裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

16日

水曜日

鋼の年金福祉

 わが国の年金福祉制度は鉄壁であり、崩壊することなどありえない(政府見解)。朝4時過ぎ、地震。かなり大きかったのでおどろく。その数分前に目をさまし、メガネをかけて時計を見たところでグラッときた。微弱な前振動を感じて目が覚めたのだ ろうか。

 カーテン締め切った寝室でもわかる雨音。気圧不安定で神経が病的に敏感になっていたのかも。しばらくして治まったのでまた寝る。望んでいた仕事をダメと言われる夢とか、タマムシを羽根むしって食べてしまう夢とか、ロクなものを見ない。

 6時半起き出して、日記、ミクシィ。8時朝食。バナナ、ミカン、セロリのポタ、コーヒー。テレビで寝屋川殺人事件の件、思った通り“ゲーム脳”出てくる。
「ゲームをやりすぎると前頭野が働かなくなり、反射的に動くだけで思考するということが出来なくなる」
 って、9年も前のいじめのうらみをはらすというののどこが“反射的行動”か。何かというとゲーム脳を持ち出さないとすまない連中の脳というのは“ゲーム脳脳”な のではないか。

 SFマガジン原稿、〆切一日遅れだが自宅で書き出す。10時半くらいまでに大方を書き終わって、タクシーで出勤。書庫チェックするが地震による被害、意外にもさほどなし。一カ所、本棚に横に積んでいた書籍が下に落っこちていたくらいで、これは地震でなくとも早晩落っこちるものであった。SFマガジン、行数合わせなどをし て、編集部にメール。

 それからすぐ、FRIDAY増刊号原稿にかかる。こっちは2時半くらいにアゲてメールできる。何か、好天高気圧のときより仕事しているような気がするが、これは確かに神経が高ぶっているせい。体があまりに不調なので、アドレナリンが出ているのだろう。低気圧ハイである。気にかかっていた予定が二つばかり無事クリアされそ うなのでこれもハイの要因のひとつ。

 仕事中にちょくちょくミクシィのぞいたり、またメール出したり。ひどいときには原稿で
「あいつどこへい」
 まで書いて思い出した案件をメールし、し終わってまたワープロに戻って
「くのだろう」
 と続ける。これは躁のときの行動である。ワープロで思い出したが、ニフティからパソコン・ワープロ通信サービス廃止のお知らせ。そう言えばもうフォーラムへの書き込みも出来なくなった。今更なのでF※にも行かなかったが。思いは深いが、ほぼ パソ通に関しては
「見るべきほどのことは見つ」
 という感覚があるのであまり哀惜の念はない。

 雨の中、新宿に出かけ、談話室・滝沢でうわの空のツチダマさんとちょっと某イベ ントのこと打ち合わせ(当然“鯉向こう”)。ツチダマさんが
「滝沢なくなっちゃうんですね〜!」
 と悲痛な叫び。エッと思って張り紙を見ると、
「3月31日をもって滝沢全店を閉店させていただきます。昭和四十一年の開店以来四十年間のご愛顧ありがとうございました」
 とある。私にはパソ通廃止よりこっちの方がショック。

『談話室・滝沢』と言えば、出版業界人にとって、“ここで打ち合わせしたことのない奴はモグリ”的な、ある種の聖地であった。コーヒー一杯1000円、しかしセットでお菓子がついても1000円という謎のメニュー、妙にバカ丁寧な口調の応対で
「あそこの女性は全員未亡人らしい」
 という噂すらたった女店員、60年代テイストを濃厚に残した(特に本店)内装など、特に“だからどうだ”ということはないのだが、とにかく印象に残る場所であっ た。

 最初にここで打ち合わせたのが平凡パンチの編集とで、足を踏み入れたときには
「ああ、オレもやっと一丁前の出版業界人になったか」
 という、ヘンな感動があった。それから十年して、今度は若いライターなどを滝沢に呼び出す身分になった。そのライターが目をキラつかせて
「ボクもやっとここで打ち合わせできるようになりましたよ」
 と言ったのを苦笑しながら聞いて、なにかいい気分だった。

 それからさらに十年。滝沢の歴史のちょうど半分とつきあってきた。かくして昭和が、われわれの“いつもそこにある”モノがまたひとつ、消えていく。ツチダマさん と、
「3月中にできるだけここで打ち合わせしよう」
 と話す。

 支払いのとき、割引券を使う。二十年通っていて、割引券を使ったのは今日が初めて。地下街に入ったら氷川竜介さんにバッタリ。お互い忙しいのは結構。大変だが。 フリーの身として贅沢は言っていられない。

 そこから都営新宿線で一駅、曙橋。井上デザイン事務所にて、講談社FRIDAY高橋くんと単行本の装丁打ち合わせ。コンビニ置きを主体とするためにいろいろスリ合わせしなければならないことがあるが、そこは井上くん、引き出しが多いのでいろいろとアイデア出してくる。部数がある程度見込めているので、予算さえ取れれば面 白いものが出来そう。

 見本で持っていった『世界一受けたい授業』の番組本がいい叩き台になる。タイトルも、トリビア本を出している同じ講談社の『TOKYO一週間』編集部との摩擦を避けるために、連載タイトル『トリビアな日々』は使えないのだが、話しているうちにいいものがヒラメき、提案して賛同を得る。低気圧ハイのおかげ、かも知れない。もひとつ、まだ結果はわからないが某件、進行しているという報告が携帯に入ってや や、先行に希望があるのもハイ状態を加速。

 曙橋から新宿に出て、買い物して乗ったタクシーで老運転手さんと雑談。前日にアノ細木数子を乗せてえらい目にあったそうで。
「とにかくいばりかえりゃアがってね。ちょっと渋滞するともう、キンキン声ハリ上げて、“この道が混んでるって、タクシーなのになんでわからなかったの? もっと空いてる道、知らないの?”ってね。都心で夕方ごろならどんな道だって似たようなもんでしょ。そう言ったら目ェ向いて、“そこを空いてる道探すのがあんたの仕事でしょ?”って言いやがるから、もう、こっちもキレて怒鳴ったね」
「へえ、なんて?」
「“どの道が空いてるか、自分で占え!”って。ポカンとしてやがって、すぐ“降りる!”って降りたよ。一万円だして、釣りはいらないって言うかと思ったらちゃんと取ったネ。アッハッハ」
 そのあと、“タクシーに乗る客でどの職業が一番いばるか”という話に。一位地方議員、二位夜遊びのOL・女子大生。

 渋谷に帰還、ハイ状態続く。が、こういう好調は北朝鮮の宣伝放送の景気よさみたいなもので、体(国民)の悲惨な状況の情報が脳(指導者)に伝わっていないために景気のいいブチ上げ方をしているに過ぎない。そのままタントンマッサージに行く。揉まれて初めてわかる状態の悪さ。右半身が鉄板のようになっている。グウグウうな りながら揉まれる。

 揉まれ終わって仕事場へ。SFマガジンにキャプション原稿と近況。それから使用図版をFAX。タクシーで中野駅。『とらじ』で母と二人夕食。四方山の話をしながらカルビ、ロース、ミノ、タン塩、レバ刺し、豚足。うまいが少し取りすぎた。帰宅 して、早めではあるが寝る。この体調では寝るしかない。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa