裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

11日

水曜日

総領のジンロック

 さすが若社長、お飲みになるものも違いますなア。朝7時半、起床。目覚めが悪いわけではなし。朝食、K子にホタテスパゲッティを作ってやって、私はソーセージとパン。ダ・カーポからこの先一ヶ月の予定表が来る。もうゴールデンウィーク進行である。ウンザリしながらも、何かオマツリ的な気分。

 午前中、仕事している最中に、保険の外交、証券会社の御挨拶、銀行の新サービス説明など、ひっきりなし。新入社員たちの訓練期間なのであろう。甘やかすだけ甘やかされた大学生活からこうしていきなり世間の風にさらされて、あと一ト月ほどすると耐えかねて五月病になったり、引きこもりになったるする連中が出る。惑星直列だの大地震だののカタストロフ予言ものが春に多く出版されるが、これはそういう、社会不適応症者たちの、“こんな社会、滅んでしまえばいいんだ”という気持を狙ったものに相違ない。

 昼に外へ出る。こないだからヒザが痛かったが、コンドロイチンとアリナミンをのみ、駅などでも無理してどんどん階段を使ったら、いつの間にか痛みは消えていた。運動不足のせいだったのだろうか。新宿西口のレストラン街のうなぎ屋で白焼き丼なるものを食い、中央線に乗って東京駅。ヤエスブックセンターで、一万円ほど買い物をする。

 帰って、今日の対談の前調べ。トンデモ本を十冊ほど推薦してほしいということであったので、秋山眞人氏のもの、ラエリアン・ムーブメントのもの、太田龍氏のものなどを揃えて、また外出。青山の『宣伝会議』。私が学生時代の青山ってのは古い家が多くてそんなスカしたところではなかったが、路地に入って思わず“うひゃー”と声をあげてしまうほどおしゃれな感じになっている。道順を電話で聞いたときに、むこうが“おそば屋と文房具屋の間の道を入っていって”と言うので、普通のソバ屋と文房具屋を想像していたのだが、ソバ屋は大きな民芸風の屋根をつけた立派な店、文房具屋はイタリアン・デザインのオフィスグッズを展示してあるファンシーショップであった。宣伝会議の社屋も、出版社とは思えない、思いきりおしゃれな作りで、編集者たちも、ホン屋というよりはブティックの店員みたい。私も対談相手の三遊亭新潟さん(誰か対談相手をご指名くださいというので、真打昇進が間近いこともあり、新潟さんをお願いした)も、本の入った紙袋や大きなカバンを持っており、さっき田舎から上野駅についてここまで来ました、という感じ。

 編集長の花田紀凱氏がわざわざ出てきて、名刺交換。“単行本の件でちょっと御協力いただきたいこともありますので、また改めて”と挨拶されて恐縮をする。当たり前だがテレビで見るのと同じ顔。会社の会議室が特別講習会でふさがっているというので、近くのカバン屋さん(おしゃれな輸入ハンドバッグの店だが、要はカバン屋)の二階の、極めてスカした感じの、店員が黒人の美青年という喫茶店。落ち着かないといったらない。花田さんが何故か、“対談の席に女の子がいないと話がはずまないだろう、女性編集も連れていきなさい”と、担当のNくんに命じたので、女性の編集者が同席。そういうものですか。この人がまた、モデルみたいな女性だったが、ただわれわれの話を聞いて笑っているだけだった。

 今日は“編集者が読むべきトンデモ本”というテーマで二時間しゃべれ、と言う。まあ、しゃべるのはお互いプロなので、それからノンストップで二時間、トンデモ本ばなし。新潟さんはカンがよく、ちゃんと高座と同じテンションでギャグも飛ばしてくれて、聞いていた編集者が何回も吹き出す対談となる。もっとも、どこまで最終原稿に残るかが問題。花田さんほどの有名編集者が私を名指してくれるというのは光栄であることよ、と思いつつも、ギャグで“ガス室が、いや、これは言っちゃいけないんだった”とか、“編集長はユダヤにはお詳しいと思います、強制講習受けさせられたんだから”とかいう話題を口走ってしまうわが裏的なカルマというものにいささか自分で呆れる(笑)。

 なんとか編集者とトンデモ本の関係についてコジつけ、まとまったところで8時。東急ストアの前でK子と待ち合わせることに携帯で連絡。店を出るとき、黒人の美青年が“東急すとあノ場所、ワカリマスカ?”と、こちらをロコツな田舎者扱いしたのに苦笑。三人でキラー通り歩き、神宮前の『廡瑠呶津倶』(ブルドッグと読む)という創作料理の店。客がもう、露骨に青山している。出てくる料理はお好み焼きとかコロッケとか大衆的なのだが。馬鹿にしていたが、案外にうまいのには驚いた。

 新潟さん、真打昇進のことをフッても、あまり浮かない顔をしているので、どうしたんです、と訊くと、師匠の圓丈から貰った名前が“三遊亭白鳥”というユニークなものだそうで、どうにもユーウツだという。新潟に白鳥、では渡り鳥友の会にでも後援になってもらわねばなるまい。“師匠の言うことには逆らえませんから”というので、“だって、圓丈さんの書いた『御乱心』に、真打になるとき、圓生が決めた「圓平」「圓左衛門」を嫌がって圓丈にしてもらったというエピソードがあるじゃないですか”と言うと、“エーッ、そんなこと、書いてましたっけ? ちぇーっ、そうだったのかあ”と嘆く。白鳥、ねえ。新潟さんの年代では、圓丈さんの『ぺたりこん』も『グリコ少年』も、リアルタイムでは聞いていないそうだ。そんな昔の話だったか。

 それから、木久蔵師匠の話、快楽亭の話など、いろいろ聞いて、大変に勉強になる(裏モノ的に)。紹興酒などおかわりして、10時過ぎ、お開き。もちろんこちらがおごったが、お値段、料理の内容に比してかなり割高。まあ、“青山代”というやつだろうか。帰宅したら、某編集部から、個人情報保護法案反対のFAXが来ていた。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa