裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

22日

土曜日

一行地磁気

・地磁気は北から南に向かって流れるので、北枕にして寝ると頭から足に磁気が抜けて健康にいい(トンデモ)。朝、5時に目が覚めてしまい、寝床で野口晴哉『風邪の効用』を読む。奇書。7時半に起きて、朝食。パスタ茹でて小皿で。果物はブドウ。 インタビュー関連のスケジュールチェック。

 田中真理のことを日記に書くのに、彼女のロマンポルノ裁判関係の記事が載っているプロレス新聞『ファイト』の73年ごろの合本を読む。『ゴジラ対メガロ』公開の年だが、春休み公開の映画特集記事が載っていて、東宝の『パンダコパンダ 雨ふりサーカス』、東映の『パンダの大冒険』が、“時流にタイミングを合わせたパンダの競作も今回の見物”と紹介されている。驚くのはこの記事の筆者は“作品の質は、動画の伝統がある東映の方が上”と『パンダの大冒険』に軍配をあげ、“ディズニー漫画に負けぬ色彩の鮮やかさと動きの細かさ。その点、東宝は時間も30分もので東映の60分という制作体制とは違っているし、大人が見れば弱くなっているといえる”と、どこを見てるんだと今から思うと言いたくなる裁定(このあたりから東映は動画部門を縮小し、かつての東映動画を知る者にとっては無惨な出来になっていた)を下している。しかし、これは『パンダの大冒険』が、東映動画作品の伝統の、少年の冒険成長ドラマ(熊の国の王子として生まれた主人公のロンロンが、王国をねらう悪熊デモンと戦ってこれを倒す。パンダが熊の国の王子、ねえ)であり、子供向けとはいえきちんとしたストーリィを描いていることへの、“大人の”記者(当然、アニメマニアなどではない)としての評価なのだろう。最初から“小品”をめざして作られた『雨ふりサーカス』は、まだ73年の時点では正当な評価の対象とされる作品ではなかったのだ。パンコパマニアのササキバラゴウさんなんかに教えてあげれば喜ばれる 情報かも知れない。

 いいものであればいつの時代でも評価される、というわけではない。受け入れ体制というものが世の中に整っていないものは評価されない。と、いうより、評価するコトバがまだ作られていないものは、評価のしようがない。『オタクの迷い道』の巻末対談でも言ったことだが、バカ映画をそのバカ度の大きさで絶賛する評価軸の出現など、ある意味において映画界におけるコペルニクス的な大事件なのである。ちょっと極端なことを言わせてもらえば、評論などというものは、既成のコトバで、既成の価値観にあてはまるものを褒めたり貶したりしているだけでは、一顧の価値もないクズ仕事であろう。その作品が内在するものの中から新たな価値観をさぐり出し、それまでコトバがなかったところにコトバを創り、評価の対象になっていなかったものを評価する土壌を整備する。これこそが評論及び評論家というものの存在意義ではないかと思う。いつまでラカンやシジェクなどからの借り物競走を続けるつもりなのだろう か。

 昼はお茶漬け。かくやのこうこ、塩辛白造りで。オタクアミーゴスのネタの整理。ことのついでに、整理しきれたいなかったビデオや本などをチェック。今回はそう新ネタがないが、まあ九州では初めて、というのがいくつかあるからいいか。3時45分に家を出て、タクシーで浜松町。運ちゃん、まだ若いが抜け道近道にくわしく、超絶技巧を駆使して25分で浜松町。そこからモノレール。エレベーター工事中とかで駅員が人の流れを誘導しているが、JRなんかの場合の三倍くらいの人員を動員しているような気がする。利用客(特に行き)のほぼ全員が、時間を気にしている客だか ら、混乱は絶対避けねばならない、ということなのか。

 15分前に羽田空港着。こないだ小松からJAS機に乗って、これでJAS機に乗るのも最後か、と書いたが、オタアミがあったのだった。ロビーに向かう途中で、三遊亭円楽、林家こん平両師匠の姿を見かける。たぶん、『笑点』の地方ロケからの帰りなのだろう。こん平師はラフなシャツ、ジーパンにフィッシングベストみたいなものを着て着物などの入った肩掛けカバン、という、いかにも落語家のタビ(地方の仕事のこと)のスタイルだったが、円楽さんは高価そうな黒いオーバーを着て、周囲にファンだかスタッフだかが何人かついて、まるで政治家か学者みたいに見えた。小腹が空いたのでうどんでもと思ったのだが、この博多行きJAS機の出発ロビー近くには麺類を食わせるスタンドがなく、仕方なくシューマイを買って食べる。眠田さんの姿を待合室で探すが見あたらず。手荷物検査で服から金属反応が出た。何も持ってないのに、と不思議だったが、出がけにひょいと胸ポケットに入れた漢方薬の、アルミ の包装パックが反応したのだった。

 福岡空港までは1時間20分ほどの距離。機内では単行本用の資料を読んでいた。空港上空についたときにはすっかり暗くなっていたが、福岡空港は街の上をやたら低空で飛ぶので、ネオンなどがすぐそこに見える。博多ラーメンとかいう文字までちゃんと確認できる。到着7時半、AIQスタッフのぴんでんさんが迎えに来てくれてい る。眠田さんはレインボーシートだったんで出会わなかったそうだ。

 小雨もよいで道が混んでいるというので地下鉄でホテル西鉄ソラリアまで。空港から中心部まで、たった6駅というアクセスの便利さは、日本の大都市中でも群を抜いているのではあるまいか。気温は高く、暑いくらい。眠田さんは長旅(九州までの、ではない。羽田〜福岡間より所沢から羽田間の方が時間がかかるのだ)でバテたということでホテルに残り、私のみ(岡田さんは当日着)、歓迎会にぴんでんさんと向かう。車中、ぴんでんさんの見合ばなし、風俗ばなし面白し。この人は趣味が“見合と風俗”という凄いヒトなのである。考えてみれば、AIQは主要メンバーのエロの冒険者さん、獅子児さん、ぴんでんさんなどなど、独身率が余所と比べても高い。風俗 系での性処理に不自由しない土地柄だからか(これもずいぶんな分析だが)?

 店は、鶏のさまざまな部位を食わせるというのでこちらでは有名だという『赤鳥』という処。上記メンバーに加え、藤原敬之さん夫妻などなど。さっそく生ビールで乾杯。さっそく出てきた鶏の刺身は、ササミ、キモ(レバー)、ハツ、など鶏の各部位の盛り合わせ。前から“ここはこれが”と告知のあったトサカは、細かい片になっていて、箸でつまんで口に入れ、噛んでみると、ちょうどアワビの固い身の刺身のような食感。ただし貝類のあのグルタミン酸的な濃厚な風味はまったくなく、最初はただ単に無味なコラーゲンの塊か、という感じだった。が、舌の上で二、三度ころがしているうち、体温で徐々にそのコラーゲンがほぐれて、味蕾に染み込みはじめると……むむ、とうなりましたね。急速にその甘味が舌先に感じられてきて、えもいわれぬ滋味なる物体へと変身するのである。コレハイカン、ビールでこの旨味を洗い流してしまうのはもったいない(なにしろあえかな旨味なので、がぶがぶと飲む酒は似合わない)と、焼酎に切り替え。お店おすすめの『佐藤』という銘柄(なんというシンプルな名前!)をやってみるが、これが大変に舌触りのいい酒で、見事にマッチした。いい焼酎は透明感がある味わい、などとよく表現されるが、この佐藤の透明感はまさに図抜けていて、舌に残るトサカの甘味を少しも減じさせない。それでいながら、自身 の旨さもちゃんと舌の上に残して喉の奥に消えていくのである。

 あまり気に入ったのでトサカお替わりを頼んだら、人気商品なのかもう品切れということ。残念。そのかわりにトサカの串焼きというのが来た。これが一串に四つくらい、ミニサイズのとさかがそのままの形で刺さって焼かれてくるというシロモノ。いささか悪趣味ではあるが、齧ってみると、先ほど刺身で味わったあえかな旨味とはまた違う、濃厚なコラーゲンの滴が口中にしたたり落ちる、けっこうなもの。まあ、十代二十代なら単なるゲテモノ趣味でばくばく食ってしまうだろうが、四十も半ばになると、このような禅味のホントのよさがわかるようになる。お酒は二十歳を過ぎてか ら、トサカは四十を過ぎてから。

 甘いキャベツの乱切りが箸休めで、これがまた次から次へと運ばれてきて、口中を新鮮にしてくれる。焼き物は玉ひもの極めて若いもの、ミとカワの間という珍しいもの、首こ肉、モツとハツの中間とかいうもの、などなど。焼酎は佐藤の次が伊佐美というやつ、そして魔王と、レアもの三連発というぜいたくなことをした。酔っぱらって、帰宅時、“ラーメンが食いたい!”とダダをこね、ぴんでんさんと獅子児さんに連れていってもらう。が、案内役のぴんでん氏ももうすでにだいぶ焼酎が入って酔っぱらっていて、ギョウザの店に連れ込まれる。またここでビール飲んで、ギョウザと酢もつ(牛のモツだったが)を食って、食い終わったところで“これはラーメンじゃない、ギョーザだ!”とわめき(もう何がなんだか)、天神の屋台でラーメン食いなおして、さらにまたここでもビール飲む。わやくちゃである。なんでもずっと巨乳と貧乳の比較論をしていたらしい。しかし、その証言者たるぴんでん氏がすでにギョー ザ以降は記憶がない、というのだからもう、なにをかいわんや。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa