裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

24日

月曜日

ゾラをこえて

『鉄腕アトム』は『居酒屋』や『ナナ』を超越して人間を描いていますよ! 朝、6時に起床。両方の二の腕が、凝るというよりは痛むくらいにダルい。最近、酒のあしたはいつもこうである。最初のうちは、酔って突っころんだかして、そのせいで痛むのかな、と思っていたが、そうでもないらしい。血行のせいか。起きてしばらくする と痛みもダルさも消えるのだが。

 7時半、再度起床。その間に、とりとめのない夢をやたら立て続けに見た。中でも一番凄いスケールのものは、ドーバー海峡に巨大なる機械仕掛けの伸張式の鉄橋がかかっているという夢。しかも現代ではなく、十九世紀という時代設定である。海峡の波を蹴立てて消防車の梯子式に延びて行き、対岸に向かう。まだ実験段階なので、その先頭の部分に、オリバー・リードみたいな顔をした、山高帽にコート、ステッキ姿の発明者(であろう)英国人が助手と二人で立っているだけなのだが、その姿が非常にカッコよかった。で、対岸の方には鉄骨造りの、これまた巨大な建造物があり、そこで橋が向こうから延びてきて接岸するとガラン、ガランと合図に巨大な鐘が鳴る。その鐘を鳴らす仕掛けの上になぜか私はいて、仕掛けが大揺れに揺れるので、振り落とされやしないかとヒヤヒヤしていた。……この橋の仕掛けは、ゆうべのZホールの客席が、スイッチひとつで畳まれて壁の中に収納される、あの仕掛けを見て感心したのが夢の中に出てきたのである。こうまで、前日の記憶がはっきりアレンジされたと わかる夢の例も珍しい。

 シャワーを浴び、ひげ剃りなどして、一階のレストランで朝食。今朝はコンチネンタル式にクロワッサンとミルクコーヒー。軽くオーブンレンジで温め、たっぷりのママレードと一緒に食べると、大変おいしい。ここのパンは実際うまいらしく、外人女性がおかわりして食べていた。もっとも、ミルクコーヒーではなく、味噌汁とという きびのわるい取り合わせだったけれど。

 荷物をまとめて宅急便で家に送る。そんな重さではないが、今日はただ帰京するだけでなく、羽田空港で少し取材仕事をしようと思っているので、身を出来るだけ軽くしていたい。カメラひとつ持って、地下鉄で空港へ。オミヤゲ品を見て回るが、もう売場中が明太子だらけのようなありさまである。ヘンゼルとグレーテルが明太子で出来た家にまぎれこむ話とかが頭に浮かぶ。空港だけでこうなのだから、博多中、日本中の明太子を集めるといったいどれくらいの量になるのか、よくこれだけ卵をとられてスケソウダラというのは絶滅しないものだ、逆に、明太子をもし人間が食っていなかったら、あるいは海はスケソウダラでいっぱいになってしまうのではないか、などとトリトメもなく考える。まあ、いまさら浜松町ですら売っている明太子でもないしなあ、と思っていたら、鯨製品(軟骨の粕漬け、魚肉ソーセージ、大和煮など)が並べてある一角があったのに気がつき、いくつか買い込む。空港の書店では、安達瑤さんの『ざ・れいぷ』が平積み(しかも二山)されていた。うらやましい。

 機内で朝日文庫『日本社会で生きるということ』(阿部謹也)を読む。この人の中世ヨーロッパ史、もっとはっきり言えば中世ヨーロッパ異界史は大好きで、歴史というものが現在の常識の上に成り立っているものではない、と教えられた『ハーメルンの笛吹き男』などは高校生のとき読んでゾクゾクするような知的興奮を覚えたものだが、その人にして、日本の“世間”を語らせると、まあ講演集ということもあるだろうが、どうもパッとしない。多々、示される西欧中世のエピソード(花嫁を抱き上げて家に入る意味、とか)と日本の世間や差別への言及が有機的につながっていない感がある。もう少し“補助線”としての西欧中世を活かしてくれないかと、研修会とかの聴衆はともかく、阿部ファンの読者としては期待してしまうのである。それに、実際の講演記録なのだから、と手を加えることをためらったのかも知れないが、講演と本はおのずとその性格(一回性と反復性)が異なるものだ。夫婦茶碗をドイツの夫婦に送った話とか、などが、別の本ならともかく、一冊の中で繰り返されるのはちょっとどうか。しかし、通読しての感想はやはり面白い。殊にそれほど力点を置かずに出てきた文章ではあったが、被差別問題が主要テーマのこの本で“国民皆兵が差別をなくした”という視点が示されたのには膝を打つ思いであった。一番笑ったのは、ある作家に聞いた話だそうだが、あるアメリカ人の宣教師の家庭で、たまに夫婦喧嘩をすると、“奥さんがグランドピアノを持ち上げて投げる”という話。欧米人が、表向きの理性と、その裏にあるデモーニッシュなものの二面性のもとで生きている、という 例としての話だが、一般性には欠ける例のような気が。

 隣りにえらい美青年(今風のイケメンでなく、ギリシア彫刻みたいな整った顔)が座ったので、へえ、とまじまじ見つめてしまった。もっとも、やたらあくびを連発したり、鼻をすすったり。自分が美形と少しでも意識してたらこういう真似はしないと思うが、今時はこのテの顔はもてはやされないんだろう。12時45分、15分遅れで着。快晴だった博多とはうってかわった氷雨もよい。しばらく空港取材で写真を取りまくる。以前は展望デッキにあって参拝客も多かった羽田航空神社、移転後はなんとトイレ脇の通路を通っていかねばならぬ片隅においやられていた。かつて(戦後)の迷信追放運動時代ならともかく、今だったら、むしろこの神社を待ち合わせ場所などとして大いに利用し、ロビー中央にデンと据えた方が絶対、日本の空港として世界 の人気を呼ぶと思うのだが。私がデザイナーなら、そうする。

 昼食も取材をかねて、以前母を見送ったときに入って、ネタのよさに驚いた『寿司田』。生ちらしの松(2000円)を頼んだが、二段重ねで、上のネタで酒を、下のちらし寿司で飯を、と食いわけが出来る。ことに寿司飯は、ガリとカンピョウのみじん切りを混ぜ、上にピンクのあられでんぶと、煮染めたシイタケが乗せられた、江戸前のもの。隣の親子連れ(初老夫婦と大学生くらいの娘)の、母親がネタに感動し、はしゃいだ感じであなご塩焼き、イカの耳のおつまみなどを次々注文していた。板前さんが若い美男であったせいかもしれない。ネタがいいのはなにしろ羽田沖の寿司屋なのだから考えれば当然として、板さんがきちんと飲み物の残りやおしぼりの手配に 目をくばっているのに感心した。

 モノレールで浜松町まで。JRで帰宅。ふう、と息をつく間もなく、河出『文藝』のインタビュー原稿ゲラに赤チェックを入れ、開設された『と学会年鑑』の新刊用のネタ出しMLに挙げられた私のネタについて、どれを取り上げどれを落とすか等の意見を書きこむ。閉じられていたアンテナがいきなり全開となった感じ。クール宅急便が届くが、未知の人名なので首をひねっていたら、氷川竜介さんご夫妻から、こないだの旅行でお世話になった御礼とのメール。恐縮。こういう社会常識に関しては、やはりサラリーマン経験者にはかなわない。私たち夫婦は自由業しか経験していないぶ ん、まったくのゾロッペエである。

 と学会MLで、太平洋中部にある歴とした独立国、ナウル共和国が国家ごと“音信不通”になった、という記事。ナウルという国は“世界一知られていない国の一つ”と記事に書かれているが、われわれ一行知識マニアには、“海鳥の糞が固まって出来た島で、この糞が良質な燐肥料となり、それを掘って売るだけで金になるので、国民は誰も働こうとせず、税金もない”奇国、として有名だった。この世の天国、みたいに思っていたのだが、何か暴動のようなものが起こり、大統領公邸が焼け落ちたとの情報、しかしたった一本の国際電話が不通になって、まったく情報がないという。むしろ南洋奇譚的なロマンである。
http://news.msn.co.jp/articles/snews.asp?w=391111

 8時半、下北沢『虎の子』。氷雨がみぞれに変わる悪天候で、お客がほとんどおらず独占状態。クジラ粕漬けとソーセージをおみやげに。K子がわざわざモバイルを持ち込んで、面白いものを見せるというので、ナニカと思ったら、アメリカのものだろうが、全裸の芸人がピアノの鍵盤を描いたタレ幕(腰のあたりの高さで横に張り渡されている)を、ナニを自在に立たせたり寝かせたりして“弾いていく”というアホなもの。キミさんは呆れ、店員の男の子は爆笑していた。常夜鍋、ホウレンソウが甘味の強い、ちりめんになったものを使っていて、食べごたえがあった。高育54号と牧 水を少し過ごす。

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