裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

24日

木曜日

毒キノコ女の子

♪おいで〜食べよう〜(あぶない)。朝5時ころ目を覚まし、。寝床で三浦博史『洗脳選挙』(光文社)読む。ペーパーバック装丁、横書きというアメリカっぽい感じを出しているのはいいが、ところどころに、文中の単語や文章の英訳表記がはさまれている。それが
「定量調査 quantitative research」
 とか「無党派層 the independent votes」
「サクラ decoy」 といった用語であれば、同じような資料を英語で読む際に役立つ、といった性質を 持つかもしれないが、
「高校野球 high school baseball」
 だの
「恥ずかしい I am ashamed」
 だのといった別にナンでもない言葉まで英訳して載せているのは単なるカッコつけで意味がない。第一読みにくい。内容はまあ、ナルホドと思うところと、普通これくらいはネット回っていれば誰でも知られる内容だな、と思うところが半々か。とはいえ、仮にも人をプロデュースしようと考えている私のような者にとってはなかなか興味深い。6時半起床、入浴、ミクシィ。8時朝食。バナナ、ミカン、玉葱のポタ。

『青葉繁れる』について、メルボルン在住の主婦の方から感想メールをいただく。彼女もこの映画のファンで、岡本監督の訃報を知り、ネット検索をいろいろかけたが、訃報コメントで『青葉繁れる』についてコメントしているのが私だけであったので、嬉しくなってメールした、との由。彼女も『青葉繁れる』を日本の青春映画の金字塔と思っているのだが、いまだDVD化もされず、語る人も少ないので、ずっと不満に 思っていた、とのこと。

 ミクシィの魅力は閉鎖性、と以前から言っているが、じゃあネットのグローバル性が嫌いなのか、というと、こういう思いがけない読者を得られる場合があり、これはこれでインターネットならではのよさである。ものには常に両輪が必要。それにしても、やはりあの映画が好きな人というのはいるのだ、と、私も非常に嬉しかった。

 岡本喜八作品として、これを特に取り上げて語る人は確かに少ないだろう。監督の作風から言って主流ではないし、大作でもない。小粒な佳作というところだ。それでも、それ故の魅力というものはあったわけで、岡本作品は“ちょっと特殊な人たち”を描いて秀逸というイメージがあるのだが、『青葉繁れる』の稔やデコは、本当にわれわれそのものというキャラで、劣等生ながらも想像力(妄想力)のみは旺盛なとこ ろなど、観ながら何度もスクリーンに
「やったやった、同じこと!」
 とつぶやいていた。そして何より、丹波義隆のあの井上ひさしメイクのそっくりさ 加減!映画の中で演じられたそっくりさんベスト1なのではないか。

 そういうやたらリアルな主人公たちに対比させる、あこがれの君、またそれを脇からかっさらおうとする現実離れしたハンサム役に、当時一番美しかった秋吉久美子や草刈正雄を持ってくるキャスティングの妙もいい。東京風を吹かせるエリート役の草 刈が、主人公たちと中盤から行動を共にするようになり、映画の最後で
「オレも田舎者になっツまったなー」
 とつぶやくところでは、名画座の客席から拍手がわいた。

 映画には客観的に見たベストと個人的思い入れのベストの二通りがあるが、思い入れから言えばこの作品は、私のフェイバリットなのだ。とにかく、徹底した田舎の青春群像映画なのに、どこを切っても岡本喜八の都会的センスが横溢しているところが凄いのである。逆に言うと、映画のすみずみまで監督の細かな演出が行き渡りすぎているために、造りがコンパクトに見えてしまい損をしているのではないかと思える。

 また、そこに描かれている青春群像がノスタルジーを基調にしていたことも(現代の話なのだが、原作は50年代で、全体的に時代設定をぼやかして古めかしく撮っている)、評論家たちの評価が低い原因かもしれない。評論家というのはとにかく“いま現在”の好きな人種なのである。いま、引きこもりだのキレる17歳だのといった テーマを扱えばどんなクズ映画でもそれなりにマスコミは取り上げ、
「現代の少年たちの姿を直視した野心作」
 などと評価される。それは石原裕次郎だの近藤真彦だの碇シンジだのを無闇に持ち上げてきた映画史を見てもあきらかだ。これが大いなる偏向である、ということに彼 らは気がつかない。視野が狭いだけの話なのだが。

 これも含めて、岡本監督作品はなぜかビデオ、DVD化に恵まれていない。これだけの人気監督なのに生前DVDボックス化されていないのは、たぶん晩年の作品の制作資金調達のために、各作品の権利があちこちに分散されて売られているためではないか。亡くなったときがチャンスというのは非常に悲しいのだが、ここらで全作品コンプリートボックスをぜひ、実現させていただきたいものである。

 11時出勤。地下鉄の中で『週刊新潮』読む。書評欄に『社会派くんがゆく!』が大きく取り上げられていたので驚く。『キンゼイ報告』にからめて、真っ向からではなくカラメ手からこの本の価値を持ち上げるという手法で、ユニークとも、なにか奥歯にものがはさまったようにも見える批評だが、評者の紀田伊輔とはどこかで聞いた名前だ、と思ったら岡田斗司夫さんの『東大オタク学講座』にあの膨大な注釈をつけ た人だった。サイトのURLも記載してくれているのがありがたい。

 昼食とりつつ、書きおろし原稿チェックなど。電話、『アニメ夜話』制作会社M氏から。
「NHKさんとも話し合った結果、あの番組に唐沢さんが必要不可欠という結論になりまして」
 もう一度仕切り直しをして、旧のまま、二本出演でお願いできないか、と。正直なところ、ゴネたものにまたツラリとした顔で出るのは気が進まないのである。カッコ悪いと思うのである。とはいえ、だからと言ってゴネたままというのも、自分の感情のままの行動で他人に迷惑をかけることになり、それも本意ではない。
「NHKのプロデューサーと一緒に、一度ご挨拶に」
 と言うので、では月曜日あたり、と答えておく。局の人が足を運ぶということで、ここらが矛の収めどきか。

 2時、時間割。河出書房Sくん。風邪でふせっていたということだがその間に顔が痩せ、ヒゲが伸びて、やや面立ちが変わった。本人は気に入っているらしい。語り下ろし本の、今回はレジュメというか序論というか、そういうもの。雑談もまじえつつ1時間、と思ったら2時間半もしゃべっていた。しゃべりながら思いつくことあり。

 帰宅、朝日新聞ピンホールコラム執筆。またミクシィ日記のメモを用いる。書きたいテンションのときに書きだめしておいて、後で急場の〆切にそれを用いるというの は、かなり効率のいいミクシィ利用法の一つだと思う。

 書き終えたところで急にテンションが下がるのが自分でわかる。何事ならんと、すでに暗い窓の外を眺めてみると、小雨。ハハアこれかと。気圧が急速に下がってきている。タクシーで帰宅。今日は家で食事会、はれつの人形さん、I矢ワインくん、K 子のアシさん、それにブンちゃん。

 ブンちゃんさんのことがそう言えば山森みかさんのイスラエル日記に出ていた。彼女の方にもすぐ連絡があったそうである。どういうつながりなのか、私の周囲の世界は。まあ、メルボルンからイスラエルから、まことにグローバルなことである。

 はれつさんがワインのなんとかコンクールで金賞をとったワインを持ってきて、ブンちゃんが銅賞をとったワインを持参してくださる。飲み比べてみるが、私のようなワイン音痴の舌にもはっきりと金賞の方の芳醇さがわかる。コンクールが違うので一概に同列には並べられないだろうが、あまりにはっきりした差に一同、感心したりなんだり。二本立て続けに空けたあと、I矢くんに買ってきて貰っていたスペインワインを。これは無冠のものだが、スペインらしい個性が際だち、なかなか評判よろし。優等生的なところで頑張って三位になるより、オンリーワンの個性を持った方が勝ち ということか。

 料理はオイルサーディン、イクラなどを載せたプチトースト、例の地鶏のネックのつみれ、すき焼き鍋で作ったパエージャ、それに頬肉のシチューなど。ワインに加え て、中笈木六氏からいただいた沖縄の泡盛、トウフヨウなどを賞味。

 株屋さんのはれつ氏にライブドア事件の解説などを聞き、なんだかんだで11時まで。メールで朝日新聞から、ちょっと言い回しの訂正依頼などがあったが、泡盛の酔いで何もかもめんどくさくなり、明日回しにして寝る。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa