裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

27日

火曜日

フェロモンの洞窟

 アラン・クォーターメン女族の国へ行く!(って、『洞窟の女王』そのままか)。朝、7時25分起床。朝食ソバ粉焼き。ソバ粉焼きには薄くニンニク焼き味噌を塗って、ネギのみじん切りをはさんで食べる。朝からネギというのは抵抗がちょっとあるが、このあいだ読んだ昭和12年発行の『少女倶楽部』4月号付録『少女学習寶典』 に、ネギの薬効が
「神経を和らげ脳を健全にします。勉強をなさるとき、これを食べると大変よいのです」
 と書いてあったから、少しは執筆などに効果もあろうと思うことにする。

 ちなみに、この『少女学習寶典』、皇室・皇族の一覧から家事・農事・地理・天文から日常生活に役立つ知識、さらには軍艦の豆知識(戦艦陸奥の甲板は3500畳、煙突の中でも18畳の広さ)やら、日本軍の兵器の値段表などというものまである。戦前の女子学生はずいぶんいろんなことを覚えなければならなかたものだ。鉄兜がひとつ11円、四四式機銃が付属品共で66円、陸軍戦闘機が一機7万円、海軍戦闘機が一機6万円(海軍機の方が安かったのだな)、九五式軽戦車が武器・砲弾類を除いて一台6万5千円、とのことである。下川耿史編『昭和・平成家庭史年表』(河出書房新社)によればこの年、喫茶店の女給の月給が19円〜20円、サラリーマンの平均月給がヒラで60円、課長クラスで100円、卓上ラジオ140円、とある。

 古本屋でこの本を買ったのは、挿絵にあった少女の絵が可愛かったから(16人の挿絵画家が描いている)だが、巻末の挿絵執筆者名の中に、“杉浦茂”の名がある。昭和12年当時の杉浦茂と言えば、師匠・田河水泡の肝煎りで『昭和漫画会』を結成した頃である。そこの引きで受けた仕事だろう。もちろん、いまだあの特徴的な杉浦キャラは生まれていない時代なので、どの挿絵が杉浦のものなのか(サイン等は入っていない)判然としないが、漫画タッチで、顔がちょっと猿飛佐助やドロンちび丸を彷彿とさせる楕円形のものがあり、これではないか、などと推測しながら楽しんで読 んでいる。

 昨日の打ち合わせをふまえての会場下見等の日取りについてなどのやりとり、東京大会MLにてさかん。あと、ミリオンYさんから、ゲラ受け渡しについての電話。たまっている日記などを書く。講談社Yくんからメール、『近くへ行きたい』が日本図書館協会選定図書に選ばれた、とのお知らせ。別に売り上げに結びつく、というわけではないが、まず“良書”と認められたということか(以前には『美少女の逆襲』がやはり選ばれたことがある)。Yくん曰く、“やはり前著に比べエロを抑えたせいで しょうか”と。呵々。

 1時、雑用終えて入浴しようと風呂桶に飛び込み、もうぬるくなっているので湯を足そうとしたら、ピイーッという警告音が鳴って、給湯器の着火が失敗、というランプが点く。何度やってもダメである。急いで出て、管理人さんに連絡、管理人さんから東京ガスに修理依頼がいったのだが、かかってきた電話が、初老らしい、いかにも やる気のなさそうな爺さんの声で、
「いま、みんな出払ってしまったんで、修理にいけないんですよね、エヘヘ」
 と笑う。何を訊いても、必ずエヘヘというウスラ笑いで答える。まあ、出払ってしまっているのは仕方ないにしろ、給湯器がこの寒空で使えないというのはかなりセッパクした状況であることはわかろうはずのものなのに、エヘヘはないだろう、エヘヘは、という気になり、かなり不愉快。夕方5時から7時の間なら回れるというが、今日は夕方は4時から村崎さんとの社会派くん対談だし、夜はラジオ出演だ。K子は今夜はポーランド語教室の方に行く。今日の風呂はあきらめて、明日の午前中の修理を予約して電話を切る。徳川夢声の日記に“我に愛想笑いの癖あり。これを止めよ!”と自戒している記述があったが、確かにわれわれから上の世代は、必要もないのに応対のとき“へへへ”と下卑た笑いを浮かべる習慣がある。昭和40年代くらいまで、いわゆる“庶民派”と呼ばれる役者には、この小人物の愛想笑いの演技が巧みなことによってそう呼ばれる人が多かった(三木のり平、沢村いき雄、桑山正一等)。今の若い世代のブッキラボーさも時には腹立たしいが、しかしこの意味のない愛想笑いよ りははるかにマシのような気がする。

 昼は青山に行き、紀ノ国屋向かいの立ち食い蕎麦屋で冷やしタヌキ。ここの蕎麦は弾力に富み、蕎麦というより冷麺みたい。紀ノ国屋で買い物して帰宅、雑用をいくつか片づけ。NHKに持っていく雑誌を書庫から選定。カストリ雑誌を、という注文であるが、いくら絵の見えないラジオであるからといって、“情痴変態大特集”などという見出しのついたものをアナウンサーに読み上げてもらうわけにもいかぬ。まず、 オトナシめのものを何冊か。

 欲しいCDがあったのでHMVに行くがナシ。4時、時間割にてアスペクト『社会派くん』対談、村崎百郎さん、アスペクトKさん。話題はまず古賀潤一郎議員辞職せず、のニュース、驚いたねえ、というあたりから。私はあそこまで恥をさらしてもなお議員職にしがみつくのは、裏で金がからんでいるんじゃないかと思うのだが。あとは岸和田虐待事件、手話恐喝事件など。松文館敗訴に関しては村崎さん、私がこの日記で述べた所見に大賛成で、“だいたい、宮台真司なんてのは人の弁護ができるような顔じゃないよ、ひと目見ただけで腹が立ってブン殴りたくなってくる顔だよ”と。

 5時半まで鬼畜ばなしいろいろ、毎回この対談、予定分量を大幅にオーバーしたものをネットにアップしているので、かなり削らねばならない。第二章(ロフトプラス ワンでのライブ)をまるまるカットすれば? と私も村崎さんも言う。

 早めに終わったので、一旦帰宅、荷物持って7時にNHK。13階のスタジオに。エレベーターの中で一緒になった女性が“カラサワさんですよね? 林あまりです、よろしくお願いします”と挨拶してきた。こちらもたぶんそうだろう、と思っていたところ。少し待たされて、ディレクター氏と打ち合わせ室へ。逢坂剛先生すでにらしていた。挨拶。“いや、カラサワさんのご本はよく読んでいますよ、同好の士だし”とのことで恐縮。こちらも“『さまよえる脳髄』の頃からのファンです”と挨拶すると、“うわっ、いやいや”と、テレたような反応。ディレクター氏、“カラサワさんはこの番組、お聞きになったことが……?”“よく、タクシーの中で聞くんですよね え”“あ、何故かみなさん、そうおっしゃるんですよ”と。

 進行の打ち合わせするが、どうしても古書マニア同士はすぐ脇道にそれる。上野文 庫主人のこと、新古書店問題などなど。逢坂先生
「ススキノに大きな古書店がありましたよね? 二階が古書売り場になってる……」
「ああ、成美堂ですね。あそこはつぶれました。あそこ、売り場で大きな犬を飼ってましてね、本を読んでると、うしろから腰のあたりをつつかれるんで、何かと思って振り向くと、犬がクンクンとこっちの匂いを嗅いでいるんで、ワッと驚くんです」
 などと、笑いはとるが話が進まない。

 スタジオに場所を移してさて、生放送。玉谷さん、さすがに老練なしゃべり。こういう、いかにもNHKというしゃべり方のアナウンサーさんは、今貴重かも。話ふられるままに、『古本マニア雑学ノート』に書いてあるようなエピソードをしゃべる。栄養失調状態になって起きあがれなくなった話など、『爆笑問題のススメ』とかぶってしまったかもしれない。とはいえ、こんな短期間に連続で古書ネタの番組出演が続くとは、こっちも思っていなかったのである。まあ、『ふれあいラジオパーク』と爆笑問題では、一般視聴者はカブらないとは思うが。マニアの方には、もしかぶってい たらゴメンナサイ。もちろん、違う話もたっぷりしている。『キントト文庫』さんのあの品揃えの秘密など、いろいろこちらも収穫があったし、カストリ雑誌コレクションもちゃんとウケた。まずまずか、と思っていたが、視聴者からのFAXに“三人の声がかぶさって聞きにくい”とあったので三人とも、ちとダア。トークライブなどと比べると全然かぶっていないのだが、聞き慣れていない人にはそうかもしれない。ことにNHKの番組などを聞いている人には。

 逢坂さん、林さん共にラジオでのしゃべりの経験もあり、構成台本に従って話をして、ほぼ、途中の交通情報やニュースの時間もきちんと時間通りに流して、内容を過不足なくなぞったには感心。普通、民放のラジオにゲストで出たときには、台本にある内容の半分もしゃべることができずに終わるのだ。これは打ち合わせのときに、三人が三人とも、“少し話をセーブしないと時間がまるで足りなくなるぞ”と思ったか らではないかと考える。

 アッという間の一時間半。出て、タクシー券もらい、お二人と別れて東北沢へ。今日はポーランド語終えたK子と開田夫妻、S山さんと『話の○寅』で食事の約束。K子はラジオの放送日など念頭になく27日夜、を予約したのだが、それがポー語の日であったため夜10時からの予約となり、私の放送時間が終わったのが9時半というまさにドンピシャのタイムスケジュール。こないだのシアターグリーンもそうだったが、長年夫婦をやっていると、そこらが自然に合ってしまうらしい。今日のオードブルは生牡蠣。カクテルソースをかけているので、“後から千葉出身のオンナが来ますが、彼女は何にもかけない方が好みだと思うので、ソースは抜きにしておいてくださ い”と頼んでおく。

 ダイエットで65キロになったという開田さんがマフラーを何重にも首に巻いて来る。ビールで乾杯。キュウリとそぼろの酢みそあえ、こないだと同じウニ、昆布締め白身、アン肝の重ね小鉢、今日はマグロもつく。さらにここで、ただいま修行中というお寿司。コハダ、鯛、カンパチと握ってくれた。すし飯の酢が少しきついような気がしたが、ネタはいずれも抜群、殊にカンパチは脂が乗ってとろけるよう。それからサバの塩焼き、野菜の素揚げ。酒は伝兵衛に、キンピラ(今日は蓮)にはこの店特製水割り焼酎。生ベーコンなども出してもらい、ご機嫌。今日は鬼畜対談から国営放送での古書トーク、そして旨いもの食いながらのオタ話と、いろいろモードをスイッチングしたことであった。開田さんは寿司を食ってさらにサバで白いご飯を食べ、お茶漬けはさすがにパス、といったがみんなが旨い〜とうめくので、あやさんからひと口 もらっていた。ちょっと頼まれごともする。ふむ、どういうルートでいくか。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa