裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

2日

火曜日

ファンタジー馬鹿よね

 妖精なんか信じちゃって。朝8時起床。K子、クスリがまだ効かないとフトンの中にもぐっている。朝食、ソーセージとスープ。トウモロコシ炒めを作っておいたら、後で起きだしてきて食べた模様。家に電話して、何かいいクスリはないかと相談。豪貴は“ワカラン”と言っているとか。

 昨日の読売夕刊に志ん朝死去の報があるが、メガネをかけた写真を掲載している。芸人なんだから、高座での顔を載せてもらいたかったろうに。こういうところ、新聞記者というのは無神経だなあ。歌舞伎役者はメガネをかけた素顔で出るが、あれは舞台では化粧をしていて、シロウトには誰が誰だかよくわからないからだろう。それにしたって、歌舞伎役者がメガネかけた顔で写真出すのは不見識だと、私はしょっちゅう思っているのだが。

 仕事をするが、隣の部屋でときどき“ウッ”とうめき声が聞こえてくる状況では、何も手につかない状態。せめて脇にいてやろうと添い寝をすると、自分だけグーと寝てしまうのがどうも情けない。心配してるのかしてないのかわからん状況である。なんとか読書新聞のマンガ評のみ書いて送り、昼ごはんを買ってきてやろうとすると、やや薬が効いておさまってきた、とのことで、一緒にメシ食いに出る。近間でいこうとチャーリーハウスの定食。そのあと、駅前で家賃を振り込みに彼女は渋谷方面へ。私は帰って仕事続き。1時間ほどでK子も帰り、また横になる。やはり動くと早く薬の効果が切れるらしい。週末の長野の花火見学、彼女はこの状態では行けない、と言う。やむを得ないか。

 仕事がなかなか進まないまま、資料などを整理する。先日『クルー』エッセイのネタに使った『別冊モダン日本』昭和二十六年九月号をパラパラ読んだら、“ステテコ踊り”の歌詞にある“向こう横町のお稲荷さんへ、一銭あげて、ザッと拝んでお仙の茶屋へ、腰をかけたら渋茶を出した、渋茶横々横目で見たら、米の団子か、土の団子か、団子々々お団子せっせとおやり……”の意味が了解できる記事があった。谷中三崎町の大圓寺前には瘡守稲荷という梅毒平癒のお稲荷さまがあるが、同じ谷中の天王寺中門前にある笠森稲荷の前には水茶屋が並び、中でも鈴木春信が描いて有名になった笠森お仙がいることで、文献などではこれがゴッチャにされることになった。この稲荷には、梅毒平癒祈願のときには土の団子を備え、平癒したときはそれに替えて米の団子を備えるならわしで、境内にはあちこちに土団子米団子が並んでいたという。『ステテコ』はそれを詠んだ歌なのであった。初めてステテコを聞いたのは昭和四十年代、三木のり平の舞台のテレビ中継で歌われていたのを聞いて、いっぺんで覚えてしまい、それからずっと口ずさんでいたが、三十年たって意味がやっとわかったのである。不勉強なことだ。

 快楽亭から電話、先日出した新文芸座の上映作品、日活がほぼ全滅、大映の『透明天狗』も16ミリ版しかないということで、一からネリ直し。いろいろ時代劇資料などをひッくり返して、トンデモ時代劇を選定。『メモ・男の部屋』Nくんから電話、京都に一見さんお断りの高級お茶屋があるのだが、そこを取材してくれないか、という話。9日ということで急なことだが、予定なんとかなりそうなので引き受ける。K子に言ったら、“ワタシも行く、行く〜!”とわめく。コイツ、長野はパスとか言っていたクセに。

 7時、K子が痛み止めが効いている間に夕食すませちゃおう、というので、夫婦で新宿に出る。神経痛には中華がいいのではないか、というので新宿三丁目の『雪園』に行く。途中、ふと見ると路上に人があおむけに倒れて、周囲に人が群がっている。事件かと思い、近くに寄ってみると、どこかで見た顔。なんと中野貴雄カントクだった。映画の撮影らしい。“あら、カラサワさん”と声をかけられたのを見たら、吉行由実さん。彼女の監督作品で、中野さんに出演してもらっているとのこと。“ちょうど通行人の役が足りなかったんですよ〜、出てくれませんか”と頼まれて、急遽、夫婦で出演することになる。ビルの屋上からものが落ちてきて、歩いていた中野貴雄の頭を直撃、その場にいた主人公が殺人犯と間違われる、という役で、私ら夫婦が、その場を通りがかって“人殺し、人殺しだ!”と叫ぶというダンドリ。練習一回、本番イッパツでOK(別にわれわれの演技がすばらしかったわけではなく、ポルノ映画というのはフィルムが貴重なので滅多にNGは出ない)。スタッフたちにありがたがられる。それにしても、新宿の三丁目近辺をこの時間に歩くなどということは滅多にないことで、そのときに知り合いたちが映画の撮影しているという、この偶然はちょっとタダゴトではないのではないか? 中野貴雄は英国風紳士(?)みたいな格好で、蝶ネクタイにソフト帽。見事に似合っている。彼をモデルに使うのが『サムソン』や『バディ』だけではもったいないよ。吉行監督には“6日のアフレコにも来て〜”と頼まれたが、6日は長野でダメ。

 それやこれやで8時過ぎてから『雪園』、数品とって食事したが、前菜盛り合わせと湯葉の巻物が、小鳥のエサくらいの分量しかない(おいしかったけど)。逆に最後に頼んだフカヒレ入り煮込みソバは大量過ぎて残した。湖南料理というのはよく知らなかったが、有名な中華ハムの蜂蜜煮はベト甘で(まあ、蜂蜜煮なのだから当たり前か)K子にはダメ。これをサンドイッチ風にはさんで食べるのだが、このはさむものが普通の食パンの耳を落としたもの、というのがちと減点対象。蒸しパンくらい作ってほしい。お値段はまあ、いつも行く寿司屋と変わらず。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa