裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

16日

土曜日

金曜日の盟神探湯(くがたち)

不倫をしていないというならこの熱湯に手をつけてみろ。

※『FLASH!』インタビュー@護国寺

朝8時半起床、寝床読書。
牛田あや美『ATG+新宿 都市空間の中の映画たち』。
新宿が銀座とも浅草とも異る、猥雑だがエネルギーあふれる
空間として成立していく過程を描いた部分はゾクゾクするほど
面白い。

朝食9時。タンジールオレンジ一ヶ、超特大イチゴ一粒。
コーンスープ。
服薬、麻黄附子細辛湯、小青竜湯。
『ぶらり途中下車の旅』、中村梅雀が八眞茂登のベトナムラーメン
を食べていた。トツゲキラーメンなき今、このヴェトナム麺が
都内の怪ラーメンのナンバーワンか。

オノからスケジュールのメール。
今日は『FRASH!』のインタビューで光文社本社に1時ということ。
1時はちょっと無理っぽいので、編集部に電話かけたら2時だと
聞いているというドタバタ。
いろいろ確認して2時ということになる。

原稿依頼や原稿〆切延ばしのメール多々。
いろいろ作業あって、資料取りに渋谷の事務所に
寄ったら2時であっても絶対間に合わない、という時間になって
しまう。電話したら、向うも本社の会議室使おうと
したら本社が閉まっているとかあってドタバタしていた。

もう30分延ばしてもらい、事務所で資料探すが、
ここにあると思っていたもの3点のうち見つかったのは1点のみで、
他はみんな母の手で段ボールの中。
やんぬるかな。

仕方なくそのまま事務所を出て新宿、埼京線で池袋まで
行こうとするがこっちのホームだと出るのが10分後、
あわてて隣のホームに移って飛び乗ったら逆方向の電車だった。
渋谷で乗り換え池袋、そこから有楽町線で護国寺。
急いでいるときに限ってこれである。
自分の粗忽さが心底イヤになる。
おまけに昼飯は完全に食い損なう。

しかし、インタビューそのものは編集部にもライターさんにも
大変面白がられ、感心もされて、こっちも面目をほどこして
いい気分であった。
ちょいヤバな話題かと思ってふった話も笑い話で受け止められて、
非常にスッキリする。

ほぼゴーストタウンの護国寺の町に3時半、出て、遅めすぎる昼食。
開いていた大島ラーメンに飛び込み、“世界の美味”という
凄いフレコミの餃子定食を頼む。
ポスター(写真参照)には“天職”と大書され、
「ラーメンは神様がくれたご褒美」
というコピーが書かれていた。
餃子定食にはワンタンスープとモヤシナムル、キムチ、メンマ、
それとなぜか別にさらにモヤシナムルがつく。
餃子そのもの(大根おろしで食べる)はまず、おいしいが
スープはちょっとクドい味だった。

地下鉄とJRで新宿まで。
途中、池袋駅構内の安売りDVD出店を冷やかしていたら、
斎藤寅次郎の『歌くらべ荒神山』があった。
油断できない。急いで買う。
小田急ハルクで買い物。モザンビーク産のスキャンピ(アカザエビ)
が安かったので買う。
丸ノ内線で帰宅するが、行きのドタバタなどもあり、
クタクタに疲れた。
しばらく横になる(寝はしなかった)。

読書などして、ふと気がついたらもう8時近く。
あわてて午前中に書けなかった日記つけ。
『會議は踊る』のことなどを書く。
この映画公開の二年後、ナチスが政権を握り、この映画も
上映が禁止される。主演のリリアン・ハーヴェイは母の祖国で
あるイギリスに逃れ、映画女優を引退。
メッテルニヒ役のコンラート・ファイトもイギリスに渡り、やがて
ハリウッドで皮肉にもナチスの軍人役で人気を得る(代表作はあの
『カサブランカ』)が、戦争中の1943年に心臓麻痺で死去。
自分のギャラの半額を対ナチ戦費に寄付していた。
そして愛すべき侍従長ビビコフを演じたオットー・ウォルバーグは
ユダヤ人故に捕らえられ、1944年、アウシュビッツの
収容所で命を落としている。

8時半、夕食。
スキャンピは1ダースを塩ゆでにし、腐乳醤油と溶かしバタの
二種類のソースで殻を剥いてむさぼり食う。
身の味は濃厚、味噌もたっぷり。
あとはホタルイカの酢みそ和え。

『歌くらべ荒神山』を見る。
立川談志お気に入りの一本だそうで、昔、プロデュースしていた
寄席の楽屋で円楽師匠が、誰だったかのケチの表現に
「ありゃ、金語楼の安濃徳だよ、“親分はケチだなも”ってやつ」
と言っていたくらいポピュラーな作品であった。
私は学生時代に文芸坐のオールナイトの斎藤寅次郎特集で
見たことがあり、金語楼、伴淳三郎(安濃徳の用心棒で吃りの剣客。
金語楼が飯や酒をケチるたびに“し、し、しかしケ、ケチだなも”
とボヤく繰り返しがギャグになっている)、それと下女の婆さん
役の堺駿二(堺正章の父親)のうまさに大感心をしていた。
あれから、ギャグなどをもう一回チェックしようとしても、
どこの名画座にもかからず、とうとう、川崎の図書館に
ビデオがあると聞きつけて、わざわざ出かけていって借り出して
視聴覚室で見た憶えがある。

映画全体を通してみると、テンポの遅いことが今の目で見て気になって
仕方がない。ストーリィの基幹の部分は浪曲の荒神山なのでギャグが
なく、その合間々々を喜劇役者陣の芸で埋めているという構成が
何とも弱い。斎藤寅次郎の才能は細かな説明をはしょってどんどん
ギャグの連鎖で埋めていく無声映画で初めて完璧に発揮されるの
であろう。『子宝騒動』を早くDVDにしてくれ〜、と思う。
しかし、当時の観客は喜劇俳優たちより、田端義夫と川田晴久の
主役コンビを見に劇場に足を運んだのだろう。
今で言えば氷川きよしと槙原敬之が主演しているようなものか。

未見のDVDやビデオを消化しようとどんどん見る。
関沢新一脚本の『幻の大怪獣アゴン』。
京都で作られた怪獣映画(私も『猫三味線』でお世話になった
エクラン社と同じ松本常春によって太秦に設立された“日本電波映画”
による製作)という珍品である。
1964年製作で、うまく放映されればウルトラQに先駆けた
日本最初の怪獣特撮番組になるはずだったが、スポンサーがつかず
4年間お蔵入りの末に68年に一回放映されたきりの幻の作品。
製作費がなかったのだろう、音響・音楽がほとんどつけられて
おらず、斉藤超による現代音楽調の効果音楽(?)のみで進行していく
のが、今の目で観るといっそシュールである。
今から二十年ほど前にビデオが発売され、レンタルで見たが、
それ以前、これを見た記憶がある。
まだ私が十才くらいの頃、テレビをつけたらいきなり、防衛隊の
出動シーン(実際の自衛隊の演習の記録フィルムが使われている)
が映り、当時戦車キチガイの子供だった私は狂気した。
弟や近所の友達(テイチク札幌支社の息子でテッチャン、
テッチャンと呼んで遊んでいた)と見ていたが、肝心の、アゴンとの
対決のところで、小児まひのリハビリマッサージの先生が
来たので、続きは見られないままになってしまったのだった。
あきらかに記憶があるのだが、しかしデータによればこの作品の
放映は68年の正月の朝に4日連続で放映したきりという。
北海道のみ、時期をずらして放映されたのだろうか。

さらにビデオで『オーソン・ウェルズの宝島』を見る。
監督がお気に入りのジョン・ハフ(『ヘルハウス』)なので期待
していたが平板な出来。ウェルズは脚本とジョン・シルバー役だが、
太り過ぎで、片足姿を見せるシーンがほとんどない。
わずかにラストシーンでシルエットを見せるのみ。
これでは活躍が出来ませんわな。
ビリー・ボーンズ役で『探偵ハート&ハート』の執事役、
ライオネル・スタンダー。後にウェルズとは別の映画でも
共演する。『トランスフォーマー・ザ・ムービー』である。
なお、この『トランスフォーマー〜』(1986)をウェルズの
遺作、と書いた記事が散見されるが、正しくは出演作としては
その翌年に公開された『Someone to Love』が遺作である。
念のため。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa