裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

23日

土曜日

子宮が精子吸う日

オタクでしかもエロで申し訳ありません。
http://jp.youtube.com/watch?v=odq6eY_AmPI
↑元ネタはこれ。マイケル・レニー主演のは『地球“の”静止する日』。

ゲーム画面の夢。
四人組のキャラクターが、埋まっている金やダイヤモンドを
目指してどんどんトンネルを掘って進んでいく。
地上に悪漢どもがいて、それを邪魔しようとダイナマイトを
爆発させて落盤を起こそうとする。
それを察知してよけたり、地上に出て悪漢をやっつけたりしながら
掘り進んでいく。
……私はゲーム類は一切しない人間なのに、どうしてこういう
夢を見たか、不思議。

朝7時ころ目覚めるが二日酔いで頭ズキズキ。
ここまで飲むのは最近の私としては珍しい。
昨日の飲みがそれだけ楽しかったのだろう。
バカばなしをいろいろした揚げ句が談之助絶賛というのが
なかなか。あれだけの理論家を野に置いておくテはないですよ。
ま、私もいろいろ手は打ってある。

9時半、朝食。
タンジールオレンジとバナナ。
『ぶらり途中下車の旅』は阿藤海が旅人。
自室に戻って日記つけ。
雑用いろいろ。
BGMはメシアン『世の終わりのための四重奏曲』。
変テコな音楽である。
ちょっと、朗読のBGMに使えそうな音楽をいろいろと
探し回っているんである。

資料用読書しばし。
風が窓外で強くなっている。
DVDで『ロッキー・ホラー・ショー』をちょっと見返す。
ゴスロリのことを書くのに、その元祖のひとつであろう
ゴスメイド姿のメイド、マジェンタ役のパトリシア・クイン
の服装をチェックするため。
http://jp.youtube.com/watch?v=zdu7xoHU9DA

このパトリシア・クイン、若い頃からかなりの不良娘だった
らしいが、なんとこの映画出演の二十年後、ロバート・スティーブンス
(ワイルダーの『シャーロック・ホームズの冒険』のホームズ役。
『ハリー・ポッター』シリーズのマギー・スミスの前夫)と結婚して
(ただし一年でスティーブンスは病死)、結婚直前にスティーブンスは
サーの称号を得ていたので、いまやレディー・スティーブンスと
名乗っている身分だそうである。
何かいかにも蓮っ葉娘の成り上がり人生という感じで素晴らしい。

2時半、家を出て新宿へ。
『王ろじ』で豚丼を食って、三丁目の“模索舎”へ。
バーバラが出版トークをこの店でやるというので、ゲストに呼ばれた
のである。オノも面白そうだから来ると言うことだったが、
王ろじにいる間にメールが来て、
「風がひどくなってきたので行くのをやめます」
と。実際、このとき各地で強風被害が起きていた模様。
新宿では風はそんなでもなかったが、黄砂が空一面を覆って、
ときおり雪のように大粒の砂が落ちてくる、異様な光景。
しかも風が冷たいこと。
熱い豚汁で汗が吹き出ていて、それが風に吹かれて蒸発して
熱を奪い、模索舎にたどりつくまでに芯まで冷える。

すでに前半のトークの最中。
文サバの聴講生でもあったドラゴン山崎さん、ライター兼編集者の
Hさん。しばらく店の隅でそれを聞き、後半から話しに加わる。
テーマは“書店としてのセブンイレブン”。
コンビニ書籍のことを話す。
聞き手の中に、実際にコンビニコミックで実録漫画の原作を
やっている人がいて、活発な発言もあり、なかなか
刺激的な書店論、出版論になったと思う。
模索舎の店員さんが私の話で何度も噴き出していた。
これはバーバラのことだからもちろん、同人誌になる予定。

狭い店内でのトークなので、お客さんが入ってくると
中断になる。年配のお客さんで、わざとかと言うくらい、
こちらの座っている席の後ろの本を手にとろうとする人がいて、
いや、そりゃ自分の読みたい本を取るのは客の権利だが、
何故か高い棚の本ばかり苦労してとって、山崎さんに
ハグするような格好になるのに苦笑。

しかし、最近は本のほとんどをネットで買っている私だが、
やはり本好きとしてこういう四方八方を書棚に囲まれている
店に入るとウキウキせざるを得ず。
右文書院から2005年に出た濱田研吾『脇役本』を見つけて
すぐ購入する。志村喬、有島一郎、田崎潤など脇役俳優たちの
著書や追悼のまんじゅう本(葬式饅頭のように会葬者に配られるので
この名がある)、ファンたちの作った同人誌などを集め、その
内容をタネにして、亡くなった名優たちを追慕する本である。
非常に読者ターゲットの狭い、今日のトークのテーマに従えば
商品としていかがなものか、な本ではあるのだが、私の趣味嗜好には
ピンポイントでヒットして、ちょっと立ち読みしただけでも嬉しく
なってしまう本であった。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4842100559/karasawashyun-22

終わって店長さんに挨拶。『と学会アーカイブ』が置かれている
ことに感慨深し。忘れもしない17年前の1991年に、山本弘さん
たちを連れてこの模索舎を訪れたことがある。
その年のSF大会(金沢で開催されたi−CON)で、トンデモ本
と山本さんたちが呼ぶ本の紹介・ツッコミのイベントを企画したので
出演をお願いできませんか、と連絡があり、新宿の、あれは中村屋地下
のマシェズだったか、それとも駅ビル(マイシティ)のパインだったかで
打ち合せをし、その後、“じゃ、新宿のカルトな書店にお連れ
しましょう”と案内していったのだった。
あの当時と、ほとんど内装は変わっていない。
あの当時置いてあった革命武装戦線のパンフなどが、日焼け、ヨレ
ながらもまだそのまま置いてあるのも懐かしい。
私の初のマンガ単行本である『近未来馬鹿』を、一番売ってくれた
のもこの模索舎だった。
今、私の『文サバ塾』同人誌はここの目玉商品のひとつだそうで、
店員さんがバーバラに増刷をうながしていた。

出ると、風がまだ冷たく、街行く人たちがみんな悲鳴をあげていた。
バーバラ、しら〜さん、山崎さんと、紀伊國屋地下の華穂音で
酒と飯と雑談。さっきの流れで出版ばなし続く。
バーバラ曰く、“悪のニオイのしない本は売れない”と。
私思うに、それは“本の色気”であろう。
先週号の週刊新潮、都倉俊一の『マイ・フレーズ』に曰く
「いろんな表現があるだろうが、エンタテイナーにはある意味での
色気が必ず必要である。それは歴史が証明しているが、
スターは時に退廃的であったり、挑発的であったりする。
人を食ったような鼻持ちならない態度も時には色気につながる。
人はそういう不良っぽさにも惹かれるのである」
要するに“いい子”は売れない。
じゃあ、ワルなら売れるか、というと、ワルも敬遠される。
あくまで悪の“におい”でないといけない。
不良ではいけない。不良“っぽさ”でないと世間は受け入れない。
つまりどういうことかというと、この世界、“本物”は
売れない。“本物の精巧なコピー”でないと売れない。
“ぶりっ子”という言葉が市民権を得たのは伊達ではない。
本物と偽物の、そのはざまの感覚が“色気”なのではないか。

売れる売れないという話ばかりしていると、
露悪的に取られかねない。本好きとして、“売れないがいい本”を書く
ことも大事だとはわかっている。しかし、実際問題として、
ものを書いて食い、家族を養い、子供を大学まで行かせようと
するならば、経済的問題を無視した出版論、文筆業論は空論にしか
ならない。まして、今後の出版業界は芸能界などと同じ、
浮き草稼業にならざるを得ないことをきちんと捉えておかないと
この先、ライター、評論家などの食い詰め自殺などという事件
が続出しないとも限らない(ゆとり教育の廃止で、少しは活字に
これから若い世代が戻ってくるかも、という希望はあるが)。
“いい本を書くには”みたいなことは多くの人が語っているが
“物書きで食っていくためには”は連中があまりやらないものだから
(ここでの“連中”は“常磐津の連中”みたいな、同業者、程度の
意味である)私たちはそれ中心に語っているんである。

メンバーがメンバーだけにほぼ数時間ワンテーマで話をする。
こういうことも私にとっては珍しい。
私の例の企画についてもいろいろと話す。
例の新展開についてはバーバラ、ニベもなし。
隣のテーブルに、やたらはしゃいで楽しそうな中年男の四人連れが
座って、それこそずっとワンテーマで酒の話をしている。
銘酒会のような集まりらしい。
店主との酒談義で盛り上がっていたが、そのうち、
酒がだんだん回ってきて、一番それまではしゃいでいた男が、
いきなり泣き出した。泣き上戸らしい。
泣きながら、てやんでぃ、とか他のメンバーにからんでいる。
からみ上戸でもあるらしい。
ひさしぶりに本当の泣き上戸を見た。

みんなと別れ、高野で買い物して帰宅。
少し休んで、8時ころ起き出して、仕事続き。
三浦和義氏がサイパンで逮捕、の報に驚く。
あの事件からもう27年も経っていたのにもっと驚く。
確かこの人、ミクシィにいて、バーバラのマイミクだったはず。
昔の記事などをネットで散策しながら、蕎麦湯氷割の焼酎を
二杯。高野で買ったタンドリチキンとエビマヨをサカナに。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa