裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

4日

火曜日

坊やよい子だインドシナ

 まんがベトナム昔ばなし。3時ころ目が覚め、所在なく黄表紙など読む。5時ころまた眠る。このおかげで一日中調子が狂う。早川書房に用事で行ったら地下室に社員用の銭湯があり、SFマガジン編集長といっしょに風呂の中で話をする夢を見る。前夜、新連載についての打ち合わせの日取りをメールでやりとりした記憶から見たのだろう。結局8時45分まで寝坊。朝食、アボカドと豆のスープ。雨サワサワと降り、気圧変調甚だし。今日は仕事にならぬものとハナから諦める。

 夢で一緒に風呂に入ったS編集長から電話。打ち合わせ日程が少し早まる。日程と言えば睦月邸への二度目の訪問も官能倶楽部パティオでやりとり。12時、時間割でハローミュージックAくんと打ち合わせ。ジオポリスの展示の概要を見せてもらう。展示・物販に関してはまあ、面白い形になりそう。も少し細かいところで確認や調整もしたかったのだが、今日の神経状態で話がコジれると、こっちがパンクすることは必至なので、大体のところでOKする。自宅に昨日送り返されたトッパンのポップカルチャー展の展示ブツを後楽園資料用に写真に撮ろうとするがAくんのカメラがバッテリー切れ、ブツ自体を夕方取りにくるということで一旦Aくん帰る。

 昼は札幌から送ってきたカレーをパックごはんにかけて。食べながらDVDで『快獣ブースカ』を見る。相変わらず白黒画面の味わいは最高だが、こういうコメディは東映の方がうまいのではないかと思う。『忍者ハットリくん』のギャグなどは、井上ひさしが脚本に加わっていたこともあるだろうが、一種ポップの域にまで達していた感じがあった。ブースカは、子供向けを意識しすぎて、ストーリィのテンポがやや、おかったるい。こちらの方が上品といえば上品だが。体と神経をなんとかゴマカシながら過ごす。6時、Aくん、荷物を取りにくる。

 原稿、それでもちょこちょこと書く。書きながらあいまに植木不等式氏と駄洒落のメールをやりとりしたり、歌舞伎町火災の替え歌を作ってみたり。こういうときに人は不善をなすのかもしれん、と思う。ネットで資料を探してあちこちうろうろしているうち、何故か知らないがジャン・コクトーを徹底して毛嫌いしている女子高生の日記サイトを見つける。ところが彼女は、ある日コバルト文庫(というところがなんとも)を読んで、コクトーが『美女と野獣』の“原作者”であることを知り、愕然とする。これまた何故か知らないが、彼女の中では『美女と野獣』の位置は非常に高いものであったらしい(読んではいないのだが)。“あの芸術家気取りがそんな大物だったのか!”と驚愕した彼女は、古書店で『美女と野獣』を探し、同題名の不倫小説などを手にとってしまってガッカリしたりした末に、とうとうホンモノを見つけ、その原作者名を確認する。“ボバリー夫人”と。コクトーはこれを映画化した“だけ”であった。彼女は自分の考えが正しかったことに安心し、コバルト文庫のいいかげんさに非常に憤慨して、日記に“出版物の文章には責任もてよ”と怒りの言葉を書き付けるのであった。

 ……コクトーをエセ芸術家よばわりする女子高生。もし私が教師で、教え子にこういう子がいたとしても、決して私は彼女を叱ったりしないと思う。頼もしいではないか。こんなことを発言できるのは若いころの特権。コクトーに限らず、どんどん、大物をケチョンケチョンに切って捨ててほしい。たまにはそういう声にも耳を傾けないと、芸術も進歩しないだろう。ただ、同じような言を吐いていた昔の私がそうであったように、数年後に彼女は凄く恥ずかしい思いをすると思うけれど、その恥ずかしさがすなわち、大人になった証拠なのだ。ちなみに、『美女と野獣』の原作者はボーモン夫人が正しい。まあ、“ボ”が合っているだけでも、最近の高校生としては大したものだと思う。

 なんとか体調も復し、仕事が進んできたところで、ちょっとイベント関係でまたトラブル発生。あわててAくんに電話して、トラブル関係者に至急連絡するように伝える。怒鳴り付けたくなるのをなんとかこらえた。監修という仕事は真面目にやろうと思えば思うほど、胃がやられる。よく地方博の監修として名前が冠されている文化人たちが、金だけとって何にもしなかったなどと暴露記事が書かれたりするが、ああいうイベントに責任を持つ立場で関わると、トラブル続出で必ず神経を傷めることになる。何もしないのが一番いいのかもしれない。とにあれ、これで完全にパンク状態となり、あとは何もする気起きず。

 一切のこと放棄して、9時に外出、四谷三丁目のセイフーで買い物。東新宿の幸永へ行く。今までの店のすぐ脇に出来た新店鋪。こっちの方は全席お座敷で、吸煙ダクトも空調も整っている。K子と待ち合わせ、いつものメニュー。シビレ、ハツモトなどうまく、皿数は余計とるがその分アルコール控えめ。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa