裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

10日

木曜日

アパートの鍵かしまし娘

 タイトルに意味はない(懐かしいフレーズだが、本当に意味がない)。朝6時半起床。朝食8時如例。バナナ、パイナップル、ブロッコリ冷ポタ。体重、やや増加。ま ずいな。

「セブンのTです」
 というメール。顔文字つき。コンビニのアキちゃんだが、彼女はアキレス腱のアキちゃんという呼称はイヤだそうだ。友達に“アキレス腱の名はブラピから来ている”とトリビアを披露して笑われたからだとか。そりゃ笑われるだろう。ところで、セブンイレブンのことを“セブン”と略称するということは、昨日おぐりゆかがそう呼んだのを聞いて初めて知って、今朝のこのメールで二件目の収集例。若い子のコトバ、 ワカリマセーン。

 地下鉄通勤。仕事場で電話、メール等仕事関係雑用。昼はオニギリと長ネギの味噌汁、納豆。また時間がぎりぎりに押して、五分でがっつくことになる。1時、時間割でセブンのインタビュー。セブンイレブンではなく、小学館『女性セブン』編集のTさん。以前私は彼女から電話でインタビュー受けたことがあるそうな。“ヨン様”のときだったか? 『世界一受けたい授業』の特集をするんだそうで、その話。楽しく話せた。聞いたら彼女もミクシィやっているそうで、マイミクを約束。出版界に広が るミクシィの輪。

 終わって、おとつい予約を断って不義理をしたタントンマッサージに行き、1時間揉みこんでもらう。机の前でじっと原稿書いた後は目と肩がひどくなり、昨日のように一日スタジオで収録とかという翌日は右の腰が重く固くなっている(右足で体重を 支えているため)。単純といえば単純。

 帰宅、遅れていた表サイトの日記更新をしばらくやる。4時、また時間割。講談社『FRIDAY』Tくん。単行本の打ち合わせと、3月増刊号の原稿打ち合わせ。
「3月増刊、いやに今回はスケジュールがタイトじゃないですか」
「実は編集部全員、うっかり忘れていまして」
 うっかり忘れるものなのか。でも、水着やヌードグラビアだけしか載っていない増刊号は、FRIDAYもFRASHも、本誌の倍くらい売れるのだそうだ。

 単行本、装丁は井上デザインに、ということで決定。部数が『怪奇トリビア』『笑う雑学』などのデータがいいのでちょっと増えるらしい。単純に嬉しい。帰宅、井上 デザイン等に連絡をとる。

 開田さんからメール、コミケ関係で。開田さんたちは明日からさんなみ旅行。うらやましいが、3月から週刊連載が二本となり、月刊連載も四、五本増えるとなると、スケジュールが安定するまではのんびり旅行もしていられない。タイやインドネシアの、被害がそれほどでなかった観光地のホテルに仕事場借りてしまうなどというのは どうか。今なら安いと思うのだが。

 5時、東武ホテル。復刊される『薔薇族』への新連載打ち合わせ。編集のカルトさん、それと伊藤文学氏。伊藤氏とあった感想は別記。カルトさんの、ゲイと一般社会の対立の中で、なんとか共存できる形での居場所を探そうとする姿勢は、私がオタクというものと一般社会の共存のかねあいを探っている姿勢と相通じるものがある。

 雑誌の他にネットコンテンツの仕事についても打ち合わせ。創刊時からの薔薇族をデータとして読めるようにするというのは私のような古本好きにとって大魅力。その解説という形でどうでしょうと提案。……ところでこの席には旧・薔薇族発行者であ る伊藤文学氏が同席されている。ちょっとドキドキ。

 職業柄、いまをときめく人気作家とかタレントとかともよく顔を合わせるが、ドキ ドキなどは滅多にしない。根がずうずうしいというか裏者的というか、
「なるほど、コイツがそうかいな」
 的な観察眼の方が先に働く。しかし、若かりし頃の自分のカルチャーヒーローに会う、これは別。もうダメなんである。

 例えば平山亨、実相寺昭雄、それから呉智英などという人たちは
「今の私を構成している要素」
 なわけで、ただひたすら、顔を合わせるとオソレイルしかない。伊藤文学、という名前は、そういった中でも特殊な記憶と共に甦る。

 高校一年(中学三年?)の頃、初めて知った『薔薇族』という存在。当時からサブ カルチャーの世界に興味を持ち、
「世界の文化的な極限を極めたい」
 という知的欲求にかられるままに、アングラやヒッピーといった辺境文化関係の資料を追い求めていた(一方で超正統派の文化も押さえていたことが今思うとよかった と思う)私が、忘れもしない札幌駅の書店弘栄堂で見つけ、手にとって
「これは(一般人にとって)極北のカルチャーかも」
 と衝撃を受けたのが『薔薇族』だった。逡巡の末に思い切って買い求め、ポルノ雑誌を買ったときの数倍ドキドキしながら、自分の部屋の灯りをわざわざ消して、卓上 蛍光灯の下で読みふけったときの興奮を今でも思い出す。

 自分の性衝動とはまったくリンクしないのに、その記事の中ではあからさまな性的興奮対象として男性の肉体のことが賞美されているというその不思議な感覚。そして読了したあとで得た結論というのが、
「懸隔はあるが理解不能ではない世界だな」
 ということであった。

 そして、そのころハマっていた唐十郎や渋澤龍彦の世界を理解するには、この雑誌に代表されるゲイ・カルチャーの世界をもっとよく知らないといけないのだな、ということを、おぼろげながら理解し、それからは半ば堂々と(いや、やはり抵抗はあったが)『薔薇族』『さぶ』『アドン』の三大誌は(そのとき々々でどれを買うかはバ ラつきがあったが)購読し続けてきた。

 今でも、三島由紀夫や寺山修司について青臭い議論をしている者たちには、ゲイ世界への彼らの興味がわからんで彼らの文学がわかるか、という思いが強烈にあり、また、高倉健の映画をはじめとするヤクザもの、『男組』等に代表される硬派少年ものの底流に流れる日本文化の中心、いや、特攻隊など、かつての日本を支配していた武士道文化の原点にまでなっている男色思想の大衆文化的な浸透に、なぜもっと日本の研究者は注目しないといういらだちも強い(海外ではイアン・ビュルマのような、そこを中心に徹底したリサーチを元にした学術論文を書いている研究者がいるというの に)。

 ことはオタク関係にまで及ぶ。自分たちの意識下の文化故に、ゲイ的嗜好について見て見ぬふりをしてきた男たちを後目に、その本質だけを抽出して無邪気に遊んでいるのが、いわゆる“やおい”カルチャーなのだ。そこにまで目を配らずには、文学もオタクも含めて日本の文化は語れないと思うし、今の自分がそこらの学者がそういうものをにわか勉強で扱っているのを鼻で嘲笑できるのは、少なくとも16歳の頃から 自分はそっちの世界を学習してきたのだという秘かな自負が元になっている。

 その、『薔薇族』を作った人である伊藤氏がいま、目の前にいる、ということの衝撃。伊藤氏はゲイではない。ヘテロの立場から、孤独なゲイたちのための専門誌を、と訴えて第二書房を設立し、『ホモ・テクニック』(秋山正美・著)を刊行、その好 調な売れ行きをバックに『薔薇族』を創刊させた人、である。

 非・ゲイが立ち上げたゲイ雑誌。それ故に、今の過激なゲイリブたちから、『薔薇 族』は否定さるべき対象となっている。
「所詮ノンケ(非ゲイ)が作った雑誌。自分たちの真の姿を伝えていない」
 というプライドのせいで。私も以前ゲイリブのトークライブで若手のゲイが
「薔薇族つぶせー!」
 と叫んでいるのを聞いたことがある。そのとき、伏見憲明氏が
「いい時代になったわねえ、アタシたちの若い頃は、『薔薇族』しかなかったの。こ れだけが頼りだったの。だから無碍に否定はできないわ」
 と言っていた。私もその若いゲイたちに代表される、歴史を学ぼうとしないリブ運動に先はないような気がなんとなくして、それ以来、リブを追いかける熱は冷めてし まった。

 実際、この人がいなければ、日本におけるゲイ・カルチャーの定着は二十年は遅れたことだろうし、私もまた、多感な思春期にその一端に触れることもなく、ひょっとしたら長じて後にサブカルの世界にあんなにハマることもない、つまらん文学研究者 かなにかになっていたかもしれない。

 とにかく、1970年代、今とは比べものにならないほどゲイに対する世間の目の冷たかった時代にこのような雑誌を創刊させた勇気と努力にはほとほと感服し、感動すら覚え、出来れば自分もこういった文化的役割を果たす人になりたいものだ、と思 い続けていた。その、私の中のカルチャー・ヒーローがいま、目の前にいる。
「石原慎太郎がゲイを嫌うのは、あれは同族嫌悪ですな」
 とか、淡々と語る血色のいい老人が、あの。

 驚いたことにその人は私の著作などもちゃんと読んでいてくれて、
「カラサワさんが以前著作で『ホモ・テクニック』を取り上げて、時代的役割をきちんと認めてくれたのは大変に嬉しかった。いつも読んで、いつかお会いしたいと思っていたんです」
 と、握手を求められた。うーん、サブカルの世界に足をツッコンでいてよかった、と思った。まあ、感激は感激として、私に協力できることと言えば、またいつもなが らの雑学エッセイを連載するということしか出来ないわけであるが。

 打ち合わせ終わって店を出るとき、マスターから
「今日はこれで終わりですか?」
 とニヤニヤされた。まったく、公認応接室である。仕事場に帰るが今から仕事をするには半チクな時間。またちょっとサイト日記いじり、帰宅。その車中で週プレMさ んから電話。インタビューの件。家に帰ったころに電話を、と頼む。

 食事会、というより今日はワインの会。はれつさん、I矢くん、それから世界文化社Dさん。ワイン好きのK子が大はしゃぎして、三本もワイン空けた。私はワインの二日酔いを恐れ、途中からホッピーにする。途中でまつまるさんからの電話、北朝鮮 ネタでつまらない冗談提案をする。

 料理はアンチョビの一口トースト(大変うまい)、イワシのイタリア風、キノコのオイル漬け、ポークハワイアン、牡蠣とベーコンの炒め物(抜群にうまい)、それとDさんの持ってきてくれた山羊のチーズ。〆はシャケご飯。11時までワイワイと楽しく話すが、しかし途中で体力限界に達した。少し働きすぎかなあ。K子に伊藤文学さんから貰った“薔薇族テレカセット”をやったら大変喜んでいた。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa