なども成田氏の手になるものだったが、今回の映画には参加していない。何故かというと、同時上映だった『モーガン警部と謎の男』の方に入っていたからである。

 映画そのものは、監督・小沢茂弘のインタビュー集『困った奴ちゃ』(高橋聰・ワイズ出版)に“当時としてはけったいな映画がそれで、いま見たらもっとけったいやけど(高橋)”と言わているそのままの作品である。ヒマラヤから連れてこられる雪男役を、巨漢レスラーとしてよくジャイアント馬場と間違われる羅生門(綱五郎)が演じている。下記サイトによると彼の出演作品はこれを含めて四作あり、一番有名なのは黒沢明の『用心棒』だろう(もっともセリフらしいセリフがあるのは『太陽の墓場』。ひどい棒読みだったが)が、私はこの『ヒマラヤ無宿』を観たことで、あと一作、『曲馬団の娘』を観れば羅生門綱五郎コンプリートが出来るところまでコギつけ た。だからといってどうなるもんでもないが。
http://www.fsinet.or.jp/~sumo/movie.htm

 ヒマラヤから土門博士(千恵蔵)が連れ帰った雪男が、チャン博士(三島雅夫)やキャバレーのオーナー・大竹(山形勲)に狙われる。彼らは雪男が何かの秘密を知っていることを恐れているらしい。土門博士はなかなか雪男を公開しようとせず、博士の妹の道子(佐久間良子。可愛い!)は恋人の新聞記者・早田(江原真二郎)に手柄を立てさせようとして風呂場に寝ている雪男の写真を撮らせ、スクープする。一方、大竹のキャバレーで雪男調教ショーをやっていたボリショイの熊三(進藤英太郎)と情婦のジーナ(筑波久子。色っぽい!)は、本物が公開されたら自分たちのショーはあがったりだ、と思い、大竹にそそのかされて雪男殺しを引き受ける。一方、ジャズ歌手になりすまして雪男を追ってきたインターポールの女刑事・ヨッチイ三谷(水谷良重。刑事だというのにはムリがある。雪男とのミュージカル・シーンあり)は熊三が襲う前に土門と協力して雪男をホテルにかくまうが、生肉しか食わない雪男は腹を減らしてわめくので、土門博士は、世間の雪男ブームに乗って日立電気が開催した、雪男コンクール(誰が一番雪男に似ているかを競う)に、商品のヤギ目当てに参加。当然のことながら、そのコンクールにはボリショイの熊三も参加していて……。というようなストーリィ。もちろん、この後、いよいよ開催された国際雪男会議に乗り込んだ土門博士がチャンたちの悪事をあばく展開になるのだが、話そのものは、『アマゾン無宿』に比べると、千恵蔵御大が精神病院に患者のフリをしてもぐりこむ、というような破天荒なところがなく、進藤英太郎とのカラミや雪男のあばれっぷりもあっさりで、いまいちモノ足りない印象。とはいえ、この二人が雪男コンクールで肉体美を競い合ったり、映画の2/3をヒゲ面で通した千恵蔵御大が、ヒゲを剃って会議場 へ乗り込むシーンではいきなり
「オメエったちゃ、ウウ、悪事を、隠しおおせるとでも、ウウイ、思ッてるのかッ」
 とモロに遠山金四郎になってしまったり、笑えるシーンにはことかかない。このシリーズは、監督の小沢茂弘が
「ホンが松浦健郎ですから」
 という一言で説明(『困った奴ちゃ』)しているように、脚本の(こっちの『ヒマラヤ無宿』では“原作・脚本”名義である)松浦健郎の世界なのだろう。“無宿”シリーズはこの二作で終わるが、千恵蔵・進藤のコンビで松浦の原作・脚本、小沢茂弘監督のチームでのこのカラーは、千恵蔵が“海山千吉”、進藤が“ピカドンの熊二”という大変な名前で登場する『裏切者は地獄だぜ』に受け継がれていく。

 出演者では筑波久子と三島雅夫がいい。特に三島は不気味な中国なまりを、こういう映画にもかかわらずコメディにならないレベルでしゃべって全編通しており、達者さを一番感じる。『ヒッチコック劇場』のヒッチコックの吹き替えは熊倉一雄が有名だが、一時間ものの『ヒッチコック・サスペンス』の方はこの三島雅夫が吹き替えており、こっちもなかなかムードがあった。そう言えば三島雅夫、体型もミニ・ヒッチ コックぽい。

 映画が終わって、劇場を出たら春風亭昇輔さんがいた。快楽亭をはじめ、細野辰興監督など、例によってのメンバーでブロードウェイ内の新潟料理屋『雪椿』へ。植木氏はさすがにサラリーマンの限界で、ここで会社に戻った。総勢13人だったが、席が12席しか準備されたなかったので、急ぎついたてとの間にもう一席、座布団を敷 いて席を仕立てたが、そこに太った人が座っていたら、店のお姉さんが、
「ちょっときつそうですから、そこの小さい人と代わった方が」
 と、昇輔さんを指さして言った。昇輔さんがふざけて
「小さい人小さい人言うなあ! 小さくて悪いかあ!」
 とわめき出すと、お姉さん、大あわてにあわてて、
「あ、すいません! そんなつもりじゃ……どうもすいません!」
 と青くなった。みんなまわりは手を打って大笑い。

 その後は酒が入り、映画ばなし大会となる。若い映画研究会の人たちは、やっぱりこういう大バカ映画を観たのは初めての経験らしく、呆然としていた。細野監督と、“コッチ(『ヒマラヤ無宿』)がやはり『アマゾン無宿』に比べて落ちるのは、謎解きをキチンとしようというスケベ根性があるからではないか、などと話す。あと『花と蛇』の話、『東京原発』の話など。快楽亭は『花と蛇』は、杉本彩よりも野村宏伸の方に“こんな映画に出るようになったか”という感慨を持ったとのこと。『東京原発』に関しては“ニュースペーパーのコントみてえな映画だネ”と。あと、庵野秀明と学生時代漫才をやっていたというY氏と、田宮二郎の犬シリーズの話になったら、快楽亭が“犬シリーズで『もと犬』てのは出来ませんかネ?”と。すると談之助がすかさず“『社長の犬』は?”。

 平日の真っ昼間から酒飲んで映画のバカ話して、まさにサラリーマンには申し訳ないくらいの楽しい時間。店の昼営業が終わって出たのが3時という有様。あまりお話できなかったのが残念だったが、熱烈な日本映画ファンである柳家蝠丸師匠から、映画の脇役についてのコラムを集めた同人誌『あの頃の映画劇場(1)』を頂いた。

 渋谷行きバスにまた乗り込み、蝠丸さんの同人誌読みながらゆられて仕事場へ。映画の話もいいが、それに合わせて語られる芸人たちのエピソードがまた面白い。浮気の最中に亭主が帰ってきて、とっさに彼女のカツラや服を身につけて女装し、彼女の友達に化けて、堂々と亭主の目の前を通って逃げおおせたという蝠丸さん自身の話も抱腹絶倒だが、アル中講談で有名になった神田愛山が噺家たちと一緒に飲んで(ということはまだ禁酒前)いたとき、噺家連中が墓場に塀を越えて入ろうとしてパトロール中の警官に御用となり、始末書を書かされた。べろべろになっていた愛山だけはそれに加わっておらず、始末書を書く必要もなかったのだが、皆が仲良く始末書を書いているのを観ていてうらやましくなり、“オレにも書かせろ”とわめいて刑事に
「無罪なのに有罪になりたがる人も珍しい」
 と呆れられた話なども、大傑作。帰り着いて弁当のみ使うが、仕事など出来るものに非ず。和室に敷いたフトンの上に寝転がって、グーと大いびきかいて6時くらいまで寝る。起きて、メールだけチェック。タカノ綾さんにメールなど。

 7時、また渋谷公会堂横のバス停から、中野行きのバスに。今日はバスばかり乗っていた一日だったような。しかし、中野〜新宿間の都バスも、新宿〜渋谷間の京王バスも、大きな道を通っていくが、この渋谷から中野間の京王バスは、路地のようなところを縫って走る。昼間は無料パスの爺さん婆さんが停留所ごとに乗り込んでくるのに驚いた(この沿線に病院が多いせいだろう)が、夜はほとんど利用客ナシ。運転手さんのすぐ後ろの席に座っていて、2/3くらいの行程を過ぎたところでふと後ろを振り向いたら、私以外誰も客がいなかったので、ちょっとゾッとした。夜の無人のバ スというのは不気味なものである。

 8時、新中野着。ちょうど、今夜のお客のS井、H川、K川の三氏がマンションに入ろうとするところ。今日、台所の食器棚が届いており、やや、人を招く環境に近くなった。S井さんのおみやげの会津藩純米大吟醸(政府専用機の機内酒だそうな)で乾杯。K川さんは科学博物館で開催される、『スター・ウォーズの世界展』のパンフをおみやげにくれる。挨拶で、科博の人が、必死に“スター・ウォーズで描かれるのが正しい科学であるという誤解を広めるつもりはありません”と弁明しているのが笑 える。

 母の料理、今日はホタテとホッキのバターソース、豚肉とキャベツの春巻、フキの佃煮に焼き鳥、豚とホタテのコロッケというようなもの。バタは久しぶりなのでパンになすって全部食べてしまう。大吟醸はあっという間になくなり、その後、『魔王』をあけて飲むが、S井さんが『一刻者』を飲んでみたいというのでそっちの方に。芋焼酎のファンだそうだ。母はH川さんの父上の名を聞いて驚いていた。11時半過ぎまで、いろんな話題でワイワイと。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa