裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

24日

土曜日

剣聖、剣聖、それは剣聖〜

 それではお通さんが宮本武蔵さんへの思いを歌います。朝7時40分起床。ソバ粉焼きとリンゴ。いつも通俗な自民党いびりをやっている『WAKE UP!』で、国会代表質問での菅直人の小泉純一郎への追求を、からまわり、スカされたとちゃんと指摘しているのに意外を感じる。樋口恵子みたいなどうしようもないおばちゃんまでが、“すでに自衛隊は現地入りしているんですから、行ったからにはきちんと任務を遂行してほしいし、無事に帰ってきてほしい”とまともなことを言っていたし。もはや事、ここに及んで、単なる政権政党つつきでは視聴者の納得は得られない、とよう やく気づいたか? そんなこともないと思うが。

 昨日買った『バジリスク〜甲賀忍法帖3』、蛍火の最期のシーンを何度も読みかえし、涙。虫を呼ぼうと(これが彼女の術)印を結んだ腕を刀で横になぎ払われ、切断された彼女が、末期の幻影の中に浮かんだ愛する夜叉丸の方へ、ほほえみながらその“すでに無い”腕をさしのべるシーンの凄惨美。原作にはない、マンガ独自のシーンである。独自といえば、彼女が、甲賀の如月左衛門が味方の簑念鬼に化けたことに気づくきっかけが、原作では多毛症(その毛を自在に操る)男の念鬼の腕をとって、その毛の無いことで気がつくという設定だったのが、マンガ版では、夜叉丸に左衛門が化けたとき、動物本能で別人と認識し、その指に噛みついた毒蛇(蛍火のペット)の傷に、蛍火自身が巻いた包帯である、という設定の変更もうまい。以前、この作品の面白さの根元は“原作を驚くほど忠実にマンガに移し替えている”ことをあげたが、その原則をきちんと守っているからこそ、諸処における細部の変更に作者の演出力が光る。ヒッチコックが舞台劇の『ダイヤルMを回せ!』を映画化するとき、極力舞台劇の演出に忠実に映像化し、それでいて諸処に、映画でなくては表現できない視点の 移動やアップなどの技巧を織り込んだのと同様である。

『バジ』が終わった後、、担当編集さんから正月にいただいた年賀状では、次回作にはまた別の山風ものをやることになるらしい。まあ当然だろうが、風太郎忍法帖は第一作である甲賀忍法帖の後、どんどん、ファンタジー艶笑譚の趣を強くしていく。この作品のシリアスな雰囲気を持続させられる作品と言ったら、アレかな、それともア レかな、とか楽しく想像。あえてこっそり訊いたりはしない。

 12時、家を出て神田まで。古書会館我楽苦多市。我楽苦多市はここで開催される古書展の中で最も雑多な本が並ぶ会であり、よく言えばバラエティに富み、悪く言えばまとまりがない。雑多にいろいろと一万数千。さらに何軒か周り、ロリ系写真集なども数冊。いもやに向かうが、長蛇の列にて入れず(中通りの方のいもやが臨時休業のためであろう)、ボンデイでエビカレー。混んでいてカウンター席になる。カウンターに座ったときは、必ずミルクティーを頼む。ここの店は、カウンター席のお客さんには“せまいところに座っていただいてお気の毒なので”と、コーヒー・紅茶の類はサービスしてくれるのである。四半世紀通っていると、こういうことにも通じてしまうんである。……ただし、レジでそのことを告げられたとき、当然、とか言う顔をしてはいけない。エッ、そうなんですか、いやあ、すいませんねえとか反応するのがオトナのエチケットというものである。で、そのサービスの紅茶を啜っていたら、と学会の猫耳法会氏が食べ終わって店を出ていった。特徴あるインバネス姿なのですぐわかる。声をかけようとして、つい“猫耳さん!”とノドもとまで出かかり、イヤ、これはあまり人前で呼びかけるべき名前じゃないな、と呑み込んで、もう一度本名を 呼ぼうとしたときには、すでに店の外へ姿を消していた。

 地下鉄半蔵門線で表参道。ここでも少し買い物して、タクシー。金王坂上のところに、機動隊が三十人ほど、固まっていた。越冬している甲虫の群みたいに見える。何ごとかと思っていたら、宮下公園前をイラク派兵反対のデモが通っていた。通りには 交差点ごとに、二、三十人ほどの機動隊が監視をしている。運転手さんが
「この程度のデモに、あんなに機動隊配備する必要ありませんよ」
 と侮蔑の笑い。聞くと、70年代にはやはり、彼も安保反対のデモに参加していた世代だったそうで、
「あの当時のデモは、本当に権力との衝突、体張った対決を覚悟してやってましたからね。機動隊もわれわれ学生も、本当に目を血走らせていましたよ。いまのデモに、血走った目をしている参加者は一人もいません」
 とデモ批評。車の上でダンスみたいに踊っている若いパンクみたいな男を指さし、
「ああいうパフォーマンスをデモだと思っているだけで、もうダメです。そもそも、この情報化社会で、いまだにデモ行進をしようという発想がどうしようもない。交通を妨害して、週末の買い物している人たちに迷惑をかけて、民衆から浮き上がるだけ 浮いているじゃないですか」
 と、キツいキツい。

 帰宅、少し休んで原稿、アスペクト前書にやっとかかる。かなり遅れたが、ためるだけためたテンションが一気に爆発、全然関係ない話題から『社会派くん』のテーマにグイと引きずり込むという力業、なんとかこなして1時間で6枚を、書き上げる。メールしてすぐ、タクシーまた飛び乗って新宿に行き、マッサージ。お気に入りの女金剛先生。グイグイ揉まれる。頭の後ろが爆発しそうになる。凝りが高じて血管がブ チ切れたのかと思ったほど。

 9時、華暦。ノドが乾いてビールをガブガブ。腰越直送(女将さんが毎朝市場から仕入れてくる)のイサキが美味。あと、鴨と水菜の鍋の汁が残ってもったいないので雑炊に仕立ててもらう。馬場さん(若い方の板前さん)と、オーロラの話など。このあいだこの店に来たとき、某国立大の刑法の先生が、丁度私の顔が眺められるカウンターの角の席にいて、われわれが帰ったあと、女将に、“実はファン”とうち明けて名刺を置いていったとの話を聞く。私のように年中大学の先生の悪口ばかり言っている人物に、よく大学教授のファンがいてくれるもの、と感謝。そう話していたら、座席の方にもファンのカップルがいて、握手を求められる。こういう商売をやっていると、店でファンに握手を求められるのは別に珍しくないが、連続で当たったのは初め て。タレント気分にちょっと、ひたったことであった。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa