4日
土曜日
四十肩歳三
諸君、誠の旗を高く掲げて、いてててて。朝8時起床。札幌での眠りはその質からしてどうも東京の眠りとは違っているようである。何か洞窟の中で眠っているような感じがする。風呂入ってから朝食、ジャガイモのヴィシソワーズ、ジャガイモのサラダ。K子はジャガイモのサラダをドレッシングなしでバリバリ食べる。
星さん(実家に27年来ているお手伝いさん)が来て、洗濯・掃除などをしてくれる。彼女はうちの爺さん、婆さん、親父を看取った、この家のヌシみたいな存在である。母がアメリカに行っている間は彼女が文字通り、この家を一人で守ることになるのである。
帰京後の出版の梗概などをワープロでメモする。私はいまだにモバイルのパソコンを持っておらず(この実家では母のパソコンを使ってネットを覗いている)、通信には書院のモバイルを利用していて、これでメールのやりとりをしている。保存文書を見てみると、例の伊藤(バカ)裁判関係の頃のやりとりや、江下雅之がらみで塚原尚人から来たメールなどという文書が大量に保存されていた。懐かしくていろいろと読む。伊藤くんがFコメの佐藤WAYAさんに出した、やたら居丈高な文体のメールなどに大笑いしてしまった。昼飯は元旦のあまりのビーフシチューをこれまたあまりのご飯にかけて、簡便ハヤシライス。
昼はとにかく退屈。さんまの番組などをダラダラと見る。東京では考えられない時間の過ごし方である。母と、金子貴俊と山咲トオルの比較論などというラチもない話をする。正月なればこそ、である。
所在なさに金田一京助編の三省堂国語辞典などをぱらぱら読む。父の遺品だが、読むとやはり項目の選択が他の辞典とは違う、ような気がする(別に比較してみたわけではないが)。“こども(子供)”の反対語で“おおども(大供)”なんて聞いたことのない言葉が入っていたり、“天衣無縫”が〈文語〉で、“天真爛漫”が〈俗語〉である、などというのも初めて知った。大便と小便を合わせて“両便”というのは薬剤師や医師は使うかも知れないが、それでももはや死語に属する言葉(専門でも“大小便”の方を使うだろう)だと思う。
夜は母自慢のちらし寿司を私のリクエストで。わが家のちらしは寿司酢が甘くなりがちなので、普通の酢で酢めしを作り、それに小倉屋の塩昆布を細かく切ったものを交ぜ込んで塩味をつける。色は黒くなるが、酒のアテにもなる、おいしい酢めしが出来る。それにシイタケ、卵焼き、イクラ、マグロのヅケ、うなぎが入る。それを肴にビールと日本酒。飲んで食って酔って10時にもう寝る。