裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

24日

火曜日

人生における妻帯の危機に直面

 出来ちゃったの、結婚して、と言われる悪夢。 あ、シャレで済まない友人がいるか。朝、7時50分起床。朝食、発芽玄米粥、梅干、サクランボにミルクコーヒー。梅雨らしい梅雨。こう完全に梅雨前線下に入ってしまうと、もう不調も好調もなし。服薬如例、入浴、歯磨等如例。電話、ネットで連絡数件。次の本の打ち合わせ、その次の本、それからまた次の本の打ち合わせ。仕事がこう次々入っている状況はうれしくあり、どこまで続く……という感じであり。人間、頭の中では常に、これ一発であと十年は仕事しなくていいような好機の方を夢見るものである。特にこういう天候の ときは。

 午前中は雑用でつぶれる。某仕事先のこちらの扱い、不満はあれど昨日の中野監督の記述を思えば大したこともない。昔はこんなもんじゃなかった。知り合いにも、編集さんの態度や能力に過大な期待をしている人がいたりして、不満をもらしているのに苦笑する。昔、ベテラン作家のT氏が言っていたことだが、出版業界においてはエリート編集者というのは入社時点ですでに他の編集とハッキリ区分けして教育されており、その質の差というものは歴然としているそうな。だから、質の悪い編集者がつくというのは、自分がそういう出来のいい編集者をあてがわれない程度のモノカキである、という証明であり、その悪口は結局自分の方にかえってくるもの、なのだとやら。聞いたときは感心したものだが、さて、自分の身に当てはめてその事態を想定す ると、やけに腹のたつ話でもある。

 昼は納豆と大根の味噌汁でご飯一杯。食べてすぐ講談社Web現代原稿。約10枚を3時半までかけて。それから間を置かずに扶桑社原稿ゲラチェック、さらに続けて河出書房原稿ゲラチェック。論考としては粗雑なものだが、勢いの方を大事にして、赤入れは控える。開田さんが昨日、私のまとめたインタビュー原稿を“よくここまでまとめましたね”と褒めてくれたのでやや、気をよくしている。もっとも、この人は自分が78キロにまでダイエットしたので、私も70キロを切ったというのに嫉妬し て、K子に“あれは絶対ウソですよ”とか言っているらしい。

 資料本手にしてしばらく横になる。電話で起こされる。映画関係のアンケート。どういうことを調べるのか興味持ったので、応対するが、与えられた資料を棒読みしているらしく、“えー、……あなたは、次の俳優の名前を知っていますか。えー、れ、れにい……ぜるう、ぜるうぃ……”“ああ、レニー・ゼルウィガー。『ブリジッド・ジョーンズの日記』とか『シカゴ』の女優さんですね”“あ、そうです。……次の三つの中からお答えください。1・知っている、2・聞いたことがある、3・まったく知らない……”“さっき主演映画の題名まで言ったじゃないですか!”“あ、なるほど、そうですね。じゃ、1・知っている、でよろしいですね”などと、実にのたのた している。15分ほどかけて、なんだかんだ。

 結局、このおかげで扶桑社の書き下ろし原稿(完全書き下ろしは時間がないので、以前同人誌に書いたものをリライトすることにした)の完成が遅れて、マッサージの予約ギリギリになる。図版用ブツの荷造りだけして、タクシーで新宿。サウナで体重を測ってみるに、やはり大阪で飽食したのがたたって増えていたが、それでも69・5キロと、まだかろうじて70を割っている。マッサージを受けようとしたら、先生が『Memo・男の部屋』を持ってきて、“この、コラムを書いているカラサワさんというのは、カラサワさんですか”と訊いてくる。そうです、と答えたら、やたら感激していた。血圧がどうも高めなんで肩が凝るようです、と言うと、先生も高血圧症 なのだとのこと。感激性なのも血圧のせいかな。

 出て、新宿駅西口に向かう通路の途中のコンビニで、扶桑社(の本の編プロ)に、チェック稿と図版資料を送る。マイシティ地下で買い物。ここは丸正であったか。キオスクの新聞見出しで、名古屋章氏の急死を知る。去年だったか、大阪のホテルのテレビで闘病体験の講演をしていたのを偶然見たが、喉のあたりが異様にふくれて、顔が変わってしまっていたのに驚いたものだった。死因は肺炎ということだが、身体の各部位に変調がやはりあったのではあるまいか。かなりアクの強い俳優だったと思うが、善人役が記憶に多いのは、NHK放送劇団出身という、出自の上品さからか。声優として『ロックフォード氏の事件メモ』をはじめ『真田十勇士』などで聞き慣れた人(『空飛ぶゆうれい船』の、冒頭で死んでしまう父親役が妙に印象的だった)なのだが、二代目ドン・ガバチョだけは、初代・藤村有弘の演じたあのキャラクターを人生の師とあおいでいた(まあ、それも問題かも知れないが)私にとってはどうしても納得できないものであり、聞く気になれないでいた(マンガ評論家の藤田尚氏もそうらしい)。今にしてみれば惜しいことだったかも知れない。

 9時、三笠会館。マネージャーが、こないだまでの舞の海に似た人から、女性(それも若い、美人というより可愛い、というタイプの人)に変わっていた。よろしくお願いしますと挨拶される。どうもサービススタッフが全員女性に変わったらしい。まだ慣れてないせいか、皿を忘れて走って取りにいったり、ワインをこぼしてあわてたり、こういうドタバタやってても許されるのが女性スタッフのいいところ。野菜サラダ、ガーリックのパスタ、伊勢エビのブイヤベース風。食べて帰ろうと思ったらK子が食べたりないという。私はもうある程度満腹だったので、チーズかデザートか、と言うと、メニューを見て、リゾット、と言うのに仰天する。この細い体のどこにまだそんなものが入る余地が残っているのかと呆れる。四分の一ほど私も食べるが、胃がパンパンになった。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa