裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

12日

月曜日

恐るべきら抜きうどん

 ここ四国ではどこでもうどんが食べれます。朝7時20分。卵パスタを中華スープで。イタリア製のタリアテーレだが、買ったときから、風味が乾燥蛋麺に似ているなと思っていたので、茹で上げたものを、中華スープに入れ、ごま油をほんの一滴、垂 らしてすすり込む。思った通りの味になって、朝に案外マッチ。

 朝、母と家の代金振込のことで電話。札幌の実家の売却値段を聞く。大した額にはならんものだと思う(しかも税金などで引かれるとほとんど残らない)が、あのかなり広い家を、買ったときの値段がいくらかと聞いて、いかに35年前とはいえ、安いことに驚く。当時はあの周囲は畑ばかり、夜になると野犬の遠吠えが聞こえる、まったくの田舎であった。買い叩けたのであろう。それなら、この額はかなり値が上がっ たと言いつべし。

 午前中日記、読んでますメール御礼など、ネット雑用。午後はずっと原稿にかかりきり。昼はホンコン焼きそばと肉まん二ヶ。どこにも出ず書き続け、7時までかかってやっとアップ。ヘトヘトになる。ブツは例のカン違いオタク評論本(?)で、別段力を入れなくてもツッコミはいくらも出来る代物だが、ツッコミやすすぎるのも困ったもので、放っておくと筆が勝手に進んで、枚数がどんどん超過する。最低限ツッコンでおくべきもののうち、すでに各所でやっているものは注の部分に整理するが、それでも当初の予定の倍くらいになる。本そのものより著者にべたべたしている連中のことを中心に構成していた当初の稿案も破棄(やはり著作のことをきちんと語る)、またお遊びのギャグとかもほとんどカットして、なんとか規定枚数の中に収めた。これに限らず、今回のと学会本の原稿は枚数を埋めるというより、枚数を削る方にかな り苦労している。

 阿部能丸さんから電話、こんどのロフトの件。有馬温泉の宿につき、K子、弓削くん、TBSのNさんと四者の間でメール飛び交う。Nさん、有馬でTBSラジオが受 信できる(地帯がある)ということに驚いていた。

 8時45分、K子と家を出る。驚いたことに外は氷雨。青山に出て、和食屋『もくち』。例のとんかつ“志味津”の入っているカプリース青山の地下で見つけた店。このあいだランチで一度ココロミてみたのだが、ちょっとスカしている感じがして、かといってけしてまずくはないので、今度は夜、一度行ってみて、評価はそれからにしよう、と思っていたのである。今日は休日で、しかも仕事があったので体空くのが遅 く、ではここに行ってみようと二人で出かけた。

 店はカウンター八席に、四人がけテーブルが四つくらい。そんな小さな店なのに、案内パンフを見たら“店内見取り図”が載っていたのに笑う。とりあえずカウンターに座り、刺身盛り合わせ、びり鯛かまぼこ、サクサク厚揚げなどというものを頼む。寒ブリ刺身を頼んだが、すでに切れていた。これに限らず刺身類はやはり休日二日目で切れているのが多い。ほんのちょっとずつ残っているのを盛り合わせにしましょうかというので、それで頼む。こういう機転はよし。

 突き出しはこないだランチのときにも出た揚げじゃがの煮物に、寒ブリ煮付けと、二品。刺身はまぐろ、シマアジ数切れずつ、それに小皿に盛られたイクラや鮎白子などの珍味類、赤ナマコなど。刺身に関してはわれわれはうまい店を何軒も知っているので、ちょっと点数が辛い。しかし、塩で食べるサクサク厚揚げがちょっとユニークでおいしかったのでこっちは合格。また、女性マネージャー(?)の故郷の名物という、びり鯛かまぼこというのが滅法うまかったので、これも加点。カウンターの向こうの女の子が親しげに話しかけてくるが(声からして音楽関係の方ですかぁ? と言われた。放送関係者と言われたことはまま、あるが、音楽関係者と言われたのは初めて。葉加瀬太郎みたいなタイプが出てきたからだろう)、この子にも青山ぽい嫌味や気取りがなく、これまた加点対象。

 井草鍋というものがあるので、鍋好きなK子が頼んでみる。ブタと白菜の鍋だが、鍋のダシに、なんと粉末にしたイグサ(畳にするアレ)と抹茶を加えるというもの。なるほど、青畳のいい匂いが香ってくる。札幌の今の実家の、さらに以前住んでいた北四条の家は、よく畳替えをした家で、その後しばらくの、新畳の匂いが何より好きだったものである。それを鍋でいただくとは思わなかった。ポリフェノール云々という能書きはどうでもいいが、ブタの脂のくどさが抹茶とイグサの香りで中和され、なかなか上品なものとなる。ついでに裏メニュー(本当にメニューの裏に小さく書いてある)の、わさび釜飯というのがあったので、それも頼む。すると、小さなお釜を固形燃料で熱して、フタの上に重しの石を乗っけて持ってきて、三十分待ってください という。

 鍋を食い終わり、麺まで入れて食べ終わったころ、炊きあがった飯を茶碗にとり、すり下ろした白わさび、ノリ、鰹節などを適宜混ぜて食べるというもので、わさびの香りと炊きたての飯の香りが混然として、なかなか結構。今日は休日なので夜が早い(それでも0時くらいまで)が、普段は2時まで営業というのもうれしい。そんなに遅くは行かないじゃないか、と言われそうだが、閉店まぎわの店というのが落ち着かなくてイヤなのである。お値段がしかも、この場所で、だいたいこれくらいと頭で勘定していた(焼酎もかなりお代わりしたし)よりも三割ほど安かった。われわれにはちとお上品すぎる店だが、また来る価値はあるかも、とK子とうなづきつつ、店を出 る。雪になるという話だったが、雨はすでにあがっていた。

 帰宅して調べたら、“びり鯛”というのは鯛のことではなく、“新鮮な魚”を意味 する四国の方言だそうな。
http://www.shikoku.ne.jp/dogo/item05_index.html
↑びり鯛の説明
http://www.e109.com/template/SPMmod/A1.asp?ShopID=339
↑材料はエソ。
http://www.zukan-bouz.com/hime/eso.html
↑エソはこれ。“鯛なくば狗母魚(エソ)”ということわざがあるが、かまぼこの素材としてはエソはよく、鯛の影武者みたいに使われていたようだ、という知識を私はちょうど今の札幌の実家への引越祝いに、家庭教師のお兄ちゃんからもらった集英社『暮らしの中のことわざ辞典』(折井英治編)で知った。この本はいまだに私の書架にあり、重宝して使っている。あのお兄ちゃんはいま、どうしているであろうか。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa