裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

13日

土曜日

ボッカチォ出船

 このシャレのためにちょっと調べて知ったんだけど、都はるみのデビュー曲って、『困るのことヨ』という歌だったのね。朝7時45分起床。朝食はシーフードサンドとコーヒー。朝刊に、昨日発見された狂牛病容疑の牛はシロ、とデカデカと。そう言えばゆうべ寿司屋の帰りに幸永が心配でのぞいてみたけど、大入り満員だった。みんなたくましいねえ。それにしてもマスコミは農家の味方かと思っていたけれど、こういうときには思うさま風評被害をタレ流しますなあ。いや、新聞が売れれば、あるいは視聴率が稼げれば誰が迷惑しようとかまわぬ、という方針に徹底していただいた方が、私などには安心できる。妙に社会の木鐸などをめざしてくれるな。ジャーナリズムの本質はスキャンダリズムなのだから、と、これは本心から言いたい。

 午前中に昨日の好美のぼる本解説の手直しと、もう一冊同時発売のお涙バレエ(ヘタクソ)マンガ本の解説を書き上げてしまい、K子に早い早いとホメられる。お涙マンガの解説の方はひさびさに一気呵成に書き上げて、文章・内容共に近来の出来と、ちょっと増長慢となる。増長慢と言えば、『と学会R』、連絡用パティオをのぞいたら3刷決定とのこと。やはり本家の強さか。

 外に出て、東急ハンズにより、携帯のストラップ(いつぞや『コンテンツ・ファンド』出場者から買ってつけていた首吊りストラップは惜しくもヒモが千切れて行方不明になった)でなにがな面白いモノを、と探すがナシ。近くの古オモチャ屋で、ダイドーの深海生物フィギュアコレクションをいくつか買う。センジュナマコが可愛い。昼食はハンズ通りの『舌郎』で特選ネギ焼き牛舌麦飯とろろ定食、という長い名前のやつを食べる。

 帰宅、2時。直後に講談社Web現代のYくん来宅。K子のレディースコミックを今、Web現代で掲載しており(案外人気らしい)、その原稿を取りにきたという。ところがK子がまだ帰っていないのであわてる。そのちょっと後に遅れてきた。昔のバカバカしいものをいくつか見せている。あのころは『納豆女』とか、『OL怪談目玉の呪い』とか、二人でヘンテコなものをいっぱい描いていたなあ。

 原稿持ってYくん帰り、K子も仕事場に行く。原稿一時間ほど書き、ベッドに寝転がって歌舞伎全集など拾い読む。オシッコがしたくなってトイレに行き、ふと調べてみる気になったので、何の気なしに糖尿検査紙をとり、小水をかけてみたら……! なんと、サーッと色が濃い緑色に変化した。対照表と比較するまでもなく、重度の糖尿サインである。一瞬、目の前が真っ暗になる。ツイニキタカ、と思う。やはり先日来のダルさや、汗の不快臭は糖尿のせいであったか、と、頭の中に瞬間的にあらゆるこれまでの徴候がこの“糖尿”のキーワードに結び付けられて思い浮かぶ。美食がたたったのかと臍を噛む。足がそういえばこのごろよくつる。これも糖尿の症状のひとつとしてあったはずだ。今朝、目がどうもチカチカしたのも、すでに糖尿が目にまで来ているのかも知れないと恐怖する。目が見えなくなれば、私の人生はそこで終わりである。すべての仕事が不可能になるのだ。へたへた、と、そこに座り込みたい気になった。

 ……だが、そこまで頭を混乱させた末に、マテヨ、と思う。こないだうち、ダルくて仕方がなかったときに調べたときは、まったく何の徴候も出なかった。それに比べれば昨日今日は体調は良好である。頻尿傾向もないし、喉の乾きも異常という認識はない。朝勃ちだってチャンとしている。だいたい、いきなり何の予兆もなく、色が最重度の糖尿を示唆するまでに変化するというのはおかしくないか。それに、見ると、便器に落とした(水に溶けて流れる方式の検査紙なのである)紙が、まだ濃い色に変化し続けている。水で糖が薄められているはずなのに、まだ濃くなり続けるというのはヘンダゾ、と気がついた。で、ちょっと考えてなーんだ、とわかった。

 Web現代のYくんが手みやげに大福を持ってきてくれたのだが、K子は和菓子が大嫌いなので、私がいただいた。仕事場で原稿書きながら一個を食べたのだが、その後、手を拭きもせず、乾いたティッシュでパッパと粉を払ってそのまま、仕事を続けていた。そのとき、人さし指と親指に、微量の砂糖が付着したままになっていたのだろう。たまたま検査紙が、手に持つ部分と試薬部分が別れている式のやつではなく、紙全部に試薬が染ませてあるタイプで、それを手に取ったとき、粉砂糖がくっつき、小水がその部分に浸透して砂糖が溶け、反応して発色したのであった。そう思ってよく見ると、最初に小水をかけた部分は何の変化もなく、次第に根元の部分に染みてきたところだけが緑色になっている。急いで手をよく洗い、もう一度やってみると、今度は何の変化もない。ホーッ、と息をついた。大福一ケでこうもあせらせられるとは思いもしなかったことであった。

 買い物に新宿まで出る。まあ、今回は茶番ですんだが、年齢も年齢、食生活も食生活、用心に越したことはないと、南口の薬局で少し糖尿のレクチャーを受け、黒酢のカプセルがクエン酸回路を活性化させて糖尿予防になると聞いて、それを買い込む。あとは夕食の準備。健康に留意を、と思いつつ、いつもと同じパターンになってしまうのに苦笑。

 8時、家で食事。サバ缶鍋、豚肉とモヤシの蒸し物。サバ缶を伊勢丹で買おうとしたら置いてない。こういうゼイタク化が糖尿を国民病にするのだ、とちょっと腹が立つ。クイーンズシェフの方に行ったら、奥の方にちゃんとあった。食べながらDVDで中川信夫『怪異宇都宮吊り天井』。昭和31年作品。中川監督らしいカメラ移動はすでに掌中のものだが、ストーリィや演出は陳腐。昔、NHKの歴史番組でこの吊り天井事件を取り上げたとき、この映画のシーンが資料として使われていた。あと、ウルトラQ『地底超特急西へ』。実験映画なみのモダン演出に目が回る。やり過ぎの感あり。結局、缶ビール大一本、冷酒小ビン一本。さすがに心配になり、いま一度検査してみるがまったく変化なし。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa