16日
日曜日
スロート・カットさわやかコカ・コーラ
切り裂きジャックも飲んでいた。朝7時起き。フロに行く。女湯と男湯が初めて交代になっていた。こっちは空が見えないかわりに広くて打たせ湯などがある。開田さんに会う。銀座のピルゼンが店じまいなので今夜一緒に行きませんかと誘われる。帰宅後が〆切ラッシュなので返事は保留。部屋に戻って、K子が起きてフロに入ってくるのを待つ。
ここの旅館の新聞は朝日新聞。日曜の読書欄を見る。読売に比べて文章がいずれも柔らかい感じだが、それでも阪大教授・川村邦光、慶大教授・池尾和人氏の両文章の黒さ(漢字率の高さ)は如実である。これに比べてラフすぎるのではないかと思われるのが久世光彦氏の『ノミ、サーカスへゆく』(金井美恵子文、金井久美子絵 角川春樹事務所)の評で、気取らない文章であるのはいいが、気取らなさすぎて、いったい何を言っているのだかよくわからない部分がある。冒頭の“なぜ作家は童話を時折無性に書きたくなるのか”という問いを途中でほっぽり出して“それと、もう一つ。よく<大人のための童話>というのがあるが、私は信じない”と、別の話題にいきなり飛ぶ。“それと”の沙汰ではない。そして、この童話は子供たちに不親切だが、しかしこのまま子供たちに何度も繰り返し読んでやるのが一番いい、とし、“ニジンスキーって誰と質問されても、答えてはいけない。繰り返すうちに、子供たちには必ずニジンスキーが見えてくる”と、むちゃくちゃなことを言う。評書そのものより、この評の方がよほど童話である。そして、これだけめちゃくちゃを書かれると、どうにもこの本が気になって、買ってみたい、せめて書店で手にとって見たいと思えてくるのが不思議である。これが、書評というものの芸なのである。
7時過ぎ、朝ごはん。開田夫妻と一緒になる。あやさんはずっと苦情の言い続け。苦情を言う機械みたいである。天地四方、よくこれだけありとあらゆることに苦情を述べられるものだと感心する。もっとも、彼女がわれわれのぶんの憤懣まで肩代わりしてくれているので、こっちは比較的気楽でいられるのかも知れない。こちらはオノプロ時代、タビでの扱いのひどさには慣れっこになっているので、大して実感がわかない。花見の野天で漫才やれと言われる、同じく野天でステージと客席の間に道路があって、車がひっきりなしに通る(!)なんてこともあったし。楽屋泊りはもう、ザラであった。それで、扱いが悪いなどと文句を言おうものなら、そっちが常識知らずと笑われる世界だったんである。
スタッフが車で迎えにくるという二人を残して、われわれは早めにバスで出る。時間とかをフロントで確かめるが、係の爺さんが、何か脳卒中の後でボケてしまった人みたいな感じで、不得要領なことおびただしい。バスの時刻表を客が持っていってしまって手許にない、などと言う。K子とのかけあいがまるで漫才である。夫として共に怒るべきなのであろうが、どうしても笑えてしまう。困った配偶者である。当事者的に見れば腹立たしいことほど、第三者には滑稽に見える。ジオポリスがらみのトラブルは直接私の責任になるが、ここでは純然たる被害者であり、比べればはるかに気が楽である。まあ、も少し私が上等なモノカキならばこんな目にも会わないのだろうが、こういうときには尊敬する本多猪四郎夫人の、“私の夫くらい、周囲の理不尽や無理解に文句を言わなかった人を知らない”という言葉を思い出して、うぬぼれまいぞ、と反省する。
二人でバスに乗り、空港まで約1時間。田舎の風景を見ながら、好天気の中を行くのも案外楽しい。変てこな地名の停留所があるたびにK子と笑う。空港でオミヤゲ屋などを見てしばらく時間をつぶす。レストランでまた開田さんたちと出会う。“赤い柚子胡椒がありましたよ”と開田さんが言うので“当然、買いました”と自慢する。ロフトの後の本多夫人のご推薦の九州居酒屋パブで知ったモノである。赤いんだし、“専用”柚子胡椒、とか言って売り出せばヒットするかもしれない。食事は釜揚げうどんセットというのを頼んで、セットの寿司がオソルベキものだったので、うどんのみすする。意外においしい。機内でK子は今回の日記をひたすら執筆。私は帰ってからのスケジュールを確認する。やはり今夜の銀座はムリとわかる。
羽田でみんなと別れて帰宅、メール確認、郵便物確認。山口のスタッフから“帰りの空港まではタクシーを使って結構です”とメールが来ているのに思わず天井を向いて爆笑。何か、最後までキチンと〆メてもらった、という感じ。原稿ガリガリ。母から電話。ニューヨークで働いていた従姉妹は、ちょうどあの事件の直前に、お金がなくなって一時帰国していたとか。6時からビデオスタジオのヒトが来る(こないだ撮影したビデオのチェック)予定になっているのだが、なかなか来ない。携帯で連絡してみると、私からの連絡待ちだったという。いろいろ情報をツキあわせてみると、やはり向こうのカン違いであった。明日ということにするが、ちょっと気が抜けてしまい、仕事も出来なくなって日記などつける。
買い物に出かけ、夕食の準備。きわめて簡単に、肉を焼いたものと湯豆腐。DVDでウルトラQ、『甘い蜜の恐怖』。梶田監督作品だが、ハニーゼリオンを盗んだ犯人が改心しての自爆後にまた洞窟から出てきて“愛子さんを幸せにしてやれよ”などと言って死ぬのはあまりにワザとくさくないか。第一、大モグラが火山帯に突っ込んで噴火がおき、付近の村が大惨事になっているのに主人公たちみんな、よかったよかったとニコニコ笑って見ておってはいかんではないか。一の谷博士たちがモグラのことを“やっこさん”と呼ぶのがカッコよくて、弟とよく口真似をしたのを思い出す。