裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

29日

日曜日

石川さゆりの『あえぎ声』

♪あなたとつきたい あえぎ声〜(ま、本歌もエロだし)。朝、7時10分起床。朝食、残っていた唐辛子パスタをスープで。すでに台所の調理器具、食器類も9割方は梱包され、K子はチェックに余念がない。サーバーは回復したらしく、メール改めて 送ったら送れた。

 トイレ読書スエトニウス『ローマ皇帝伝』、下巻“カリグラ”に突入。談志の『道灌』のくすぐりに“ある日のこと、道灌公はご家来衆を連れて狩りくらに出かけられた”“ああ、あのすけべな映画ね”というのがあった。こういうどうしようもないこ とはしかし、よく覚えているな。

“どうしようもないこと”が面白いのは、“どうしようもない”からという理由が非常に大きい。それはエロ小説を文学として論じたとき、その論がいかに優れてかつ遺漏ないものであろうとも、そこからエロの本質というかエッセンスというか、“楽しさ”が失われてしまうのと同じで、そのどうしようもなさを大したもの、と定義したとたんに、それは“どうしようもないだけで面白くもないもの”に変化してしまう。剥製にされたカメレオンが、生前のあのきらびやかな色彩を失ってしまうように。野にいる、いわゆるB級物件好きの好事家たちのほとんどが、これを実感していることだろう。消えていく文化を国家なりアカデミズムなりといった“権威”が保護することで、後の世の人間も、形骸とはいえ、その面影に接することが出来るという点(例えば歌舞伎や古典落語など)に関しては十分にも十二分にも評価するが、“どうしようもなさ”を失ってしまった“どうしようもないもの”は、結局のところ形骸に過ぎ ない。

 私はよく、“B級のものを後世に伝えていくのがライフワーク”とか言うが、しかし、これはある意味見果てぬ夢である。どうしようもなくて面白いという性質を有しているものは、面白いがどうしようもないという理由で残らない。残らないものはどうしたって残らない。そこらへんに対する限界を見極め、諦念を持ちながらも、しかしなお、その面白さを伝えようとあがいていくのが裏モノ研究の醍醐味である。さかしらな意味を付け加えることではなく、小沢昭一氏が節談説教を追いかけていたときの、“せめて一日でも長く、この節談説教という文化に触れていたい”、という思いが、一番正しい態度の表明ではないかと思うんである。『道灌』は残るが、“すけべな映画ね”というくすぐりはまず、残らない。ひょっとして私のようなものの活動のモチベーションは、こういう消えていくものに触れたときの、“地団駄を踏む快感” なのかも知れない。

 昼はサムラートのチキンカレー。昨日のボンデイでも久しぶりにチキンカレーを食べたが、鶏インフルエンザが頭にあってつい、頼んでしまうのかも。皇居お堀の矢ガモ報道のとき、あの界隈の蕎麦屋で鴨なんばんの注文が急激に増加した、というのと似たようなものか。買い置きの胃薬が無くなったので三共胃腸薬を大瓶で買い、帰宅し、『クルー』最終回原稿用の資料を書庫で探す。“ここらにあるんじゃないか”と思って引き出した本をパラパラめくったら、果たして格好なもの、それも編集部の方からの“最終回ということで総まとめ的なもの”という注文にピタリのネタが見つかる。この連載が好きだったのは、こういう奇妙な運に出会う可能性の高かった原稿で あったからでもある。

 引っ越してからの一日基本スケジュールを考える。うちは午前中に宅急便とかが来るので、遅くとも9時くらいまでには仕事場に入りたい。と、すると、通勤に45分と見て、朝8時15分には家を出る必要がある。逆算すると食事が7時45分、入浴 洗顔等が7時20分、起床が7時15分。地下鉄、混むだろうなあ。

 などと通勤のスケジュールを考えるが、思えば夕食もこれまでみたいにイージーに時間を決められないので、仕事切り上げのタイミングもはからねばならないのであった。今日はそれを誤って、『クルー』原稿、書き出したところでタイムアウト。明日のことにして、帰宅の途につく。実際は今日はまだ帰宅ではないのだが。

 新中野、すでに本日のお客のS山さん、来ていた。後からナンビョー鈴木くん、それからQPハニー氏も来る。QP氏、またまた各国のビールを持参。ペールエールがコクがあってうまい。K子が自分の味覚を優先させて、“とにかく薄味!”と母に強制しているが、他の人たちはどう思っているのか。前日と同じアスピックゼリー、鯛のカルパッチョ、K子のリクエストによる南瓜、たまねぎ、サトウザヤ、ブロッコリのスチームト・ベジタブル。オーロラソース、田楽味噌、柚子おろしで。それから箸休めにと、豚汁にきんぴらゴボウが出たが、これが一番人気だった。酒はS山さんの 持参のマオタイ酒。レモンを搾って。

 ナンビョー鈴木くんはいま、東映の造形美術でイベント用の造形物の補修のバイトをやっているとか。オタクにはたまらないブツが周囲にごろごろしており、また、この世界においては伝説の人たち(タッコングのぬいぐるみに入っていた人など)とも話が出来て、毎日興奮状態らしい。QP氏の持参してきてくれた烏骨鶏卵でニラ玉、さすが味が濃い。あと、母の得意の豚丼。これには全員歓声、絶賛。あとは鈴木くんのおみやげの沖縄物産展のタンカン。K子の部屋の方ではパイデザ夫妻がパソコンの取り付けをやってくれている。この二人のために母は鴨なん風うどんを作っていた。11時頃お開き。外は寒い々々。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa