裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

23日

水曜日

ヤマンバのマナー

人ごみの中でヘアスプレーを使うな。

寝る前に見た『フランケンシュタインの花嫁』の影響顕著に、フランケンシュタイン映画のフィルムを地方に持って回り(『ミツバチのささやき』だね)、上映してその後で怪奇映画について講演して、それで生活をするうらぶれた文化人になる夢を見る。最近講演仕事が多い反動か。もっとも、事務所はちゃんと機能していて、うらぶれた風を
装うのも演出だったりする。

朝8時起床、風邪グスリのおかげでノドはまず痛みもなく落ち着いているものの、頭がボーッとしている。入浴、9時朝食。ホワイトアスパラガスのスープ、梨(たぶん幸水)。

午前中は頭ボーッとして仕事にならず。日記つけ、メールなど。
仕事、スケジュール面から見ると極めて順調だが、この中に“次のステップにつながる仕事がどれだけあるか”を見極めないといけない。力の配分を間違うと無駄骨を折るばかりになる。目の前に何かやることがあると、それを片づけているだけで人間は妙な充実感を感じてしまうものだ。目の前のことを一生懸命やっているあいだは将来への不安も感じないですむ。そういう不安のある人間ほど、デスクの上にやることを山積させようとする。私も都落ちしていた頃、今日は雑務仕事がいっぱいあるぞ、と思うとそれなりによーし、と張り切り、片づけ終ったときには何か“義務を果たした”という充足感にとらわれて
いたものだ。

人間、簡単に偽の充実感に満足してしまうものだとその時知った。ある時、これではいかん、と思い、自分の今の立ち位置をメモに抜き書きして、いかに今の自分が情けない、ダメな状況にあるか、ということを日々確認の上、
「では、どうすればいいのか」
を必死で考えた。若いから出来た荒療治だと思うが、あれがなければいまでも片田舎で事務仕事をやっていたかもしれない。今の自分も基準から言えばまだ情けない立場であることは確かだと思うが、ハッキリシッカリそれを見据えるのはちょっと怖い。とはいえ、同業他者に比べればよく見ている方だ、くらいのうぬぼれはあるのだが。

弁当使い(ステーキ弁当)、シャワー浴びて、自宅で原稿書こうと思ったが資料ナシ。やはり事務所へ出ないとダメ。タクシーで出勤。
オノと打ち合わせ。

原稿書き、次の打ち合わせまで1時間あるから書き上げられるだろうと思ってやりはじめたが2/3くらいで時間切れ。ワレ老イタリナ、と天を仰ぐが考えてみれば規定枚数は7枚半、こりゃどうしたって2時間仕事。

東武ホテルロビーにて週刊現代インタビュー。答えるうちに楽しくなってしまい、30分くらいという予定が1時間半。事務所に帰ったのが5時半。今日は新宿で橋沢進一さんが出演する『みやこ旅館』が7時開演。残り枚数3枚を30分でヤッツケル。
書いて担当NさんとイラストのK子にメール、さらに資料の引用部分をコピーして編集部にFAX。

かたずけて事務所を出、会場の全労済ホール『スペース・ゼロ』に到着したのが6時45分。能率がいいというか綱渡りというか。
この『スペース・ゼロ』のある全労済ホール、地下のギャラリーを結婚当初はよく借りて、レディースやホラー系の作家さんたちの集まりに使っていた。あの頃は若かったなあ、金もなかったなあ。

終演までに小腹が空いてはいけないと思い、その、昔ギャラリーで会をやっていた頃から気になっていた『黒うどん』という看板のかかった店に入り、味噌煮込みうどんを頼んでみる。食べてみると、固く太い田舎うどんで、あまりの固さに啜りこむこともできない。一本々々つまんでむしゃむしゃ、にちゃにちゃとかみ砕いて嚥下する。まあ、好奇心が満足されただけでよしとするか。

やがて開演、花が届けられているのを確認。何かこういうところに飾られるデザインとは思えないようなもの。客席に松ちゃん、モヤシくん、白夜Tさんなどの顔。開田さん夫妻も。400席はあるかという広いホール(床に列ナンバーが書いてあるのはいいアイデア!)が、
ほぼ9分の入り。大したものだと思う。

で、芝居『みやこ旅館』。明治時代からの老舗で、あの夏目漱石が滞在して小説を執筆したという伝統ある宿ながら、地の利が悪いのと、リニューアルしていないので古びすぎているという理由で最近宿泊客がガタ落ちの温泉旅館が舞台。三人兄妹の次女が女将になり、長男が経営を切り盛りしているが長女は旅館務めを嫌って東京へ出ていってしまっている。ここに長期滞在している怪しい客がいるのだが、それがベストセラー作家の沢登珂周(枝豆)である、ということがわかり、長男の公昭(橋沢)はこれはウリになる、と大喜び。しかし、次女はどうも怪しい、と油断していない。そうこうすうるうち、普段は暇なはずのこの旅館に、いずれもひとくせありそうな客たちが何故か集まってくる。そして、そのさなかに、旅館の宝である、漱石自筆の書の額が紛失した……。

まず、セットが凄い。このスペース・ゼロのステージの幅10間(約18.2メートル)全てを使った広いステージいっぱいに作られた、二階建てのセットがこちらの度肝を抜く。よほど作りがしっかりしているのか、二階との間を登場人物たちが上り下りして、全くきしまない。傾いた旅館、というにはちょっと立派すぎるかなと思うところだが、そこが芝居のウソで、ここで貧乏臭いセットを組んだら、芝居自体が貧乏臭くなってしまうだろう。

驚いたことに、後で橋沢さんに聞いたら、このセットは美術の福島さんという人が1人で、たった3時間で作ったものだとか。
「天才だね」
と橋沢さんも言っていた。

そして、脚本の妙。24人に及ぶ登場人物たちが入れ替わり立ち替わり登場して、またそれぞれがそれぞれの事情というかトラブルを抱えており、それらが複雑かつ細緻にからみあって進行していく。こんがらかっちゃわないか、心配だったのだが、その整理が脚本上できちんと成されており、演出がまたそこらをスッキリわかりやすくさせており、狂言回しで状況を説明する役の旅館サイドの主人である橋沢さんと賀屋直子さんの演技の確かさもあり、ちゃんと理解した上で観客は舞台上の混乱を楽しむことが出来る。役としてもう少し練り込んだり
見せ場を作った方がいいな、という人は数人いたが、しかしここまで完成形にした腕は大したもの。

館長(と、この劇団では言う)の枝豆さんはあえて中心でない役で、プロデュースに徹しているという感じ。役者では、イケメンの後輩を連れてやってきた泊り客(最初は地味な役に見えて、実は……)を演じた馬場巧という人が抜群に達者。なんでもないセリフがいちいち決まる。イケメン後輩の斉藤佑樹もいいし、女性編集者のらん丸という女優さんも、
「あ、いるいる、こういう女性編集」
と顔で思えるのは今回の女性キャストで彼女ひとり、というのがキャスティングの見事さの証明。志らくさんのところの劇団もそうだが、お笑い系の人がやる劇団はとにかく、キャスティングが見事なところが多い。“初見の印象が人間は8割”ということがよくわかっている
からではないか、と思うのだが。

そして……うーむ、これは大きな私事になってしまうが、家を出て、いろいろな問題事件を抱え込んで何故か帰ってきた長女・澄江役の大友恵理という女優さん。この人の存在が何か気になるというか、セリフや、発する笑い声、驚いたときの声などに、やたらなデジャブを感じてしまい、何故なのか? といぶかしく思って、一瞬後に気がついてアッとのけぞった。
おぐりゆかとウリ二つ、なのである。
いや、年齢は大友さんの方がやや高いだろうし、演技もきちんとしていて、あのような八方破れ的なところはない。しかし、体型といい、目鼻立ちの大きいところといい、喜怒哀楽の表現がどれも大きくて思いきりがよく、オーバーアクトすれすれのところといい、周囲が一生懸命やっている中で1人、ガラッパチに場をひっかき回して最後においしいとこどりが出来る個性といい、まるでおぐりの芝居にそのままで、ドッペルゲンガーかこれは、というほどの思いで、彼女が登場してくるたびに、そこから目が離せなくなってしまった。私1人の妄想ではない。ハネ後に開田さん夫妻に
「あの、長女をやった女優さんがね……」
と言ったら、
「似てたよねえ! 見ていてドキドキしちゃった!」
と夫妻ともども驚いていた。訊いたら枝豆さんの一番のお気に入り女優で、
「唐沢さんも気に入ってくれましたか。何故か彼女、業界人受けするんですよねえ」
とのことだった。そこまで相似である。

終って、モヤシくんのお母さんに紹介される。若い! 49歳だそうで、かろうじて一つ上。しかし、今後は“お母さん”というイメージもどんどん改めていかねばならんのだろうなあ。楽屋から出てくる橋沢さんを待ち、初日おめでとうございますと述べる。
初日だけに前半、ちょっと客をつかみかねている部分はあったがそこは橋沢進一、後半からは見事に舞台全体のコンダクターとなっていって、ラスト、てっきり橋沢さんが舞台挨拶をするもの、と思い込んでいて、あ、そうか座長は枝豆さんだった、と気がついたほどだった。

松ちゃん、モヤシくんたちも一緒に、打ち上げに混ぜてもらう。枝豆さんが脇に来てくれて、いろいろと話を聞くことが出来た。
「女房と、わ、今日は雑学の先生が来てる、どうしよう、と思ってました」
とか言われるのは、テレビで俗な顔を売っている、まあ恩恵であろう。

台湾で志村けんのパチもんをやらされた話、風雲たけし城の話など、いろいろ聞いてためになった。勉強家だなあ、と思うのは、自分で劇団を作るとき、劇団四季から蜷川幸雄、それから小劇団手当たり次第、という感じで一年200本くらい見て、芝居とは、舞台とは、そこで自分がやれることは、と考えたそうである。

11時半ころ、お開き。携帯を事務所に忘れてきてしまったので、タクシーで取りに行き、そこから改めて帰宅。ホッピーなどのみつつ、mixiに『みやこ旅館』の感想をアップ。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa