15日
土曜日
カモノハシ、不可もなし
鳥類としても、哺乳類としても。
※銀色金魚公演鑑賞。
朝8時起床。
この数日、朝涼しく熟睡できて気分よし。
しかし今日は涼しかったのは朝のほんの一時間ほどで、
それから急に蒸っとする暑さに。
まあ、暑さといっても盛夏のときに比べれば
全く大したことないのだが、秋用に調整し終っている
肉体(ことに内蔵)には負担大で、
胃腸の具合は悪いは、脂汗は流れるは。
原稿関連でユダヤのことを調べているので、
つい、YouTubeでもユダヤがらみのものを探す。
ユダヤ人専門のSNS『koolanoo』から配信されているアニメ
http://www.youtube.com/watch?v=OJPjTfBpoiA&mode=related&search=
↑『ジューイッシュ・ニンジャ』。わかったようなわからないような。
koolanooのCMもいくつか探したが、何故かエッチっぽい
のが多い。
http://www.youtube.com/watch?v=W48pbZ-4sAk&mode=related&search=
↑とか、
http://www.youtube.com/watch?v=4zIbaH0I9RQ&mode=related&search=
↑とか。
そうこうする間に昼になる。
まだ腹具合いまいちだが空腹にはなる。
ユダヤっぽいものを食べよう、と思いたち、サントクに
行ってライ麦パンとパストラミ、それにガーキンのディルピクルス
を買ってきて、サンドイッチを作って食べる。
飲み物はドクター・ペッパー(これも最近、ユダヤ教の教えに
乗っ取った正式なコーシャ・フードと認められた)。
なかなか美味い。
明日のと学会会合のための準備と、秋のイベント用の
連絡いくつか。
何の気なしに買った本をパラパラ読んでいたら、例会で
発表できそうなネタが見つかる。
これも十五年来の不可思議なる現象。
脂汗、はなはだし。暑いばかりでない、やはり不調なので
あろう。べとつき方が普通でない。何遍もシャワーを
浴びる。襟足のところの汗腺から、首筋にかけてツーと
汗が流れ落ちる感じ、不快この上なし。
5時半、新宿にタクシーで出て、そこから都営大江戸線で
清澄白河まで。『コムテツ』で舞台を一緒にした
原田明希子さんの劇団『銀色金魚』秋季公演。
劇場でなく、清澄庭園の離れ“涼亭”を使って公演するという
試み。庭園入り口のところで劇団の座長の賀茂咲子さんが
和服姿で案内をしていた。
彼女の案内で涼亭へ。
涼亭は岩崎弥太郎の邸宅だったもので、現在は茶席などに使われて
いるそうだが、演劇に使われたのは初めてだそうだ。
座布団にみんな座り(私は足のこともあり、後ろの方にしつらえられた
和室用椅子に座らせてもらう。座敷の半分が舞台になるという趣向。
タイトルが『人間が虎になった小説を書いたよ』であることで
予想はつくが、中島敦の物語。しかし、前回のここの芝居が
チャンバラありギャグありのバラエティだったので
それを頭に置いていたら、まったく路線の違う、しみじみした
ドラマだった。『山月記』『悟浄歎異』など中島の作品の朗読と、
小説家としての夢を抱きつつ体を病にむしばまれていく中島自身の
物語を描いていく。こう言ってはなんだが、予想外にすばらしい
出来の舞台だった。
涼亭がそのまま中島の家となり、話が進んでいくが、照明も音楽も
使わない(使えない)ために、非常に静かなイメージの
話になっている。
先輩作家の深田久弥がギャグ担当なのだろうが、
ギャグというわけではなく三枚目というくらい。
敦のデビューから死までを描いていても、湿っぽくなく、
淡々と描かれているところが好感でもあり、演劇としては少し
ストレートすぎりような感じもあり(NHKのドラマのようだった)。
座長の賀茂さんは“虎”という役名で、山月記のあの虎なのだが、
あまり話の中に加わってこない。敦の内面などをも少し
深く掘り下げるのに、リアリズムを離れた演劇的工夫があれば、
さらに独自の中島敦像が描けたように思う。
原田さんは敦の妻・たか役。和服がとても似合っていたが
受けの芝居が多く、彼女独特の思いきりのいい演技での見せ所が
もう少し観たかった。
敦役の澤木正幸が頼りなげながら文学への熱い思いを抱いている
若き作家志望者を演じて印象的、澤田役の三井俊明は達者だなあ、という
感じ。他の女性たちはみな自然体の演技でいい。
終わって庭園の入り口に戻り、出演者を待つが、ふと気がつくと
携帯がない。入り口で電源をお切りくださいと言われて切った
ところまでは覚えているので、ここと涼亭との間で落としたとしか
考えられない。しかしもう夜も更けていて(8時)、果たして
見つかるかどうか不明。
もし見つからなかったら、仕事や旅行の連絡はおろか、
明日の朝食時間の連絡からして滞る。
ああ、あまりに携帯に頼りすぎて生きていたなあ、と
反省しきりになったがいまさらそんなことを反省しても
センがない。頭がそれでいっぱいになった。
原田さんが見えたので、まずは芝居の感想を述べ、
携帯がなくなったことを伝えると、すぐ涼亭の方へ走ってくれた。
こういう場合はまず、見つからないんだよなあ、と半ばあきらめて
いたのだが、程も無く戻ってきた彼女の手には私の携帯が。
いやあ、ホッとしたどころではなかった。
辞去して大江戸線で新宿、タクシーで新中野。
途中で胃の不快がかなりのものになったので、カバンの中に
用意していた黒丸胃腸剤を車中でのみ、家でビオフェルミンをのむ。
夕食も食欲がなかったので豆腐とごぼうサラダなど買って、
冷奴でビール缶小一本。クスリのせいかビールのせいか
飲んでいると胃の調子がよくなってきたので、
さらに日本酒イッパイ。ダメではないか。
007のメイキングビデオを見る。
『ロシアより愛をこめて』の、あの絶妙なオープニングから
続くシーンのつなぎはすべて、脚本の書き直し、ロケでの
アクシデントにより撮影が間に合わず、予定が狂いに狂った上で
「なんとかしろ」
とまかされた編集のピーター・ハントの手柄であったことを
知って驚く。その編集、大胆なシーンの入れ替え・つなぎ直しはもとより、
逆回し、合成、ありとあらゆるテクニックの集大成により
あの名作・名シーンは作られたのだなあ、とわかって感慨多々。
一例をあげれば、闘魚の水槽に歩み寄るローザ・クレッブは
そこから離れるシーンを逆回しにして編集したものなのだとか。
つまり、クレッブは全く同じ動作で水槽に近寄り、また
離れるのだが、見ているこっちは言われないと全くわからない。
あと、例のオリエント急行内でのボンドとグラントの死闘も、
列車の音を入れて緊迫感を出すために、窓ガラスを割るシーンを
追加撮影、その窓ガラスに二人の姿を映し込ませてつながりを
つけたり、まったく編集の手腕であそこまでの映画史に残る
シーンになったのだということがわかって感動。
後にボンド映画の監督になるジョン・グレン(編集助手)が
ハントを神の如く尊敬していたのもよくわかる編集マジックで
あった。同じく収録されていたハリー・サルツマンの
エピソードも興味深い。ビジネスマンのブロッコリと対照的な
ロマンチストでショーマンの“映画人”であったようだ。
明日のことを考え、1時、就寝。