裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

31日

金曜日

エイヒレの声

 などて赤エイは珍味となりたまひし。朝7時15分起床。狂乱の三日だったが、宿酔い・体調不良などは別になし。足腰にまだいくぶん疲れが残っているくらい。起き出して朝食。フラットのパン類。サツマイモロール、マヨウインナードッグ、豆パンなど。一日たっても固くならず、大変おいしい。ワイドショーは長野県での姉妹行方不明死亡事件、いつもの北朝鮮。日常が戻ってきた感じをこういうもので実感すると いうのもな。風呂、さんなみで入り損ねたので二日ぶり。

 メールチェックして、日記7日分のみアップ。本日資料に使う紙芝居をカバンにつめ、トークに使う資料、旅行前に探して見つからなかったやつを、もう一度書庫の中に入って探したら、すぐ見つかった。幸先よし。もう11時半には家を出る。渋谷駅から銀座線で浅草。一本とはいえ始発から終点までである。車中、紙芝居の稽古を少ししようかと思うが、やはり銀座くらいまでは車中の人の目が気になってなかなか出来ない。日本橋あたりから、平気で出来る雰囲気になっていくのが可笑しい。

 終点浅草で降り(当たり前だが)、仲店通りを過ぎて浅草寺の境内に入り、五重塔通りに向かう。五重塔西側に並ぶ大きな狛犬像、向かって右側の阿吽の阿の方(口をあけているほうのことなのだが、これはどちらもあけている)は股間に◎印がついている。休日ということもあり、通りは昼間からかなりのにぎわい。すでに木馬亭には開場待ちのお客さんの列が出来ていた。快楽亭が“チラシ作るのが遅れて告知が行き届かなかったんじゃないか”と心配していたが、杞憂に終わった模様なのはめでたいこと。受付しているおかみさんに挨拶して、中へ入る。すでに佳声先生とそのスタッ フが紙芝居台の設置テストを行っている。

 楽屋では快楽亭が秀次郎と遊んでいた。佳声先生は11時前に来て張り切っているとのこと。客が並んでますね、と言うと、“こないだの広小路亭は始まって以来の大入りだったし、佳声先生はアタシの福の神ですな”と。でも、猫三味線はイマイチかイマサンでしたぜと言うと、“じゃ、アタシが佳声先生の福の神ですかネエ”。秀次郎はゴウライジャーのオモチャで遊んでいた。組み立ててみろ、と言うのでカチャカチャやって作ってみせると、“おおー、正解ー”。最終回はどうだった? と訊くと “セコだった”と。ヤな幼稚園児だね。

 なかの芸能小劇場のウツギさんも、ほとんどマネージャーという感じで楽屋に。3月11日がまた中野、あいていたので紙芝居やりましょうという話を快楽亭、している、よほど紙芝居にハマっているらしい。12時半開場、好調極まる入りで、補助椅子がどんどん出る。快楽亭は客席をよくのぞくタイプなのだが、“なんか、着物姿のオツな美人が三人もいますね。一人はアタシも知ってるが、後の二人は何物?”と首をひねっていた。前座はブラ汁くんとブラッCくんが立ち働いている。快楽亭に“ブラ房が二つ目になるそうですね”と言うとニヤニヤ笑って、“志らくと一緒に家元に報告しに行ったら、家元、妙に機嫌がよくって、「オウ、まあお前らが認めたもンだから大丈夫なンだろ……だけど一応、俺が見てやろうか?」って言うン。断るわけにいかないでショ。野郎に電話して、志らくンとこのと連絡取り合って、日を決めて家元ンとこ行け”って言ったら、サアそれからが、うんだものがつぶれたとも、何とも言ってこない。日にちくらい決めなきゃ行けないのに、連絡まったくナシ。ビビって ンのかねエ”と。

 家元は飯を食いに出る、佳声先生はまた舞台の最終確認に出る。楽屋で一人いたらおかみさんが来て、“……実は今朝早く、佳声先生から電話で、「唐沢さんも紙芝居やるそうだけど、どんなものやるの?」と、チェックが入りました”と、ニヤニヤしながら耳打ちしてくれた。たかだか素人のトークなんだが、やはりライバル心を燃やしているらしい。マズったかな、と思ったが、しかし凄まじい芸人根性。警戒心を解 かねばならぬと思い、本日のネタを佳声先生にお見せして説明。 M田くん、M川くんも来て、プレゼンテーション用ビデオ撮影の準備を。M田くんは以前の会社を本日づけでめでたく退社し、フリーになったとやら。最初の仕事がこれである。1時、開演。開口一番はブラ汁がつとめ、続いてが快楽亭。万金丹と味噌蔵の二席を続けて演じる。これは、ラジオビバリーヒルズを終えてから駆けつける予定の高田文夫氏に紙芝居を見せるための時間つなぎである。客席後ろで見ていたら、 前田隣先生が補助椅子に座って見ていた。

 味噌蔵の半ばくらいで高田文夫氏くる。とりあえず挨拶。や、や、や、と、テレビや舞台で見る通りの感じの人。客席にいたいかにも浅草の大将、という感じの人(扇子屋の主人らしい)が楽屋に来て、親しく話していた。やがて快楽亭がひけてきて、お先に、と挨拶して私が高座に。“紙芝居を初めてご覧になるお客様も多いと思うので、ひとつ解説を……”と、子供のころ、中島公園で見た紙芝居のうらぶれた雰囲気の話などをやり、それから『日本刀タンク』、『鉄腕アトム』の二本を。鉄腕アトムは昭和40年童心社のもので、『ミドロが沼』。このミドロが沼の話はアニメ版は本放送後、フィルム原盤が行方不明となり、再放送やソフト化が長いこと不可能だったもの。つい先日発売されたDVDボックスで、新に発見された音声テープと海外版のフィルムを重ねて、やっと再現できたというもので、その間30年というものは『ミドロが沼』を音声つきで見ようと思えばこの紙芝居以外なかったので……とやる。少しマニアックすぎたネタか、と思ったが笑い声が起こったところを見ると、かなりオ タクも来ておるな。

 その後、紙芝居朗読。あくまでトーク用の朗読に徹する。この紙芝居、裏側に“演出ノート”というのが書かれており、ミドロが沼のトカゲに毒液を拭きかけられて気が狂ってしまう人間の“ケラケラケラ”という笑いのところには“気狂いらしく”と書かれている、など、かなり笑えるシロモノ。だいぶ前のトイフェスで買ったものであるが、役に立つものだ。20分ほどしゃべって、中入り。楽屋で快楽亭と高田氏にアトムのを見せる。快楽亭、秀次郎に“これ、幼稚園でやろうか”と。それから黄金バットの映画の話になる。千葉真一版のことが出たついでに、“美空ひばりが出演しているのもあるンですよ”と言うと、快楽亭も知らなかったらしく、それと佳声先生 の実演とでオールナイトをやりたいネエと乗り気。

 中入り後、いよいよ佳声先生の実演、今日はポンチ紙芝居二本と、時代劇、そして黄金バット怪タンク編。ポンチ紙芝居というのはいわば四コママンガを紙芝居でやるようなもので、街頭紙芝居の前座のようなものだが、これが実にトボけていていい味わいで、大ウケ。時代劇『どくろ天狗』は、黄金バットそっくりの鞍馬天狗、という感じの珍品。そして黄金バット、怪タンクが船を襲うシーンはまさに東宝怪獣映画の構図そのまま。例によっての入れ込み沢山で、『あこがれのハワイ航路』はオカッパルの声帯模写で、二番までフルコーラス歌うのが大笑い。客席大喜びである。しかしどういうわけか、並んで客席後方で見ていた高田氏は途中で楽屋に引っ込んでしまった。

 たっぷり沸かせた後はトリにもう一度快楽亭が『聖水番屋』。このあいだのにぎわい座で『名字なき子』をやって客を帰した話もマクラでふって笑いをとっていた。あれ、どこぞの掲示板で“客を帰すとはけしからん。他の芸人さんに失礼だと思わないのか”という感想が書き込まれていたことがあったが、今日のネタを見ればわかるように、快楽亭は普通の寄席では、アブないネタはトリのときしかやらない。にぎわい座のときも、本来トリのはずの志の輔が都合で浅いところで出てしまったから、急遽トリになり、後は自分がどうしようが他の出演者に迷惑はかからない、ということをちゃんと計算してネタを選んでいる。本来、今日などは『猛毒演会』で最初から毒ネタをやってもいいところを、佳声先生目当ての客を帰しちゃいけない、という心づもりから、ごくまっとうなネタを演じているのだ。本来は非常に細かい気働きの出来る人なのである。そこらへん、誤解というか、ハナからこういう異端は悪く言ってやろ う、という姿勢の聞き手がいるのは腹立たしいことである。

 その後、高田・ブラックで対談。本当は私や佳声先生も交えて紙芝居談義、の予定が“まあ、あまり出るとごちゃごちゃしますから”と快楽亭が急遽対談に変えたのだが、これも彼一流の気働きで、高田氏があんまり紙芝居にハマらなかったな、ということを見てとったからではあるまいか。事実、高田氏は紙芝居に関しては冒頭でチラと触れたのみ、それも、テレビでよくやる、B級芸人をつつく、という感じの扱い方で、袖で聞いていて、あまり気分がよくはなかった。アニメになっていることも映画になっていることも知らない。後はずっと、快楽亭の母親がパンパンだとか、父親は誰だとか、そういう話ばかり。話芸はさすがにうまく、客をつかんで爆笑させる。売れっ子になるだけのことはある、と感心したが、うーん、佳声先生リスペクトの私としては、かなり不満を抱いた。礼というものをこのオトコは知らぬ、とちょっと義憤 にかられたのである。

 終わって、まだ4時だが、打ち上げに、と、しばらく歩いて浅草すし芳。スタッフ陣多いので、向かいの居酒屋『大木』と二手に別れる。座敷席には高田氏が、扇子屋の大将、それと着物姿の粋な美女とで上がり込む。こっちはカウンターで、佳声先生に快楽亭、ウツギ氏、M田M川の二人と。若いファンたち、佳声先生にベタ惚れのようで、いろいろ話しかけている。佳声先生、紙芝居のいろんな話。まったく、雑学の宝庫というくらい何でも知っている先生である。“エロ紙芝居ッてのはあるもんなんですか”というと、ありますあります、と実演してくれたのには驚いた。紙芝居はナンセンスでよくない、と戦時中取り締まられたのだが、その取り締まった軍人のお座敷で、そういうものがことの他喜ばれたという。あと、加太こうじと永松健男の話など。M田くん、マジンガーZの兜甲児は、加太こうじの加太をカブトと読んだもので すか、と言う。それは気がつかなかった。

 M田くん、会社やめて独立プロデューサーとしてこれからやるの、と訊くと、イヤまだ未定なんですが、実は……と、驚くべき企画のあることを漏らしてくれる。まさに趣味と実益を兼ねたものだが、趣味はともかく、実益がどうなるか。犠牲者がだいぶ出ている業界だからな。それはともかく、紙芝居企画を売るにあたり、どう付加価値をつけるか、で先日来頭をひねっていたのだが、雑談中にふと、“これはどう?”と思いつきを口にしたら、M田くんアッと叫んで、ソレです、ソレで行きましょう、これでカチっと出来た! と興奮した口調で言う。私もわれながらいいアイデアだと 思う。身近にその業界に詳しい人間が何人もいるし。

 いつの間にか、外はかなりの雨。K子が志摩ちゃん(地方コミケのために上京)と虎の子にいる、というので佳声先生、快楽亭、高田氏に挨拶しておいとま。やはり佳声先生リスペクトの、マンガ家のひろ・あきら(ひおあきらではない)氏などが、今日の私のトークを“非常に興味深い話だった”と絶賛してくれた。おかみさんから、本日の出演料いただき、ウツギさんから傘を借りて出る。どしゃ降り。タクシーで下北沢まで。虎の子で志摩さんと三人、常夜鍋。ともかくも無事、終えてホッとした。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa