裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

11日

水曜日

うっせえな、酒税んだよ

 なんでビール1リットルに222円もかかんだよ。朝、7時10分起床。ホントに最近、朝が早い。朝食、ソバ粉焼き。長ネギの消費が凄い。これと中華スープ、それに昼の味噌汁に入れるため。トイレ読書、『大地』読み終えて、今は岩波文庫のスエトニウス『ローマ皇帝伝』上下。これは数年前に一回読んだのだが、もう一度読み返してみたくなったもの。やはり面白い。上巻カバ解説には“公文書のみならず、同時代の世評・風刺・落書の類まで細大もらさず渉猟し、ふんだんにちりばめられた逸話は皇帝の知られざる個人生活にまで及ぶ”とある。シーザー(ユリウス・カエサル)がニコメデス王と男色関係にあったことを“多くは触れないでおこう”と書きながらしつっこく何度もそれに触れた文献を書き記しているというような、一種悪趣味な裏 モノ的な視線が私と相似形なのである。

 下巻の解題では訳者(国原吉之助)が、このスエトニウスの執筆姿勢について、こ れまでの歴史家たちから受けた非難であるところの、
「彼は皇帝個人に関することなら一切がっさい、味噌も糞も一緒に、何ら資料批判も価値判断も、取捨選択もせずに、雑然と押しこみ並べ立てたのではないかという印象を与える」
「たしかに彼は熱心な情報収集家である。しかし無責任なおしゃべりや蔭口までも無批判に載せているし、卑猥な話となると、好んで集めたのではないかと勘ぐりたくなる。要するに彼は好色家で中傷家なのだ」
 というような意見を紹介しながら、しかし、こういった彼の記述態度が、フランスのアナール学派などの遠い先駆者なのではないか、と言い、
「じっさい、『皇帝伝』の中には、ローマの、特に帝政初期の、日常生活に関する百科全書的な知識が、迷信、占い、夢、性生活、服装など、いっぱいつまっている」
「『皇帝伝』はうっとりするがらくたの宝庫であり、“見つけた(ヘウレーカ)”と思わす叫ぶ興奮の穴場であるかもしれない」
 と記している。最初にこの解題を読んだときの私は秘かに膝を叩き、コレダと叫んだものである。私がこの本を買って読んだのが、第5刷が発行された1987年、翌88年に私はプロパーの物書きになった。以来、私の書いてきたもの、主宰した“裏モノ会議室”の理念、またこの日記などもみな、このスエトニウスの方法論をなぞっているに過ぎないと言える。われ平成日本のスエトニウスたらんと言うのが、実は秘 かな目標だったりするのである。

 ネットニュース回覧。吉野家の牛丼販売休止を伝えたZAKZAKの“今日中病”はいささかトホホだが、この日記の今日のシャレもかなりトホホなので、あまり強くはツッコまない。そう言えば帰京の新幹線の中で乗客が読んでいた夕刊紙にも、カルロス・ゴーン氏が起こした自動車接触事故記事の見出しで“ゴーン氏「ゴーン」”な どという、世にもトホホなものがあった。

 母に電話、引っ越しの打ち合わせなどもしようと思ったが、客が来るのでその準備に忙しいらしい。“さよなら会”頻々の様子。昼に青山に買い物に出る。好天なれど寒し。紀ノ国屋スーパー(現店舗での営業、今月いっぱいと思っていたら来月いっぱいだった)でキムチ、豚バラ薄切りなど買い、帰宅してから豚キムチ丼。文藝春秋3 月号届く。巻頭随筆に拙文『“へぇ”の効用』が載っている。

 講談社『フライデー』から電話。年末にインタビューを受けて、今年の“へぇ”みたいなことを話した記事であったが、何か大層評判がよかったようで、もう一度似たような記事を、とのこと。来週の日取りを打ち合わせる。評判がよかったと言われてうれしいが、昨年末はやたらにそのい類のインタビューを受けたので、何を話してど ういう記事になったのか、ほとんど記憶してない。

 能登のこうでんさんに送るテープのダビング、やっと開始。思えば能登旅行は去年の11月だったのだから、送る送ると言っておいて4ヶ月がたっている。実にもってだらしのない男である。なんとか、次の能登旅行のときまで延びなかっただけでも、 私としては上出来の部類なのである。

 夕方6時半、渋谷駅ハチ公前で笹公人氏、川上史津子さんと待ち合わせ。ハチ公前が改装中であったが、何とか無事、お二方と合流。そのまま109−(2)の地下の喫茶店に入ろうとしたら、これが跡形もなくなってブティックになっていた。仕方なく、しばらく歩いてブックファーストの一階の喫茶店『マ・メゾン』で。15日のロフトの短歌会の打ち合わせである。ざっとした構成を話し合う。某女流歌人のワルク チなども出て面白い。

 まあ、ロフトのイベントはいつも大抵いきあたりばったりである。ここでどう打ち合わせたって、流れでどうなるかわからず。ざっとした部分のみ取り決め、7時半、タクシーで下北沢へ。『虎の子』でK子と四人で食事。豚ロース塩焼き、牛すじ煮、キャベツ重ね煮など。笹さん曰く、ハチ公前で私の顔を見てアッ、テレビに出ていた人だ、と驚いていた人が何人かいました、と。そう、テレビに出ると数日はそういう反応が起こる。そして、数日後にはもう、忘れられているんである。何かしでかすな らテレビに出て二日以内。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa