裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

1日

水曜日

四月問題

「このウソが受けるかどうか、私にとっては活きるか死ぬか……」

※アサツーデーケー原稿 ラジオライフ原稿

4時ころからゲホゲホ始まり、七転八倒。
断続的にだがしかし眠れるだけよくなった。
その断続的な眠りの中の夢。
『二人の主人を一度にもつと』の、裏バージョンを劇団が
演じている。
退場したキャラクターが、舞台裏で別のストーリィで
芝居を進行させている。それは全く表の芝居とは別な話なのだが、
キャラクターと、舞台の出入り(表に出ているときはこっちを
引っ込んでいる)だけは完全に一致している、というもの。

4時に起きて、日記書く。金田龍之介死去の報あったので追悼。
腎不全にて死去、80歳。
もう、この人の演じた役のことならまる2日でも語り続けられるのだ。
デブで目つきが悪くて助平そうで、といった、悪役の条件を全て
満たしていたような人だった。
大河ドラマ『元禄太平記』における好色の怪僧、護持院隆光から
舞台『ピーター・パン』で榊原郁恵のピーター・パンに
「あいつの胸を切り裂け!」
と叫んでいたフック船長まで、どんな役を演じても強烈な印象を
残した。ドリフターズの人形劇ドラマ『飛べ! 孫悟空』では、
何故か吉良上野介役で(暮の放送だったので忠臣蔵ネタだった)
郷ひろみの大石とチャンバラの末、本人の名前からとった金龍
(ゴールデンドラゴン)に変身していたっけ。してみると、
金田龍之介、通称金龍はあの時代の子供にまで浸透していた
名前ということか?

思えばこの人の演技で記憶に残っている最初は1970年の
テレビドラマ『女系家族』で、うわべは老舗の呉服屋に代々
仕え忠節を誓っていながら、裏ではお店乗っ取りをたくらむ
悪番頭・大野宇市。

ラストで自分の計画がばれ、全てを失ったことを認めたあと、
“うーん”とうなって昏倒する。
死んだのか、ショックで気を失っただけか定かではないが、
子供心にその最期が怖くて仕方なかった。この役は中村鴈治郎や
山茶花究、内田朝雄、芦屋雁之助なども演じていていずれも
印象深いが(05年版の橋爪功はちょっとイメージが違い
すぎたな)、持ち役にして、二回も演じているのは金田のみ。
その相貌が、いかにも悪番頭という感じだったからだろう。

そういう悪役演技の集大成が萬屋錦之助が公儀介錯人・拝一刀を
演じた1976年のテレビ版『子連れ狼』の、終盤を引っかき
回す怪人・阿部怪異こと阿部頼母。
それまでの敵役・柳生烈堂が、いかに非情な手段を用いて
一刀親子を狙おうと、そこは同じ武士というステージにいる相手
だったが、
この阿部怪異は武士道など屁とも思っていない変態毒薬使い。
周囲の罪のない人々まで巻き込むこともまるで意に介せず、
追われれば悲鳴をあげて逃げ、快楽主義者で、命汚いこと限り
ない。こういうキャラクターは日本時代劇史上でもまず、
他にいないのではないか。その容貌は原作の劇画を描いた
小島剛夕が金田龍之介をモデルにしたというだけに、テレビでの
金田の役のはまりぶりは凄まじく、凝ったメイクに、自分の
アイデアであるという出っ歯の入れ歯を入れ(入れてたら自前の
歯がぐらぐらしてきたので、いっそのこと、と抜いてしまった
そうである)、われわれ視聴者に異様な印象を残した。

金田龍之介の凄いところは、これだけ凄まじいアクの強さを
持っていながら、役柄を固定されなかったことだ。それは、
舞台俳優として鍛えた、卓越した演技力があったからだろう。
舞台『Mr.レディMr.マダム』のアルバン役もそうだったが、
コメディも軽々とやれば、180度違った気の弱い役なども
また持ち役だった。市川崑の76年版『犬神家の一族』の、
一族の怨念などということにまるで理解がなく、連続殺人事件に
右往左往するばかりの婿養子役などもそうだし、
よかったのは73年の大河ドラマ『国盗り物語』における、
名家の末裔の故に戦国乱世に生きる能力を持たない文化人大名
土岐頼芸。国の支配をまかせていた斎藤利政(道三)にいつの
間にか国を乗っ取られ、追放の憂き目にあう。小舟に乗って、
我が身の不運を嘆きかこちている頼芸が、その舟を漕いでいる
船頭が道三(平幹二朗)であると知ったときの表情……ここで
私は、改めて金田龍之介という俳優の上手さを
思い知ったのであった。

嗚呼、これでまた、私の昭和引きこもりが加速する。
ご冥福をお祈りする、というより、私自身があっちへ行って
しまった方がもはや、早いんじゃないかとさえ思える
今日このごろ。

咳おさまり、7時に二度寝のときは
ぐっすり眠れて、9時半に起きて朝食。
バナナリンゴニンジンジュース。
携帯で食事しながら、札幌の豪貴にメール、この症状に効く
薬品を教えてもらう。

自室に戻り、アサツー原稿。
11時、書き上げて送り、さて、次のラジオライフ原稿にかかる。
資料が段ボールの山の中なので憂鬱だったが、たまたま書棚に、
次点ではあるが仕えそうなもの何冊か発見。
午前中はこれらをチェックしてすぎる。

カツ弁当食ってさて、原稿書き。
11枚、なかなか書き上げるのに時間がかかる。
息苦しさ、仕事していたら回復。
ストレッチもやってみるが息切れせず。
おお、と思う。

アスペクトK瀬氏からメール、やりとり数回。
新刊のスタッフのギャラ配分のこと。とにかく、この本は
それ以降の本のボトルネックであり、何はともあれ通すことが
大切。そういう観点で、全部OKを出す。
その他、問い合わせいくつか。
あちこちにメールして確認とり、返信。

5時半、やっと書き上げる。ふう。
資料本、再読だが最初に読んだときは読み流してしまっていた。
じっくり読むと面白い。資料を離れてもう一度読んでみることにする。
某所から某氏の訃報。話したことは数回しかないが。
そう、訃報と言えば一日のうちにさらに、大木実氏の死去の報も
あった。85歳。

もとは日活撮影所の照明助手から映画界入り。
潮健児氏によると照明助手時代からいい男で有名で、
「俳優より二枚目だな」
と評判だったとか。その後デビュー、時代劇を中心にしてはいたが
現代劇もミステリから青春ものまで、実に幅広く活躍した。
また、この時期は歌手としても活躍し、30枚以上のシングルを
リリースしている。

だが、何と言っても私にとってのこの人は明智小五郎役者として、
井上梅次の『黒蜥蜴』と、石井輝男の『恐怖奇形人間』の二本に
出ている、というだけで、日本カルト俳優名鑑に迎え入れるべき人。
映画としてのカルトさは『奇形人間』の方が上だろうが、演技と
してのカルトさは『黒蜥蜴』の方が上で、そのキザなセリフ回しで
「やあ、まったく殺伐な世の中になりました……同じ犯罪にしても
もっと夢があり、美しさがあっていいはずですがね」
などと、”カメラ(観客)に向かって語りかける“というぶっ翔んだ
演出が凄かった。

さらに言えば、東映の山田風太郎映画の常連であり、『くのいち忍法』
では忍者鼓隼人、『忍法忠臣蔵』では大石内蔵助、『忍びの卍』では
柳生但馬守を演じていた。ちなみに、原作中での鼓隼人の容貌の描写は
”凄みのある男前”。大木実が演じることを前提としていたかのようでは
ないか。

その後、年齢と共に大木実は渋味のある脇役に回っていき、
数多くの仁侠映画で、主人公の脇について、最後には一緒に殴り込み
に行く言葉少なだが頼りになる協力者、あるいは義理を守って
命を失う老仁侠を演じ続けた。不思議なもので、そうなると、
その表情には頑固一徹といった風格がにじみ、かつてカルト映画の
常連だったという面影などどこにも感じられなくなった。

さらに老人になって、今度はテレビのドラマでいいお爺ちゃんを
演じるようになった。これがまた、決まっていたんですねえ。
これほど、映画人生でその役柄を変化させ、どのどこにおいてもピッタリと
はまっていた俳優はいなかった。その俳優人生が、自分で選んだもので
なかったというところが面白い。

嗚呼、二人の名優が亡くなったこの日。
今夜は追悼で『華麗なる一族』『黒蜥蜴』でも見ようかなあ……。

7時、サントクに買い物に出ようと思ったら、外は雷を伴う大雨。
一番ひどい時に出てしまったな、と思いつつ路地を歩いていたら、
母に会った。例の某氏の葬儀から帰宅したところだとか。
私も行かなければいけないだろうと言うと、いいよお前は、と言う。
母は何故か、葬式だの結婚式だのに私が出ようとすると、
いいわよいいわよと止める癖あり。昔からそうだったので、
私は長男なのに親戚や父の知り合いの顔をほとんど知らない。
それにしても、会話をお互い大声で叫び合わねばならないほど雨足
が強い。

サントクで買い物、出たときにはもう雨はほぼ、上がっていた。
帰宅して、メールやりとり。それにしても、一日のうちに
金田龍之介、大木実と時代劇ドラマに欠かせなかった俳優が
二人も亡くなるとは。

夜食作り。ソラマメが旬なので、これを茹でてホタルイカと
合わせ、サラダ風に。彩りよく、大変にきれい。
味は……おいしいが、あとひとつ、工夫の余地あり。
それから、サクラエビのおろし合えなど。

DVDで、大木実追悼に『黒蜥蜴』、金田龍之介追悼に
『華麗なる一族』を見る。……京マチ子特集になってしまった。
どちらも、特に『華麗なる一族』での金田龍之介の出演はほんの
数分のものなので、そこだけ見ようとして、つい、全部見てしまう。
結果、就寝が3時!

*写真はソラマメとホタルイカのサラダ。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa