裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

28日

土曜日

ばくしンち

 みかん、大爆発! 朝、7時15分起床。起きて台所に立ち、まず猫にエサをやりヤカンに水を入れてガス台にかけ、コーヒーを入れて……という結婚以来の朝の定番仕事も、引っ越しで変化する。あと数日。朝食はソバ粉のパンケーキ。

 朝刊に網野善彦、谷エース、伴野朗などの各氏の訃報。網野氏の『異形の王権』や『日本中世の民衆像』とかの中世史観には、お定まりではあるが一時かなりハマッたものである。なにより、農民がただ、日がな暮れがな田畑を耕しているだけという、パッとしないイメージだった日本の民衆史を、海の民によるダイナミックな文物交流をバックにした、スリリングでカッコいいものとして呈示してくれた功績は大きいと思う。ただし、あまりに面白すぎて、読んでいるうちにホンマかいな、という疑念がわき始めるのも確かであり(江上波夫の騎馬民族説もそうだった)、また、国家という主義や概念を嫌う人々が、その思想的よりどころのようにして網野史観を持ち上げる風潮にも、ちょっと違和感を感じていたことは確かである。そういう色眼鏡を外した視点から氏の学術的業績を確認することが、難しくなってしまっているのだ。

 あと、毎日新聞社社長誘拐脅迫事件。
「車内で両手両足を粘着テープで縛り、衣服を脱がせて、インスタントカメラで写真を撮影。“世間に写真をばらまく。社長を辞任しろ”などと脅した。斎藤社長は約二時間後、衣服を着て自宅近くで解放された」
 社長70歳、犯人65歳。裸の写真を世間にばらまくと脅迫ねえ。爺いやおいっぽくて、不謹慎ながら大笑いしてしまった。

『こんな猟奇でよかったら』の宣伝文をメールで送り、1時、家を出る。『すき家』で豚丼というものを食べてみる。牛どんと同じタレを使っているせいか、大して変わらない。昼時のせいもあったろうが、店内は満員、しばらく待たされた。

 そこから半蔵門線で神保町。古書会館でぐろりあ会古書市。前、まだ古書会館改装中に教育会館を使って行われたいた頃のこの会で出たものとたぶん同じだろうカストリ『奇抜雑誌』の、かなり良質な状態のバックナンバーがある。うーん、とウナリながら、買ってしまい、かなり散財。ちなみに、この雑誌の編集をやっていたのは、後に漫画家として『木刀くん』『13号発進せよ』などを描いて、手塚治虫にライバル視され、手塚の『地球の悪魔』に“高野博士”というキャラクターで登場することになる高野よしてるであるが、その高野の証言で、この雑誌の記事をほとんど一人で書いていたと言われている発行元(創文社)の社長の名前が“手塚”正夫であるのは偶 然ではあるが一奇。

 そこから『キントト文庫』に寄る。Y本さんに、このあいだのラジオの件で挨拶。ひょっとして、また『メレンゲの気持ち』でお世話になるかも、と話しておく。出て半蔵門線で帰宅。しばらく書庫に籠もり、今日のテレビで使用する書籍類を選ぶ。

 5時、家を出てタクシーで麹町日本テレビ。運転手さんがかなりベテランぽい年齢なのに、日本テレビへの入りかたを知らない。入り口にスタッフの女の子が待っていてくれたので迷わずにすんだ。スタジオに通される。テレビ局もいろいろ行ったが、感じとしては、この日テレの建物が一番お気に入りである。外観とかをスカしたものにせず、一番、“現場”という感じの、裏側的な雰囲気を出しているのである。

 日テレは4階が出演者の控室とメイク室になっている。私はこっちの方でなく、スタジオ脇に付属している待合室の方に入れられる。まあ、たかだか30分のコーナーのゲストである。扱いが軽いのは仕方ない。逆に言うとこの程度の扱いで、あれだけのギャラ(もちろん情けない文化人値段ではあるが、その中ではこれまでになかった高額)をいただけるのだから文句を言ってはいけないと思う。しかし、ゆうべ、番組内で紹介する一行知識を送って欲しいと言われて送ったのだが、それがウケたので、本の方はビデオでやることにして、一行知識だけにしました、と言われたのにはちとダアとなった。おまけに、送った覚えのないものまでフリップになっている。本からとったのだそうだが、それならそれで連絡して欲しい。それらのトリビアに、一応、補足説明を入れねばならんのだが、調べることも出来ないではないか。そして、その中で“水戸黄門の主題歌で『どうにもとまらない』を歌える”というネタでは、歌ってもらいます、という。だから、歌わないことはないけど、先に言えよ、と思う。

 控室で30分ほど放っておかれた後、女の子が迎えにきた。すぐ撮影に入るようなので、“メイクとかいいんですか?”と訊くと、“しますか?”と。やっぱりスタジオ撮影なんだから、しないとまずいだろう。4階に連れていかれて、軽く顔を作ってもらい、さて、現場に。レポーターの“おさる”氏に連れられて、久本雅美、浅田美代子、松本明子たち司会者の前にさらされる。この番組が普段、どういった感じで進行しているかも全然知らないので、どう対応していいかもわからない(さっぱり説明してくれない)。フリップのトリビアも、ウケはイマイチ。トークでせめて盛り上げようと思ったが、ギャグやツッコミ、ことごとく外してしまい、おまけに最後の歌ででは音程まで外してしまい、“センセイ、キー低すぎ”と久本サンに突っ込まれてし まった。激しく鬱。

 ムスッとしたまま、タクシーで家まで送られる。メールなどチェックして、8時、また家を出て、伊勢丹『天一』でK子と夕食。『こんな猟奇で……』のK子のあとがき漫画に出てくる店である。ここでメゴチ、春子鯛、筍など。筍が美味でおかわり。カウンターの隣の席に、見覚えのある人物が座った。日本で一般人に一番知られている写真家である。四人連れなのは、奥さんと二人の子供らしい。エッ、では奥さんというのはあの元アイドルの……と思って、チラリと見た。黒いスーツ姿(旦那も黒づくめである)にメガネ。確かに中学・高校時代ファンだった、M・Sである。あの声で“わたし、レンコン”などと注文している(まあ、アタリマエだが)。可愛い奥さん(しかもメガネ美女)になったなあ、とてもこんな大きい息子二人がいるとは思えないよなあ、と感心。考えてみれば、今日はさっきまで浅田美代子と会っていたわけ だし、往年のアイドルづいている。

 下の息子の大学入学が決まったお祝いらしい。息子二人、いかにも有名人夫婦の子供として何ひとつ不自由なくわがまま一杯に育ったという感じ。“入学記念にオレ、ピアスあけるからね!”とか言って母親に“あけてもいいけど、ひとつだけよ!”とか言われていた。兄貴の方は父親と歌舞伎の話をしたり、芥川賞の話をしたり。今回 の芥川賞を評して父親曰く、
「片っ方はポルノ、片っ方は高校生の作文」
 と。呵々。出て、まだ飲み足りないので二丁目の『へぎそば昆』に行き、八海山冷やで二杯、馬刺にへぎそば。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa