裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

12日

金曜日

RE:RE:RE:のおじさん

 レレレのレ〜返信ですか〜。朝7時15分起床。風呂に入っているうちに食事出来たという母からのコール。だいぶ相互のタイミングが合うようになってきた。もうひと息。食堂で、K子の買ったパンプキンシード入りのパンと中華スープ、鶏肉入りサラダ。果物はタンカンとバナナ。スペインの鉄道テロのニュース。ETA(バスク解放戦線)の仕業と報道されている。バスク料理の店を贔屓にしている関係上、他人事にあらず。以前、その店で何も知らずにパエーリャを頼んだら、“ウチはバスクなんで、リゾットなんだがねえ……まあ、そりゃ一応スペイン料理ってことでパエーリャ鍋も置いてあるけどさ”とにらまれたことがある。そのときは笑い話で日記に書いたが、その奥には、食の形という、民族のアイデンティティの根本にあるものでの、他者との差異化という、人間の存在の根元のところに関わる“譲れない線”があったのかも知れない、と思えてきた。こういう些細な差異を馬鹿にしてはいけない。人間というものはほんの些細なことの集積で成り立っているのだ。もっとも、同じくこの店を贔屓にしている逢坂剛先生に言わせると、“バスクにだってパエーリャ食べる地方 はあるんだけどね”とのことである。

 8時25分、出勤。サントク前バス停、8時28分のバスに乗るはずが来たらず、36分まで待たされる。バスの影が向こうに見えて、料金の小銭を確認していたら、同じく並んでいた女性に“やっと来ましたね、28分を私もねらっていたんですけど遅すぎますね”と話しかけられた。それでも8時57分発の京王バスに新宿西口で乗り換え、2分ほど待ちでスムーズにいった。9時20分放送センター前着。

 メールで打ち合わせ数件。『UA! ライブラリー』を送った京都の山田誠二氏から電話、ちょっと企画の件で打ち合わせ、それから貸本怪奇マンガの件、さらに昨今の出版、映像業界ばなしで雑談。趣味を同じくする者同士の会話ではずむ。山田氏の話のはしばしに出る関西イントネーションが、NHKのYくんの口調にやはり似てい る(彼は兵庫出身)。『クルー』コラム原稿ゲラチェックして戻したり、いろいろ雑用。1時、録りだめビデオチェックしながら昼食、弁当。鶏の塩焼きと焼きタラコ。いずれも数切れ(タラコは二カケ)。このわずかな塩っ気で、冷えてこごったご飯をちびちびと噛みしめ、お茶で喉の奥に流し込む。地味は滋味に通じる、などと思いつつ味わう。デザートは タンカン半個。

 食べ終わったあと、ビデオ類少し整理。整理しながらイヴォンヌ・ヤン主演『満清十大酷刑(女淫地獄絵巻)』など見る。睦月さんのロフトのイベントで、この作品の空中セックスのシーンは何度も見ているが、通しで見たのは初めてか。あるいは見ても忘れてしまっているか。いかにもゴールデンハーベスト作品、という見世物的展開がイイ。ヒロインを痛めつけるだけ痛めつけて見せることを躊躇せず、最後にそのヒロインをいじめた悪人共に徹底した天誅を加えて見せることを躊躇しない。で、見せるものを見せる目的のためにはストーリィの整合性だの近代的正義観だのというものを一切顧みないところなどほれぼれする。映画はこうでなくちゃいけない。どう考えてもヒロインが身を捨てて尽くす主人(宇宙飛行士の毛利さんに似ている)が、それだけの価値のある人間ではないのが、かえって新鮮。なお、イヴォンヌ・ヤンはこの作品の後、またゴールデンハーベストで『女淫極楽十二房』という作品に出ている。パロディみたいに見えるが、『女子十二楽坊』よりこっちの映画の方がずっと先であ る(原題は『青楼十二房』)。

 3時、出て宇田川交番通りのカットハウス『TRUE SOUTH』へ。いつものS原センセイ。“あれ、今回は(カットに来る)間隔が短いですね〜”と驚かれる。私も、髪がかなり伸びたなと思って予約入れてから、前回いついったっけ、と日記で見てみたら、先月だったのに驚いたところ。いつもは3ヶ月くらい間を置いて、別に気にもならないのだ。“カラサワさんはいつ頃からこの髪型なんですか?”と訊ねられ、“もう15年以上このまんま”と答えて驚かれる。終わって、西武地下で、リン ゴと発酵茶などを買い込んで帰宅。

 サイトなど巡回。ぐれいすさんの作品名はいつもダジャレっぽくて私の感覚と相通ずる。『G行為』『一念勃起』ってのもいいが『えっち売りの少女』にはやられたと思った。あと、スペインのテロ、アルカイダの犯行声明もあった由。どうも便乗のような気がする。海外でここまで綿密で規模の大きいテロが出来るのなら、イラク本国 で何故出来ないか、と思うのである。

 5時半、家を出て新宿へ。植木不等式氏肝煎りの“豚の丸焼きを食う会”へ出席。大ガード横のビル5階知音社で手みやげの中国酒“剣南春”を買い、会場の林ビルへ向かう。林ビルというのはつまり、ロフトプラスワンの入っているビルである。ここの『九龍』という店で開催、という告知があったので、そういえばそんな店が4階にあった、と思い、エレベーターで4階へ行ってみたら、工事中であった。あれ、間違えたか、とあわてて階下に降りて確かめたら、中2階の台湾料理『ふるさと』に“九龍”と書いてある。こんな店がこのビルにあったことを、もう5年以上通い続けていて初めて認識した。それにしても、なんで台湾料理で“九龍”なのか。

 受付で会費払って、植木不等式氏、と学会から参加のK川氏、開田夫妻などと合流する。すでにテーブルの上には50キロという豚がアルミホイルとビニールに包まれて横たわっている。沖縄にある丸焼き専門店の窯で12時間かけて蒸し焼きにし、朝イチで空輸される(今日のものは昨日届いたらしいが)ものである。開田あやさんが“私と同じ体重〜”とあたりに触れ回っていた。K子、S井さん、I矢さんとその連れの女性、世界文化社Dさんなど、続々到着。談之助師匠、“いや、まさに今日の会にふさわしいニュースが”と、ネットニュースのプリントアウトを持ってくる。K子の掲示板でも話題になっていた、カナダの養豚場経営者が、20年以上にわたり娼婦を殺害、その肉を自分のところから卸していた豚肉に混ぜていたニュース。浅田農産 なんか可愛いもんである。
http://cnn.co.jp/world/CNN200403110015.html
 K子が“ここは一般人も来る会なんだからもっと小さい声で!”と、ウレシそうに言った。みんながプリントアウトをのぞき込んでいたら、会の主催者である林一先生が“何? 豚肉に人肉混ぜたの? うひゃあ”と呆れられていた。犯人に呆れたのであるか、今日の会にこんな記事持ってきてウレシそうに笑っているわれわれに呆れられたのかはわからず。私は談之助さんの奥さんに、頼まれた映画『オズの魔法使い』のマンチキンを演じた小人たちのドキュメンタリー本(洋書)をお貸しする。

 会は盛況で、七十人からの参加があるとか。時間が来て豚の包装が解かれると、開田さんはじめ、会場のみんなが写真を一斉に撮る。さすが、内臓抜いて50キロの豚はいままで見た豚の中でも一番大きく、よく焼いたせいか内臓を取った腹の部分が陥没したようになっていた。植木さんが開会の司会をし、林先生に乾杯の音頭をとって いただく。先生、さっそくさっきの事件をネタにして
「なんか、さっき見せてもらったニュースで、人肉を豚肉に混ぜて売ったというのがあったそうですが、これは丸焼きですので、混ざりものはありません。安心してお召 し上がりください。では、乾杯!」

 さっそく豚の解体に入る。まだ来場していない人が多いので、まずは下半身から、と、仕切役の昭和薬科大Hさんから注意あり。この丸焼きの会はもう十年近く前、やはり植木さんに誘われて参加したのが最初だが、ほとんどが大学関係の方々。みなさん、いいところの出の方という感じで、おとなしくて、ガツガツと豚に飛びつくなどということはなさらない。こちら(要するにいつもの食事仲間)はこういう場合、まず真っ先にナイフを手に、豚の解体にとりかかる連中である。出が賤しいと言えば賤しいが、こういうときは賤しいのが勝ちである。さっそく談之助、あや、私の三人が包丁を豚に突き立て、一番いいところの尻や股の肉を切り取ってかっさらう。十二時間かけて、じっくり蒸され、脂が落ちた豚肉はまるで鶏肉のように繊維がほぐれ、まことに美味。タレはジンギスカン風のものが用意されていたが、塩だけでも、いや、何もつけずとも十分に味わえる。しばらくはみな、無言で豚に齧りついていた。

 後から遅れてと学会H川氏もかけつける。林先生が、七十人以上も集まって豚肉が足りるか、と心配なさっていたげであるが、五十キロの豚は七十人で分けても一人あて700グラム。あら皮のステーキですら200グラムで満腹なのだから、そういう憂いはないだろう。まして、店の方でどんどんとエビ玉、焼きそば、ビーフン、チンジャオロースーにチャーハンなどが出る。豚より先にやきそばを取る人もいたが、私はちょっとビーフンなどをつまんだきり、今日は終始豚一筋。カリカリに焼けた尻尾 の部分や、足の先(つまり豚足)の部分を齧る。

 やがて上半身も食ってOKの指示、ソレキタとばかりにナイフを手に、頭部を解体にかかる。額のところから左右に皮を切り分けて、現れた頭骨の縫合線に従ってガシガシ切って分解。これが丸焼きを食う醍醐味である。Hさんが“いやあ、しかし慣れ てますね”と感心してくれる。
「使我得宰天下、亦如此肉矣!」
 と、漢楚軍談の陳平みたいな台詞を吐きたいところ。

 ある程度切れ目が広がった時点で指を差し入れて、パカッと左右に割ると、中にホクホクに焼けた脳ミソが、果実のようにつまっている。さらに、上あごと下あごを分けると、下あごにハリつくように、まるでケーキのように柔らかいタンが出てくる。脳はほじくり出し、下は細かに切って、解体者の権利でまず私が一番うまそうなところを口にし、周囲の人におすそわけ。脳ミソの風味、タンの柔らかさ、絶品とも何とも。植木さん、開田さん、談之助さんなんかは即、飛びつくが、他の人たちは、私が解体していく様子は面白がってのぞき込んでいるものの、切り分けた舌や脳を“どうです? おいしいですよ”と差し出しても、“イエ、いいですいいです”と尻込みして、誰も手を出そうとしない。いかにもアカデミズム関係者らしい情けなさではないですか(こういう表現にすぐイキリ立たないようにね、特にはてなダイアリー系の坊やたちとか)。林先生は大喜びで口に放り込んでおられた。やはり大物になると違い ますね。

 酒は自分の持ってきた剣南春は一杯味見しただけでアッという間になくなる(西原理恵子のマンガに“最高学府を出た女編集者”としてよく出演していたH女史に“さすがはカラサワさん、剣南春を持ち込むとは”とやたら感心された。ただ行き当たりばったりに買ってきただけだったのだが)。店が用意したのが女児紅(紹興酒。これは口当たり絶妙)と、二鍋頭という、あちらの労働者が好むという強烈な白酒。ラベルに“五十六度”と大書してある。いただいてみたが、意外や、豚の脂で胃も喉も保護されたか、ほとんどさわらずスルリと入る。高い度数が心地いい。ついつい、杯を重ねた後、植木氏に“これ、飲み過ぎるとどうなるんでしょうねえ”と訊いたら、
「ああ、二鍋頭(アルコートゥ)は飲み過ぎると死ぬそうですねえ」
 と軽くこられて、ちょっとギョッとした。

『人がいて牛がいて』はみうらじゅんのマンガだが、人がいて豚がいて、白酒があって、みな幸せという感じで時が過ぎていく。K子はユキさん(談之助夫人)と何やら楽しそうに会話している。植木氏はDさんと同業者同士で。大修館書店の女性編集者が、犬を食べてみたいんですが、と言ってきた。最近、こういう女性が増えた(岡田さんから紹介受けた女性とか)。いいことであると思う。名刺いただいて、グリーン食堂ツアーのときはお誘いしますから、と言っておく。あと、“山本白鳥さんはいまどうしてらっしゃいますかねえ”などと懐かしい名前を訊かれる。まだオノプロの頃に、オカルト業界ゴロのOが、“山本白鳥が借金で悩んでいるから、一緒にビジネスをやろうと誘えば飛びついてきますよ”と言ってきたことがあったなあ。

 10時過ぎ、さしもの巨大豚も残骸となり、みなパック(あやさんが隣のコンビニに走って買ってきた)に余った肉をつめて、腹もカバンもパンパンにしておひらき。会費を事前に5000円徴収していたが、会計の結果1000円余ったというので、還付してくれたので、これでコーヒー飲もう、と、と学会メンバー13人ばかり、談之助さんに率いてもらい、“コーヒーハウス凡”にて二次会まがいの集まり。K川さん、植木さんなどと馬鹿ばなし。“金持鹸化せず”“ブルータスおまえモカ”などと植木氏絶好調。私はI矢さんが持ってきたワインのカタログ中の“口の中でふくらむ味わい”というフレーズを“フェラチオのことか、これは”などといかにも酔っぱらい親父という感じのエロギャグを。11時、皆と別れてK子とタクシーで帰宅。やはり新宿からだと近い。脂あたりせぬよう三共胃腸薬飲んで寝る。なにやら狂乱の一晩でありし。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa