裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

2日

日曜日

フェチよあなたは強かった

 女子用トイレの便槽に三日もつかっていたとやら。10時就寝4時起床。自宅でもめったにない快眠。4時に目が覚めたのは隣の爺さんが夜中に自分でオシッコしようとしてその容器を倒してこぼしてしまい、看護婦さんたちがドタバタしていたため。この爺さんはいくら看護婦に言われてもこれをやる。6時までまた寝たが、おかげで(かどうか知らないが)歯医者に歯科治療用高級フトンを売り付けられるというヘンな夢を見て脂汗を流した。

 トイレ、検温。6時半に新聞を売りにくる。今日は朝日を買うが、フリーター増加問題を扱っていた。それはいいが、取材されている若者の仮名がケンとマリ。まだ、こういう名前は若者のイメージなのか。私の知り合いのケンはくりくりのマスターで59歳だぞ。今の若者の“適職信仰”(自分にあった仕事がきっとどこかにあるハズで、それにさえ出会えば全てが解決する)が指摘されていた。“本当の自分探し”とか言って、勤労意欲のない連中が全員サラリーマンをやめ、サーファーハウスのオーナーになるような21世紀が来るのだろうなあ。

 8時15分、朝食。ヒジキとアブラゲの煮付、ハクサイ漬物、卵焼き、ダイコンの味噌汁という超健康的なもの。卵焼きは残して、他はおいしくいただく。南原さんがこないだ持ってきてくれた『月光』最新刊を読む。毎度南原氏の独断で読者を無視して特集される記事が非常に面白い。今回は連合赤軍。赤ん坊の“公園デビュー”の語源が連合赤軍の“公然デビュー”だなどとは、初めて知った。あと、美好さんのぞんざいな(笑)入院日記。しかし、世の中には身の回りにヘンな人間を引き寄せてしまうオーラというか磁力というか、そういうものを持った人がいるものである。人のことは言えないが(彼女、こないだの見舞いのとき、上から下まで黒の服で、なんか葬式に来たみたいだった)。

 回診。腫れ、昨日までよりはだいぶ引いたが、予定よりちょっと遅い。火曜くらいに退院のはずが、どうも木曜くらいまで延びそうで、はなはだユーウツになる。傷口回りの皮膚が、二回目ということで弱くなっているせい、と説明受けたが、あまり説得力ないな。いつもの通りメール数通。やったりとったり。昨日の浅草めぐりには白山雅一先生もみえて、飲みながら新国劇の役者の声色などやってみせたそうである。うう、うらやましいぞ。

 昼食、カボチャ煮物、大豆と昆布の煮物、鳥肉空揚げの甘酢かけ、ツボヅケ。甘酢かけは鳥肉のカタマリがゴロンと入っている。年寄りはかみ切れないと思うがな。ご飯半分残す。味はここ、いいんですけどね。女房などは人が作ってくれる献立がなにより好きで、自分が今日の昼とか夜とかに何を食べようかと考えなくてはいけないと思うだけで目まいがするそうである。私は、今日何を食べようかと考えるのが生きがいの人間なので、こういうお仕着せのメニューはどんなにうまくてもツラい。

 3時、海拓舎のテープ起こしをやってくれているライターの島崎くんが見舞いに来てくれる。実は昨日、彼が今日見舞いに来ることをK子から聞き、電話して、紀伊国屋で本を数冊買ってきてもらった。書評原稿用のもので、あるテーマに沿った本を何冊か書店で手に入れねばならないのだが、これこれと書名を具体的に指示できないから女房に頼むわけにもいかず、ブツが手に入らねばデータも記せず、これはオトすかな、とアキラめていたのだが、そういう本にカンの働く人がいてくれたおかげで手に入り、なんとかオトさずに書き上げられる。ありがたいというか、まだ私もツキがあるというか。

 面会室で雑談。島崎くん、テレコを取り出して私の話をずっと録音している。著名人と話すときは、雑談の果てまで録音しておく趣味なのだそうだ。著名人などと言われてくすぐったいが、とはいえ、録音されていて、なぜこの病院の看護婦には貧乳の子しかいないかとか、黒田勇樹似の美少年がアッチの病室に入院しているとか、そういうアホな話も出来ず、都市と国家に就いて、などという重苦しい話をする。こっちの方がアホらしい。

 6時、K子きてシャツ類交換。晩飯、またまたサワラ塩焼き(土日は金曜日にまとめ買いした素材を調理して出すだけらしい)、茶わん蒸し、おひたし、それに何と栗きんとん。オカズはきんとん以外全部食べたが、ご飯半分以上残す。夜の点滴、腕に入れっぱなしの針が血管の壁にあたっているらしく、なかなか落ちずに往生。日曜は当番の看護婦さんも数が少なく、とはいえ患者側の要求はいつもと同じで、みんな走り回っている。10時就寝。酒ものまずにこんな早く寝られるもんかい、と思っていたが、寝られるもんですよ。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa