裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

18日

水曜日

ソナチネの胎内を出しときは

 たけしたけしと申せしがそれは幼な名。ベネチア映画祭で銀獅子賞を受賞の後は、巨匠と申し侍るなり。朝方、夢を見る。このところ、別にとりたてて五臓が疲れているわけでもないが、夢見頻々。今日は私が左翼の活動家で、警察の家宅捜査を受けるという夢。結局、家中探してもほりのぶゆきのマンガくらいしか出てこないのだが、老刑事が、“左翼文献をいくらとりしまっても、運動家たちがそれを古本屋に売るから、それをまた若い連中がむさぼり読むことで、アカの根が堪えない”と嘆くのに、“いやあ、そんなに若い人たちが古本屋に通って本を買っていたら、古本屋は苦労し やしないですよ”とツッコミを入れるというものだった。

 朝食は五郎島金時。これに昨日の青唐辛子味噌をつけて。フルーツトマト一ヶ。防衛庁を狙ったと見られる金属弾発射事件で、防衛庁が敷地内での警視庁の捜査を拒否し、独自に捜査を行うということに対し、テレビ朝日『やじうまワイド』で、勝谷誠彦と大谷昭宏の二人がやたらに激高し、“法律を無視する暴挙だ”“戦前の軍部の独裁に戻す気か”“自衛隊内で殺人事件が起こっても防衛庁は警視庁の捜査を拒否するのか”とわめいていた。呆れる。勝谷誠彦はともかく、大谷昭宏は少しはまともな人かと思っていたが、どうも最近、勝谷式の罵倒芸の方が視聴者ウケがいいとカン違い したか、似たもの同士の漫才になりかけている。

 自衛隊には“警務官”という職種がちゃんとあり、ちゃんと特別司法警察職員としての権限を持っている。職務は自衛隊自身の犯罪及び自衛隊員、自衛隊施設に対する犯罪を取り締まることで、一般社会とはたぶんに事情が異なり、また国家機密などに抵触する事項の多い自衛隊関係の犯罪において、専門的知識を有する職員がこの取締りに当たる必要があるのは当然のことである。調査の段階で犯罪が隊外に関係するものとわかって、初めて警視庁に捜査権を渡すのである。いまだ防衛庁施設内での着弾被害があったかどうか不明であり、警務隊・警衛隊が調査を行っている段階で、警視庁が踏み込もうとするのはあきらかな警務隊に対する越権なのである。拒否は当然のことなのだ……もちろん、この犯罪が自衛隊イラク派遣に反対する過激派の行為とすれば、防衛庁と警視庁は緊密な連携プレーを保って捜査を行わなくてはならないわけで、このお役人的な縄張り意識の捜査拒否によってお互いの協力体制に感情的なヒビが入るとすれば、それこそ過激派の思うツボで、困ったことではあるのだが、二人の言うような法律無視的なことは今回の件ではまったくない。あきらかにこの二人の発言は、これをネタにまたまた軍部独走のイメージを刺激して、防衛庁への反感を高めようという、タメにする発言に他ならない。反米、反自衛隊であることは自由だし、むしろ彼らがしっかりとした意見を述べることで、日本のおかれている現実というものが見えてくる意義はあると思う。しかし、惜しむらく、それらの意見のほとんどはこの二人に代表されるような、薄っぺらかつ感情的かつ不勉強なものに過ぎない。も ういいかげんに、バカに煽られるのには飽き飽きしているのである。

 このあいだのこの日記で俳優・高木均氏の訃報に対する感想を書いたが、産経新聞が、社会面『葬送』欄に、葬儀の模様を大きく取り上げていた。さすがにSM映画の常連であった、などということは書かれていないが、“「文学座三大奇優」と称されるほど、独特の存在感を持つ役者だった”と、いち脇役俳優としては異例の大きな取り上げ方をしている。葬儀には野沢雅子、肝付兼太など声優仲間が多く参列し、出棺時には『銀河鉄道999』のラストシーンの、高木氏自身によるナレーション“さらば”の声が流されたとか。このあいだの日記では井上ひさしの言葉を引いたが、その 井上氏の作詞で高木氏が歌った『ムーミンパパのうた』を思い出した。
「雲の上には なにがある
 雲の上には 空がある
 空の上には なにがある
 空の上には シドがある
 ドレミファソラシド」
 ……空の上、シドの世界に旅立った名優に、改めて黙祷。

 急いで入浴、日記つけは後回しにして、昨日やっと上がってきた(単行本編集で担当のK田さんが大忙しだったため遅れた)『社会派くんがゆく!』の1月対談のテープ起こし原稿チェックをやる。原稿用紙50枚以上分くらいある。それを9時15分くらいにアゲ、中野に向かう。中野の丸井前りそな銀行で、ローン支払いのための新規口座作り。最初、係の女性がこちらの住所を聞いて、中野区民でないとお作りできないんですが、イヤ、その中野区民になるための引越しローン用の口座を作りたいのですが、というような押し問答少しあり。なんだかんだで30分くらいはかかる。

 それから中央線、山手線乗り継いで渋谷へとってかえす。最近、電車に乗ると社会人とも学生ともつかぬ、ちとスレた若者の姿多々見かける。受験シーズンで町中に出てきた浪人生たちである。なるほど、浪人というのはこういううらぶれ感を発散しているのか、と改めて思う。11時、今度は渋谷東口りそなで、K子と一緒に、ローンの手続き。10階の住宅融資コーナーで、契約書、確認書、司法書士等への委託書などなどなど、二十数通の書類に三十数カ所のサインをする。めんどくさいもの。このあいだ、中野のライオンズマンション事務所で同じように書いた書類の不備も指摘される。電話番号欄に、一ヶ所のみ、FAX番号を書いてしまった箇所がある。いったいどうして、数十ヶ所も同じ電話番号を書き続けて、一ヶ所だけ、FAX番号を書いてしまうのだろう。脳はどういう働きをしていたのか。ちと首を傾げる。

 なんとか終えて、出たのがちょうど12時。宮益坂の和食居酒屋『宮益亭』というところに入って、ランチ。K子は粕汁定食、私はアコウダイの粕漬け焼き定食。全然期待せずに入ったのだが、このアコウダイ粕漬けが案外うまかった。もっとも、ご飯 がバリバリで、半分残したので差し引きゼロ。

 K子と別れ、青山の方へ歩く。ひさしぶりにここの通りの古書店(中村書店、巽堂書店)に立ち寄り、数冊買い物。平日昼間にぶらりと古書店に立ち寄るのはいい気分である。紀ノ国屋まで歩いて、果物等買い込む。キムチ売りのお姉さんにしつっこく買ッテ買ッテとからまれた。帰宅して、リンゴをミキサーにかけてレモン汁を加えて 煮、アップルソースを作る。明日はこれをソバ粉ケーキと共に朝食にするつもり。

 メールやりとり、仕事関係いくつか。快楽亭から電話、4月3日のトンデモ落語会の日、昼の部を快楽亭のネパール旅行壮行会という会をやるので、そっちに出演の依頼。梅田佳声先生などの他、“見世物として”、復帰以来まだダレも顔を見ていない立川キウイを出してごらんに入れます、とのこと。あと、『カタログハウス』からも コメント記事依頼。

 ちょっと資料調べ。すぐに仕事には結びつかない作業だが、いろいろ知らなかったこと、思い違いをしていたことなどがわかり、楽しい。あっという間に時間が過ぎて夜8時半になる。船山に出かける。K子が来ていない。電話があって、新マンションの家具や電化製品をパイデザと一緒に選んでいたら、時間がたってしまって、これか らタクシーで向かうという。向こうもあっという間であったらしい。

 船山は如月の献立。突き出し(生麩揚げ、このわたとろろ、蕗味噌)に女の子の小指ほどの梅の小枝が添えてあるが、これの蕾が開いて、小なりとはいえちゃんと、甘酸っぱい梅の花の香りがする。全員の皿にこれを添えてある。食材屋というのも、どうやってこういうものを揃えるんだか。お造りはアオリイカ、石鯛、ひらめ、関サバに金目鯛などを一、二切れずつ。アオリイカの甘みが抜群。蒸しものが里芋饅頭、焼き物が寒ブリ、揚げ物が牡蠣で鍋が鮟鱇、それの雑炊。雑炊を作るために鍋の汁は残しておかねばならないのだが、それが惜しい。全部すくって飲んでしまいたいくらい であった。

 隣の席に、キダムを見てきた帰り、という一家四人がつく。“ちょーおいしー”とかはしゃぐ茶髪の子と、その亭主で日本料理通という坊主頭のアメリカ人(?)、この二人がここの常連だそうで、今日は女の子の両親を招待したのであった。お父さんというのが、いわゆるマンガにおけるチョビ髭をはやしたお父さんのイメージをまるで裏切る、清水健太郎似のナイスガイ(お母さんは逆にマンガの中のお母さん像そのままだが)。ひょっとしたら、私より年下か。私は自分の人生振り返って、いろいろ後悔することばかりの人間であるが、唯一、一度も後悔したことがないのが、子供を作らなかったこと、である。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa