裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

7日

土曜日

みやむ矢鱈に

 ビデオとかに出てはいけません。朝、7時前に目が覚める。二度寝は気持のいいものだが、目が冴えてしまってそれもできない。気力がないので本を読む気にもあまりならない。7時まで布団の中で無聊をかこつ。朝食、豆の冷製スープ(レトルト)、ベイグル。『ぶらり途中下車の旅』は旅人が小野ヤスシ。ひさびさに顔を見たな。

 土曜なので、催促電話もほとんどなし。それをいいことにダラダラを決め込む。K子の弁当はカボチャのそぼろ煮。伊丹十三が“自分で食事を作っていると、朝飯作って昼飯作って晩飯作って、あっという間に一日が終わる”と言っていたが、それは家事に凝りすぎているからだろう。一回の料理の最初からしまいまでにかける時間を、最大二十分と決めておけば、その時間内で案外手のこんだものもできることがわかる はずだ。

 ネットをあちこち資料集めで。TINAMIXで樋口ヒロユキ氏が花輪和一論を書いていた。まあ、論旨はいかにもこの人、という感じのもので別にとりたてて言う気にさせられるものではないのだが、花輪作品『肉屋敷』(『月ノ光』所収)からの引用図版に、“これは「瑠璃病」に罹った女とその愛人の交情の場面である”などと説明をつけているのはひどかないか。作品をホントに読んでるのかと首をかしげたくなる。瑠璃病にかかっているのは女ではなく、その夫の桃彦であり、引用されている図は、女とその愛人ではなく、桃彦とその愛人の虐次郎という男性の情交(要するにホモ関係)場面。ちゃんと女がその様子をのぞいている場面が次のページにあるでしょう。で、そこから、この『月ノ光』の残虐趣味の先行者として、いきなり鶴屋南北と江戸川乱歩に(この以前や以後に残虐趣味系の先行者がいないとでも?)結び付けてしまう強引さも抵抗を感じる。
「花輪はその初期作品の多くで江戸と昭和初期を舞台としているが、これは決して偶然ではない。江戸と昭和初期は、いずれも残虐系サブカルチャーの興隆期なのだ」
 ……あの、『肉屋敷』は明治三十五年の話、とちゃんと最後に作者が記しているんですけどね(野口男三郎の臀肉切り事件がモデル)。この『月ノ光』、ちょっと書棚から引っぱり出して数えてみたら、所収作品11編のうち、江戸時代ものが4本、中世ものが1本、明治ものが『肉屋敷』『戦フ女』、それに『箱入娘』も、お嬢様の女学生姿が束髪に海老茶袴なので明治として3本、残りの作品中、『見世物小屋』は時代をぼかしているが月光仮面のお面などが出てくるから戦前ではあり得ず、『神に祈る子』『豚女』はレトロ趣味なだけで明確な時代設定がなされていない。……いったい、この作品集のどこに、偶然でない昭和初期残虐系サブカルチャーの影が見られる というのだろうか?
http://www.tinami.com/x/review/10/page3.html

 昼飯はごく軽く御飯一パイ、フリカケとそぼろ煮の残りですます。そぼろ煮にオクラを入れると、オクラから出るネバネバで、あんかけにしなくてもひき肉とカボチャがからまり、味もよくなる。食べてからやっと、講談社Web現代。書き出すと面 白くなってザクザクと進む。途中で、資料が必要となり、中断して、神保町に買い出しに出る。出たらまあ、いかねばな、ということで(何か無理に理由をつけて正当化しているな)古書会館、趣味の会古書展。ざっと回るが、今回は本当に雑書ばかり。南條範夫の未見の残酷ものとか、書庫の奥に入ってどうしても出てこない講談社新書とか。小版のカストリ雑誌を数冊、見つけて買ったのが唯一、値段のはる買い物。それでも一万円いかなかった。その後、三省堂、中野書店マンガ部など回って資料を物色する。探していたものが全部見つかったのはさすが神田。

 帰宅して、原稿続き。7時にやっと完成。メール。そのあと三十分で、週刊文春の書評原稿を書き上げる。自分では大いに気にいった原稿になったのだが、なにしろ横田さんの本のことであり、私情が入りすぎているかもしれない。一晩寝かせた方がいいだろうと思い、メールはちょっと見送る。それにしてもとり・みきの描いた横田さんの似顔は、本人以上にヨコジュンぽい。永遠に歳をとらないロボットにして描いたのも、リアルタイムで“SF界の貴公子”(@小説ジュニア)横田順彌にあこがれていた世代らしい。ところで、文春からの原稿依頼ファックスには、書名が『横田順彌のハチャメチャ青春記』などと書かれていた。ヨコジュンと言えばハチャハチャ、という常識も、すでに昔のことか。

 8時、参宮橋クリクリでK子と待ち合わせ。ちょっと混んでいて、奥の方の席へ。ここの店はなぜかアカデミズム関係者がよく来ている。四人連れの大学関係者が、最初から最後まで岩波書店の初版部数のケチくささの悪口言い続けていたのを聞いたこともある。今日も一番奥まった席に、中年の男女が来ていた。絵里さんに聞いたら、二人とも大変に著名なセンセイなんだそうだ(名前は彼女も知らなかった)。女性の方が、ここの料理を絶賛し、自分の研究室にいま東大の院生が来てアルバイトしているが、三食カップラーメンで何とも思っていない、そういう人間にいい仕事ができるわけがない、と力説していた。一理はあるが、反論したい気もちょっと、する。

 しかし、確かにここの料理はいい。今日はラムチョップの骨付きローストが絶品であり、食べながら夫婦でウナってしまった。自家製スパイスもいいのだろうが、しかし秘訣はやはりオーブンにあるだろう。ウチは台所がせまいのでガスレンジのグリルしかないが、オーブンやはり入れようか、とK子と話し合う。

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