裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

29日

水曜日

ぱんでミク

初音ミクのブレイクはまさに汎世界的流行!

※トツゲキ稽古

朝8時起床。
ゆうべよく休んだせいか体調よし。
中丸忠雄氏追悼文を日記に書いてアップ。

朝食、如例。服薬いろいろ。
昔に比べれば薬をのまなくなった。
以前は漢方薬などを四、五種類も服用していたものだ。
まあ、この年まで大病もせずやってこられたのはそのせいかも
しれない。

今回のインフルエンザ、メキシコでしか死者が(今のところ)
出ていないというのがかなりミステリーっぽくて気になる。
『推理する医学』の出番かな、という気もする。
そう言えば中丸忠雄氏の奥様である薫氏は、ベンジャミン・フルフォード
との対談集を出しているが、そのフルフォード氏、今回のインフルエンザ
は生物兵器だ、と主張しているようで、そのサイトを見ると
トンデモぶりが最近一層際立ってきているようだ。
http://benjaminfulford.typepad.com/benjaminfulford/
↑“中国で女性が屠殺されその肉が売られている”なんて記事、本当に
ひどい。さすがのフルフォードも
「もしかしたらこのような情報や写真が米国当局の悪質な
対中国プロパガンダである可能性もある」
と予防線を張っているが……。

溜まっていた日記を書き、原稿用メモを作る。
米グーグルの書籍検索サービス関連の通知が十社近くから
来ている。全米の図書館などに収納されている本をグーグルが
DB化してネットで閲覧可能とすることにアメリカの作家組合が訴訟を
起したがこれが和解してしまった。この和解に反対するなら
5月5日までに急いでせよ(後で延びた)ということだが、
調べてみると、これにより著作が全く無料で勝手に閲覧されるわけでは
なく、絶版または市販されていない書籍の全文閲覧であり、
書籍の使用により得た全収益の63%は著作権者に支払われる、
ということである。

今のように絶版・品切れが頻繁な日本の出版事情の中では、
作家にとり(支払いがきちんとなされれば、だが)むしろ有利とも言える。
さらに言えば、モンティ・パイソンのように、無料でコンテンツを
YouTubeに提供し、そこからアマゾンにリンクを張った結果、
ソフトの売り上げが激増したという例もある。
時代はもはや、ネットとの共存、しかも上手くネットでの情報を
コントロールしながら利益をこちらに還元させる方法の模索を必要と
しているのではないか?

問題はアメリカの図書館でこれが日本の作家の頭越しに行われることで
あろうし、確かにこれは問題であると思うが、しかし、
もう15年も前からこの危険性はネットでいろいろ言われてきて、
これこそが21世紀の出版のありかた、という作家側からの意見すら
あった。ペンクラブも文芸家協会も、それから今まで何もしておらず、
今になって文句を言うというのも、やや無為無策に過ぎるような気が
しないでもない。

昼は弁当、茄子の炒め物が大変おいしい。
6時、トツゲキ稽古、西武新宿。
京都の山田誠二さんにちょっとこちらからお願いごと、
携帯メールにて希望あるようなお返事あり。
バーバラにも頼みごと、こっちもすぐに頼もしい返事。
あまりメール頻繁だったので充電がすぐ切れてしまう。

今日の稽古、照明の小川さん久しぶり。
演出の横森さんに私のセリフひとつ、ちょっと立場にしては
弱いものあり、改訂案を出して許可もらう。
聞いていた小川さん、
「そうか、そういう役だったのか」
と。私の役どころだから、もっと怪しい役だと思っていたらしい。
内容は、当初想定していたコメディというより、かなりシリアス
になっていっている。

10時、アガって帰宅。サントクで買い物。
鶏の胸肉を蒸し焼きにして、昨日の残りのネギダレをたっぷり
かけて食べる。スターウォーズのDVD等見散らかしつつ
マッコリサワー。

スターウォーズにおけるアナキン・スカイウォーカーの、
アナキンという名前はジョージ・ルーカスが
ある人に許可をとって借りたのだそうな。
その貸し主で英国の映画監督、ケン・アナキン22日に死去、94歳。
ちなみにケンというのはケネスの略。

ルーカスは常に自分の理解者に父親像を重ね合わせようとしていた。
それは、彼の実の父、ジョージ・ルーカス・シニアが彼の映画の才能を
理解しようとせず、無理矢理家業(文房具屋)を継がせようとした体験を
持つため、愛情を感じられなくなっていたからかもしれない。

彼は映画界に理想の父親を求め、その人物の名を借りて、主人公
ルーク(ルーカスの愛称!)・スカイウォーカーの父親の名とした。
そう思えばアナキンは映画の世界にいる者にとり、理想の父親かもしれない。

苦労人で(公務員、自動車のセールスマンなど映画界に入る前に職業を
転々としている)、職人的な映画監督であり(コメディから戦争大作まで
自在に撮った)、プロデューサーとの人的関係作りもうまく(ダリル・F・
ザナックは『史上最大の作戦』を最終的にまとめてくれたことで
アナキンに絶大な信頼を寄せ、後にアナキン企画の『素晴らしき
ヒコーキ野郎』の製作に協力している)、しかしながら作家的野心も
満々(チャールトン・ヘストンと10年間、企画を温め異色作
『野生の叫び』などを撮っている)。
いわば、地味に働いてはいるが実は若者が惚れるような実力を持った、
わかってくれてるオトウサン、なのだ。

英国人らしいユーモアをどんな映画でも常に忘れず、『史上最大の作戦』
の英国軍の上陸シーンなど、ショーン・コネリーやケネス・モアなど
を使って、まるでコメディのように撮影していた。そういう、緊迫した
状況の中でのユーモア、というアナキンの資質が最もいい形で出たのが
ジェームズ・ロバートソン・ジャスティスという達者だが地味な俳優を
主役にして撮った『謎の要人悠々逃亡!』だろう。英国で秘密兵器を
開発していた科学者がドイツ軍に捕虜になるが、人を食った方法で
脱走を試みるという話だが、主人公が頭がよすぎて、収容所での
唯一の楽しみであるクロスワードパズルをあっという間に解いて
しまい、リンチされそうになるというのに笑ってしまった。

それから、単なる娯楽戦争映画のように思われている『バルジ大作戦』。
この映画、圧倒的なドイツ軍戦車部隊に対抗するのは、いずれもエリート
ならぬダメ兵士たちばかり。負傷していたり、実戦経験がないお坊ちゃん
だったり、金もうけにしか興味がないヤクザ兵だったり。それらダメ人間
たちの寄せ集め部隊が、いろいろあって協力しあい、しかも新兵器ではなく
ガソリンを詰めたドラム缶などというものでタイガー戦車を吹っ飛ばして
しまう、という、大逆転映画なのである。そこにケン・アナキンの
苦労人らしい人生観が透けてみえるだろう。

『宇宙戦艦ヤマト』第一シリーズはこの『バルジ大作戦』を
戦争描写のモデルにしている。ヤマトの乗組員たちが病人、
子供、酒飲みの医者など非・エリートの集団であるという
ところなど影響顕著だし、包囲された側が降伏勧告に
「バカめ」
と返すところ、なにより敵の名称が“ヘスラー”と“デスラー”。
最終回、一瞬にして勝利の確信が崩れ、呆然とするデスラーの顔が炎に
包まれるところなど、『バルジ大作戦』そのままなのであった。

最近の映画に最も欠乏しているのが、この、アナキンの映画にある
悠揚迫らぬユーモア精神のような気がする。
それに慣らされた若い世代はケン・アナキン映画の特長である
大らかさがわからぬようで、最近の映画サイトなどで、彼の作品を
考証がリアルでない、などと酷評をしている輩などを見かけると、
つい“嫌な時代だ”などとつぶやいてしまうのである。
よき時代によき作品を撮ることが出来た偉大な映画監督の冥福をお祈りする。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa