裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

25日

火曜日

身から出たザビ

 生まれの不幸を呪うがいい。朝6時ころ目を覚まして本を読んでいたら、女房に起こされる。朝食、イチジクとヨーグルト、青豆スープ。小青竜湯と百草胃腸薬。昨日の取材を担当した代理店の女性(今回のトラフェスに、いったいいくつ、こういうプロダクションが加わっているのか、私も把握していない)から取材御礼のメール。今回ほどリラックスして仕事できた取材入れも初めてだったそうだ。まあ、それはわれわれが基本的に“余技”だからであって、テレビに出ること即ちお仕事、のタレントさんたちはそりゃ、ピリピリすることであろう。

 仕事カリカリ。やっと調子、旧に復してきた感じである。もっとも、汗に異臭を感じるのはまだやまない。ときおり、シャツをくんくん嗅いだりする。休日あけで編集部からさぞや電話頻々、とカクゴしていたら、そうでもない。コンテンツ・ファンドから明日の収録の資料ビデオが届く。すっかり失念していた。先日来、某友人にちょいと厚かましいお願いをしていたのだが、メールでのやりとりで、こちらがかなり非常識なお願いをしていたことに気付き、あわてて取り下げる。常識人のつもりでいても、フリーの職業をしていると、一般社会人の目から見るとかなりトッピなことを言い出す奴に見えてしまう。反省多々。

 昼は六本木に買い物に出て、またこないだの海鮮丼。自分でも驚くくらいアッという間に平らげる。隣の席の女性がやっと箸をつけたくらいのときに、ごちそうさま、と外に出る。往復の電車中でずっと読んでいたのがロナルド・シーゲル『パラノイアに憑かれた人々・上』(草思社)。UCLAで医学を教えている著者が、自らパラノイア患者たちの思考や行動を追体験法でなぞり、その異常さを紹介した本。この方法が医学的に正しい方法なのか疑問が残るが、そこで紹介されているパラノイア的妄想の奇想天外さは抜群で(個人監視用人工衛星に監視されている医師だの、自分の歯から語りかけられるお婆ちゃんだの)、あるときはソラ恐ろしくなり、ある時は抱腹絶倒する。全ての妄想の例に共通する、シチュエーションの実に細かいことと、でありながらトリトメのないことは、類似した想像癖を持つ者が身近にいた経験もあって、ついつい、それと結びつけながら読んでしまった。

 身近にいたどころではない、私もモノカキになったばかりの頃、自分に大手出版者の編集部から大きな仕事の依頼の電話がかかってくるシチュエーションを空想し、そのときの会話や、担当者の名前、言葉癖などをコト細かに設定してメモしたりしていた。私の場合は、それを人に話さなかったというだけで、立派に頭の中で妄想世界を構築していたのである。そういう妄想を著者は“外界の出来事に対処し、生き抜くための適応手段”ととらえ(たぶん、私の場合はまだ仕事があまりなく、将来の見通しが立たない不安を緩和し、精神状態を安定させるためのものだったのだろう)、“ふだんの生活で危険に対処するために軽いパラノイア的な反応”を病気と呼ぶのは不当であるとする。だが、その妄想を自分の中にとどめておかず(あるいは何かクリエイティブな仕事として昇華させず)、外部にその妄想を一歩踏み出させたとたん、その人物はパラノイド(パラノイア患者)となってしまう。実例をいくつも私は見ているのである。汗の匂いが気になる程度は、まだ全くフツーの範疇ではないか、と思い、やや気分が軽くなった。

 帰って『Web現代』原稿にかかる。またまたアクセス数増加計画で、スケベな話題を取り上げることにする。まあ、スケベと言っても私の原稿は一般人とはかなり基準の隔たったスケベだが。夕方以降から電話頻々、ハイハイ明日には、とか今週中には絶対、などというチャラッポコな返事を十回くらい繰り返す。アエラのK氏からも電話、開田裕治さんを記事で取り上げるので、何か開田さんの仕事についてコメントを述べてくれというので、30分ほど話す。

 9時、家を出て寿司屋でK子と待ち合わせ。タクシーが家の前に並んでいるので乗ろうとしたら、初老の運転手が、“NHKの客を待っているのでダメだ”と言う。局内の乗り場でもないのにNHK専用とするとは傲慢な、乗車拒否で会社に電話するぞと怒鳴りつけたくなったが、しかしこの不況の中、たぶん二時間くらい並んで、いかにも近距離という軽装の客をそりゃあ乗せたくはないだろうと思い、アアソウ、と引き下がる。最近は相手の事情に対して極めて寛大になった。とはいえ、アイツが待ちに待って乗せたNHKの客が“渋谷駅にやってくれ”とか言わないか、などとザマアミロのシチュエーションを頭の中でモウソウして、ウサをはらす。なるほど、パラノイアは現状への適応の手段なんですなあ。

 9時45分、すし処すがわら。毎度来ているヤクザのおっちゃんとまた顔を合わせる。酔っぱらって大層なゴキゲンになったおばちゃん二人が、会社の上司というのを引っ張ってきて、ドガチャカになる。ひらめ、イサキ、アナゴ、ウニなど。アナゴは おかわりした。

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