30日
木曜日
Follow Meや佐渡に横たふ天の川
キャロル・リード、芭蕉の旅の後を追う。ちなみに昔の『ぴあ』誌で、この映画の出演者のところに“ピーター・カッシング”と記載されていた。いかにも映画ファンが作っている雑誌的なシャレで嬉しくなってしまったものである。あのころの情報誌は、まさにそういう好きな連中の手作りという感じがあり、ああ、これが都会文化な んだな、と思ったものだったが。
朝、7時5分起床。夢で、闇市みたいな感じの古書の青空市を見回っていると、やたら体の大きい人物が会計の列に並んでいる。誰だろうと思ったら新横綱の朝青龍である。へえ、古本好きなんだ、と思って眺めていたら、彼と親しげに話している人物がいて、それが中学校時代の同級生のJだった。優等生だった奴が、いやにみすぼらしいなりをしているなと思い、声をかけて、近くの屋台のおでん屋に誘う。今、何をやっているんだと訊いたら、公園の専属パフォーマーだという。公園で、裸に白ペンキを塗って大駱駝艦みたいな格好で、ゴミ箱を抱いていたり、銅像の真似をしたりして一日過ごしているという仕事らしい。どんなものか、翌日、公園に行ってみると、彼の姿はなく、彼用のプレハブの小さな事務所兼楽屋にも鍵がかかって、犬が一匹、鎖につながれて寝ているのみ、というものだった。実際のJは確か、慶応を出て札幌に戻り、銀行だったか証券会社だかに務めていたはずだが、この不景気で無事に務め ているかしらん。
朝食はK子には野菜炒めとライ麦パン。私は豆サラダ。大豆の水煮缶に、生のグリンピースとコーンを茹でて加える。この取り合わせは美味。果物はイチゴ三粒。新聞に見る週刊誌見出し、極めて威勢のいいアメリカ罵倒、やれ戦争キチガイだ暴力団だチンピラだ犯罪国家だ、に苦笑。あたかも第二次大戦直前の日本のマスコミに同じ。古書市をちょっと回れば、大正から昭和にかけて、アメリカ罵倒本がどれだけ出回っていたかがよくわかるはず。人間の歴史はいくらかのバリエーションを持って同じこ とがサイクルされる、その繰り返しでしかない。
カード悪用のトラブルがあったかも、とカード会社から報告があって少し緊張するが、誤りだったと後で電話あり、ひと安心。もっとも、悪用の額があまりにチンケなものだったのでおかしいと思っていた。母に電話、やっと通じた。まだCD−ROMは届いていないようだ。生田くんや、マンスリーマンション管理会社の女性などにご飯を作ってやって、大変評判がいいらしい。管理会社の女性など、母が一年で日本に帰ってしまうというのを聞いて、“ええ〜、たった一年ですかぁ? もっといてください!”などと言っているという。“料理を作って食べさせてあげるというのも言語以外のひとつのコミュニケーション能力だということがわかった”とか言っている。そう言えば、料理の腕が武器、という奇想天外なスパイがナチスを手玉にとる『白い 国籍のスパイ』という小説(J・M・ジンメル)があったな。
12時、家を出てキッチンジローでカキフライライス。その後、コンビニを回って資料の雑誌を探す。これで時間とってしまい、1時のどどいつ文庫さんの来宅に間に合わず。半になって、また電話かかる。区役所の食堂で昼飯をとってきたそうだ。ライスと納豆、味噌汁だけで350円だったそうで、さすがに食堂のおばちゃんに嫌な顔をされたとか。以前から頼んでいた、70年代のアメリカ古モノ馬鹿ホラー雑誌を見つけだしてくれた。非常にうれしい。ちんちん先生の話になったが、伊藤さん帰ったあとすぐ、河出Sくんから電話で、ちんちん先生(Kさん)とやっと連絡とれ、意 気投合して長話してしまったとか。
ベッドでその馬鹿ホラーを読む。4冊あったが、面白い馬鹿はそのうちの一冊に集中。そういうものらしい。カキフライが腹にもたれ、しばらく眠ってしまう。起き出してコレデハイカンと、あわてて原稿書き。資料の本の面白さにときどき、筆がとま り、読み込んでしまう。
なんとかまとまった部分のみをメールして、あといくつか連絡雑事。7時、渋谷駅でK子と待ち合わせ、西荻まで。世界文化社Dさんと、パズル作家の西尾徹也さん、フリー編集のIさんとK子の打ち合わせに混ぜてもらう。K子はこないだの世界パズル選手権のレポートマンガを描くのと、西尾さんに自分の作ったパズルを批評してもらう目的がある。場所は西荻の有名な『真砂』。歩いていたら、いきなりひえだオンまゆらさんに出会う。そう言えば、彼女の旦那さんの官舎は西荻にあったんだった。“いいところじゃない”と言うと、“ええ、場所だけは”と。これからどちらへ、というのでローストビーフの店、と言うと“あ、真砂ですか、いいなあ!”とうらやましそうに言われる。誘いたかったが、今日は編集部持ちなので、悪いがまた今度。
K子はさっそく自分の作のパズルを西尾さんとDさんに見せて、酷評されている。“これじゃパズルにならない”“まだ「線」で描いてます、パズルの絵は「面」で描くようにならないと”と。パズル作家への道は険しいようである。いや、それよりなにより、題が“首吊り”“溺死”“飛び降り”とか、使えないようなものばかり描く のはやめた方が。
『真砂』は東海林さだおのエッセイによく出てくるのでもう高校生くらいの頃から名前を知っている店だ。一度、なをきと一緒にそこを目当てに西荻に行ったが、休みで入れなかったことがある。その頃からも二十年はたっている。来たのは初めてだが、いまだに私の作る炒飯は真砂風である。つまり、普通の炒飯はまず鍋の中の油に溶き卵を落として固め、その上にご飯を入れる。だから出来上がったご飯の中にフライの卵が形を持って混ざっている感じになる。ところが、東海林さだおが真砂のオヤジから伝授された炒飯は、炒飯がほどよく出来上がりかけたとき、そこに卵を割って落とし、これをご飯に混ぜ込んでしまう。だから、お米の一粒々々に卵がまつわりつき、ちょっと見ると、卵が入っているかいないかわからない。これによって、焼いて水気が飛んだ米にまたうるおいが加わり、風味が増すというのが真砂風なのである。
名物のしゃぶしゃぶ風ローストビーフ、真鯛の中華風カルパッチョ、野ガモの北京ダック風、砂肝のウスターソース煮など、ここは居酒屋風に畳敷きの座敷で洋風料理を食べるのが特長なのであった。ただし、西尾さんは酒のときはあまり固形物は口にしない主義なのだとか。生、ワイン、それから会津の酒・奥の松の熱燗、これが口当たりがよくていい。西尾さんに会わせてかなり飲んでしまう。中央線で新宿まで、そこからタクシー。