裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

27日

金曜日

アブダク亭グレイ

 快楽亭ブラックの弟子。朝、8時起床。朝食、荒挽ソーセージにブドウパン。今日はブドウの入ってるところ。子供の頃読んだ『ロビンソン漂流記』で、ロビンソンがブドウパンを作って食べるシーンがうまそうだったなあ、と思い出す。この本、戦後すぐの刊行書で、確か池田宣政だったと思うけど、訳者前書きに、この本を読んだ君たち少年読者は膝を叩いて“わが意を得たりロビンソン、あなたのまけじ魂こそ僕たちの新生日本を作るいしずえとなるのだ”と叫ぶであろうことを信じます、と書いてあり、子供心に“今どきこんなこと言うガキはいねえよ”とツッコミを入れた。わがツッコミ歴の第一歩だったかも。

 午前中、まず講談社からのゲラチェックをやって戻し、それから福音館の原稿ナオシをやってファックスし、何か全身脱力。昼飯はレトルトの御飯を温め、塩コブと梅干しで一杯。急いで家を出て、神田神保町、古書会館ぐろりや会古書展。ひさしぶりに金曜初日に出かけた。ぐるり見回るが、やはりいい本は高い、そうでもない本は安い。も少し買うかと予想していたのだが、二万円ちょっとの買い物。それからセコハンビデオ屋でもちょっと買い物、明倫館書店で資料本、安くいろいろ手に入れられてうれしくなった。カバンは重くなったけど。

 神保町交差点門の三菱銀行、連休前で長蛇の列。仕方なく並ぶ。入金を確認。週刊文春からの振り込み、こないだの横田さんの書評の原稿料だが、高いのに驚く。みんなこれくらいもらっているんだろうか。帰り、青山によって買い物。

 陽射しは初夏らしく燦々として照る。NHKから岸記念体育館の近辺のツツジが赤紫に映えて目に美しい。十年くらい前まではこういう自然にとんと関心がなかったのだが、やはり老い先が見えてくると、季節の移り変わりが非常に愛しくなる。NHK広場前で、夏の制服姿の中学生の男女が、ひし、と抱き合っていた。路上でである。しかも、どちらもそろって細面の美少年美少女。どこかビルの上から撮影でもしているのかもしれない。渋谷というところはそんなことしてても誰も振り向きもしなかればニヤニヤもしない。不思議なところである。昨日、HMV前で茶髪の女子高生たちや渋谷系の若いおねえちゃんたちが“キャー”と叫び声をあげていて、ナニゴトかと思ったら、怒ったような顔をした三十歳くらいの変質者が、下腹部を露出していた。へえ、渋谷の子でもチンチン見せられると悲鳴あげますか、と意外に思ったくらい。

 帰ってしばらく休む。7日に馬場のぼるさんが亡くなっていたことを知って驚く。全く見落としていた。『11ぴきのねこ』などのヒット絵本作家でもあるが、手塚治虫のマンガに出てくるヌーボーとしたヒゲのおっさん(『W3』の馬場先生)のモデルとして有名だろう。最後に私が見たのも、手塚プロのパーティで乾杯の音頭をとったときで、茫洋とした風貌と口調が、アノネノオッサンを連想させて、何かしゃべるだけでおかしかった。
「ウァタシはテヅカさんとはナガーイ友だちでアリマスがぁ、ウァタシなどはモー、テヅカさんとくらべると月とスッポンの才能でアリマシてぇ、しかぁし、ここにおあつまりのミナサンも、テヅカさんにくらべればみぃんなスッポンでアリマシてぇ、今日はマー、スッポン同士、仲良くとゆうコトでぇ、カンパイの音頭をとらせてイタダキマス」
 という飄々たる挨拶が実によかったな。

 Web現代はGW中一回休み。それでも単行本を作業中なので、メールやりとりは頻繁。ここのサイトでで、GW中のおすすめ映画として『オトナ帝国の逆襲』を『ハンニバル』『トラフィック』を抑えて推薦しているのがウレシイ。去年の暮に“アニメはあと五年はダメ”などと無謀に言い切ったバカ(東浩紀である)がいたが、こういう風に足をすくわれるときがあるから、私もあまり偉そうなことは言うまい、と決意する(笑)。と、いうか、エヴァンゲリオンにおける“オタク世代のアイデンティティの砦としてのノスタルジックな光景”である第三新東京のあの非リアルなまでにリアリスティックな描写と、このクレしんの20世紀博会場地下の街とはダイレクトにつながっていると思うんで、こういう作品がやがて出てくることはある種エヴァ以 降におけるオタク世代作品の必然性だと思うのだが。

 ちなみに、この企画でおすすめマンガとして『ハーメルンのバイオリン弾き』を紹介しているのが、私の担当のIくんであるが、彼の“才能を期待された若手作家は、次々と作品のスタイルを「娯楽」から「文化」へと変質させてしまいました。彼ら若手たちは、市井の読者を娯楽作品で興奮させ続けるより、感受性豊かなどこかのインテリ連中に誉められるのが嬉しいようです。これも縮小再生産の道です。将来、彼らの作品は大衆のもとではなく、新聞の文化欄で細々と生きていくのでしょう”という文言は、まるで私のこの日記の文章のよう。認識が相似形だから担当になったのか、担当しているうちに似てきちゃったのか。http://kodansha.cplaza.ne.jp/hot/shyohyou/2001_gweek/index.html

 8時、夕食の支度。六代目柳橋の『星野屋』を聞きながら。この話、かなり長めの人情話から柳橋がコンパクトに縮めてまとめたものというが、昔から大好きな話で、私の子供時代、すでに芸が衰えていると評された柳橋の、若き日の才能を証明する一作ともなっている。星新一が、ラストのどんでん返しの連続をエッセイで褒めていたが、確かに星調ではあるよな。夕食は鶏と白菜のラーメン鍋、鶏は二時間煮込んだので箸でちぎれる柔らかさ。それと筍と白身魚のマヨネーズ炒め。マンガの資料に、K子に『死霊の盆踊り』『血を吸う薔薇』『歌麿・夢と知りせば』を見せる。大魔王を 梅干し割りで。あやさんにもらったラッキョウ漬けがサカナ。

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