裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

9日

火曜日

日頃の後醍醐におこたえして

 建武の新政をただいま15パーセント引きで行っております。朝、7時15分に起床。やはりエアコンが入ってないと寒い。ベッドは無圧布団で案外寝心地がいいし、セミダブルだが広い。6時半ころトイレに起きたついでに、風呂を自動スイッチで入れる。以前はK子の食事を作るために、まずメシ、風呂アトであったが、向後は食事は母が作るので、先風呂、アトメシとなる。K子は食わないと浮かんでしまうので、朝食の後風呂は変わらず。上がって歯磨等の後、こっちのパソコンでメールチェックのテストをする。やはり24時間ネットつなぎ放題のマンションというのは快適。ネコは床暖房のリビングの上でごろーんと横になってキモチよさげである。実際、こっちの部屋のヌシはこのネコで、私は通常はこの部屋には、ただ帰ってきて寝るだけ、なのである。したがってリビングにはほとんど何も家具がなく、部屋の真ん中にパソ コンデスクがでーんと置かれているだけ。何となくオシャレである。

 8時、新聞を郵便受けから取り、母の部屋に行って朝食。コーヒー、クルミパン、野菜サラダ。果物はリンゴと酸っぱいキウイ。テレビでNHK『てるてる家族』(母 のお気に入り)。これまでのワイドショーとはえらい違い。

 弁当を受け取り、着替えて8時25分、家を出る。出勤第一日目。朝のヒンヤリした風が心地よい。地下鉄駅まで5分。丸の内線で新宿まで。さすがに8時台は混む。新中野→新宿→渋谷で結局、所要時間40分。明日はバスを試みてみようと思う。

 自宅には本やビデオ、グッズ類が散乱しており、これまでは自宅なのに整理がつかないことを恥じていたのだが、仕事場と思えば、乱雑は繁盛のシルシ、などという気になり、平気になっている。ドアをきちんと閉めずに常に半ドアにしておく癖(ネコの出入りのため)がまだ残っているのが可笑しい。さて、とパソコンの前に陣取り、まず仕事がらみの食事会の時間と場所確認、と学会例会参加希望ビジターとのやりとり、幻冬舎Nさんとのメールやりとりなど連絡事項すませ、原稿にかかる。太田出版『トンデモ本の世界』新刊の原稿。以前書いたものでどうも気に入らないでいたやつ一本、大きく手を入れて方向性を幾分か修正。また、その中で書き手がデータの出所も示さず勝手な断定ばかりしていることにツッコミを入れているので、こちらの示した発言などには、出来るだけその具体的な引用もとを示す方向でいく。それらをネットで検索するのに、思ったよりかなり時間がかかる。資料を探す作業が自然と、散ら ばった本の整理になる。

 昼は弁当をパソコンの前でひろげて、モニターを見ながら使う。こういう好き勝手も、仕事場なればこそ。今日は小さめの握り飯(梅おかか、ノリ巻き)二ツに卵焼きとシャケの粕漬け焼き1/3切れ、それにトマト。量は今までの半分くらいだが、むやみにウマイ。それにどういうものか、腹持ちがよく、夕方までまったく空腹を覚え なかった。

 荷物類届く。世界文化社Dさんから引越祝い。ワニマガジンから完成した『かべ耳劇場』が来た。洋泉社からは先日の短歌会を取材した『週刊特報』。雑誌のイメージとしては週刊大衆、週刊実話、アサヒ芸能という流れの末に属するもので、一万円でオッパイみせてとか、携帯で見られる袋とじ素人娘露出サイトとかの記事ばかりであるが、三浦みつるがマンガを連載しているのにちょっと驚いた。しかも原作が剣名舞(『ザ・シェフ』)。癒し系のハートウォーミングストーリィであったがいささか場違いぽい気も。もっとも、短期集中連載らしく今回が最終回であった。

 仕事、漸次ではあるが進んで、6時には完成、メール。ふう、と一息ついて、後は雑用。去年暮れに買ったままだった『殺人狂時代』のポスターを額に納めたり、本の一部をあいた和室に持って行ったり。あとはニュースチェック。昨日のものだが、朝日コムで『アニメのプロ、東大が養成 講師陣にジブリの鈴木氏ら』という記事を見つける。最初この見出しを読んだ時は“創作の才能が大学で養成できるかよ、ケッ”という感じだったのだが、記事を読んでなアんだと思った。この見出しに問題があるのだ。プロはプロでも、ここで養成しようとしているのは“プロ”デューサーなので あった。これならば大いに見込みがある。

 アニメに限らず、映画だろうと文学だろうと、本当の天才は野から出る。天才というコトバの定義にもよるが、天才とは規格外のことを思いつき、作品として仕立てあげる人物のことで、それに反して教育、それも官による教育というのは規格によるワクがなくては何も教えられないシステムだからである。クリエイティビティとエスタブリッシュなシステムというのは相反するものなのだ。しかし、ことプロデューサーとなると、真の才能の持つエクストラヴァガンザ性を理解する感覚と共に、それを商業システムに乗せるマネージメント能力が必要となる。規格の埒外にある作品を、どう規格の枠組みの中で商品化して、流通させるかというのがプロデューサーに課せられた使命である。この才能は、(もちろん元が無ければどうしようもないが)きちんとした流通システムや経済の基本を学ばねば身につかないものだ。日本がアニメ立国を本当に目指しているのなら、まず必要とすべきはアニメーターとか演出家とかの育成ではなく(そんなものは無駄以外の何物でもない)、野にある遺賢を見つけだし、 流通に乗っけ、ヒットメーカーに仕立て上げる伯楽の育成なのである。
「コンテンツ産業で欠けているプロデューサー役をどんどん育てていきたい」
 という東大サイドの趣旨はまことに正しいし、期待できるのではないかと思っている。ただし、問題は講師のメンツに、押井守とかを置いていることで、人寄せの意味なのかも知れないが、リクツばかりがかった押井マニアどもがどっと押し寄せたら、実務者であるプロデューサーの育成どころではなくなってしまうだろうに。

『フィギュア王』S川くんが、ゲラをファイルで送ってきたので、プリントアウトしてチェックしてFAXで返送。図版ブツ受け渡しの件で電話。どうせ中野に帰るのだから、駅前で待ち合わせて手渡しと決める。目覚まし時計やその他こまごまとした品に引越祝いの養々麺などをカバンにつめ、中野に。時間がやけに早く着いたので、中野ブロードウェイを物色、マンションの部屋の行き来に使うツッカケなどを買う。あと、フィギュアなどを見る。しかし、ブロードウェイが生活域の中にある生活という のは何か奇妙なものだ。

 7時半に駅に戻る。S川くん、編集部近くで有名という甘栗屋の栗を手みやげにくれる。図版ブツ受け渡して、荷物あるのでタクシーで新中野。K子、パソコンの前に巨大なチェアを置いて、それに腰掛けて仕事している。007の悪役みたいである。8時、夕食、引っ越しして初めての家族水入らず。とはいえ、あまりしんみりもしない。ブロッコリと鶏肉のフライ、サワラの付け焼き、ピータン豆腐にビール。何の変哲もないものが新鮮。ご飯を軽く一杯。11時に寝室に引きあげ、早めに寝る。部屋のエアコンは壊れているのではなく、室外機から遠いので、暖まるまで5分くらいかかるのだ、ということがわかったのだそうだ。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa