裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

8日

土曜日

まこ……甘エビばかりでごめんね

 みこはとっても食べたかったの。朝6時半目覚ましにて起床。きちんと朝食、いつもの豆サラダ、モンキーバナナ。食って風呂を使い、仕事関係メール数本。アスペクトにスケジュール確認のもの、ベギラマに河出書房本がらみのもの。それからファンからの指摘メール(以前の日記の、カレー風味キャベツのホットドッグは藤原伊織の『テロリストのパラソル』ではないか、というもの)に返事。コミックボックス編集部に、一応ナオシ入れバージョンの差し替え原稿を書いてメール。さらにWeb現代編集部にもナオシ入れバージョンのものを。モノカキの旅立ち前というのは大体こん なもの。

 今回の旅行については、K子がメトロン星人こと金沢のSさんの企画(いつもSF大会でやっていた怪獣酒場企画にSさんが仕事の関係でなかなか参加できなくなったので、ならば桜井さんの本拠地・金沢で怪獣酒場を開き、かつついでにさんなみにもツアーしよう! というもの)に乗っかり、全て算段した。私は参加の意図をK子通じで表明したきりで、まったくノータッチ。どのような日程なのかも把握していないまま。闇鍋旅行のような感じである。とりあえず、前日に開田あやさんから、怪獣酒場で『ザ・サン・オブ・バンビ・ミーツ・ゴジラ』のビデオを見たいというリクエス トがあったので、DVDからダビング。

 雑用ほぼ終わって、アスペクト本文ゲラ原稿をカバンに詰め込み(これは車中、ホテルの中等で赤入れ予定)、K子と出発。タクシー、珍しく時間に余裕があるので高速でなく下を通って羽田まで。ガレリア前噴水で皆と待ち合わせ(今回は大ツアーなのである)。と学会のH川さん、S井さん、I矢さん、FKJさん、開田夫妻、開田さんの弟子のOさん(広島からの参加)、不気味社主宰のT社主(九州から参加)、某社編集員S山氏等々と。FKJさんが遅れてなかなか姿を見せず、K子例によりイラつく。20分ほど遅れてやっと来た。別の噴水と間違えていた由。ともかくも揃って安心。FKJさんは昨日の私の日記を読んで松竹ビデオセンター閉店を知り、“しまった、行けない!”と地団駄を踏んだそうだ。彼もコアなビデオコレクターなので ある。

 手荷物検査で何故かベルトのバックルが引っかかり、帽子の中まで調べられたり、また編集者Sさんがスパイク靴をはいてきて引っかかったり、いろいろドタバタあったが何とか無事機上の人となり、小松空港へ出発。JASに乗るのも今回限り(帰途はANA利用)か。K子は2時まで食事が出来ないから、と言って家から持ってきた モンキーバナナを食べていた。

 小松空港に到着、Sさん、Bさんはじめ、金沢のスタッフが揃って出迎え。一緒の飛行機で来ていた氷川竜介夫妻、女性自衛官さん夫妻にも合流。車に分乗して、金沢市内へ。助手席に乗ったので運転係の人と話はずむ。暖かいが、空は冬空でどんよりとしている。“能登の空はこれが普通ですから”とのこと。こちらでは雷は冬の風物詩で、これが鳴ると人々は“ああ、これでブリがうまくなるな”と舌なめずりすると言う。予定では近江町市場でこれからカニを買って、しゃもじ屋(金沢に行くと必ず寄る、市場で買った素材を料理してくれる店)で食べるのだが、“正直、ボクらに言わせれば、旅行者の皆さんが、なんでそうカニカニ言うんかな、ちゅう感じなんですわ”という。これには東京組全員“え〜!”。I矢氏に至っては“だってカニがなければ金沢の存在価値って半減するじゃないですか〜”とヒドイことを。

 近江町市場、今日はもう時間が遅いので、甘エビなどもあらかた売れつくされてしまっている。とはいえ、50匹ほど、さらにカニのまだパクパク口を動かして生きているやつなどを買い込み、しゃもじ屋へ。2時で板前が帰ってしまうというので、K子が急かせる急かせる。合流する予定もいまだ連絡とれていなかった樋口真嗣監督がなんと市場の中をウロついていた。行けばなんとかなるんじゃないか、と思っていた 由。まあ、本当になんとかなったわけだが。

 樋口監督は今回の怪獣酒場への参加ではなく、明日のさんなみツアーへの参加。今日はフードピア金沢でのトークに飛び入りゲストのような形で招かれているとのことである。桜井さんの音頭で乾杯。昼定食は塩焼きの魚に刺身、味噌汁というごく普通のものだが、それに甘エビの殻を剥いた刺身、ズワイガニの丸茹でが加わる。甘エビの身はゼリーのごとく半透明で、口に含むと歯にも触らず溶解してのどをすべりおりて行き、その後にうまみの感覚のみが残る。海の妖精を食べているような、そんな感覚に陥ってしまう。カニの身はもう、匂いから甘いこと。一応カニ酢なども添えて出てくるが、そんなもの一切要らない。ふかふかと湯気の立つ身を、殻をバリバリと割いて剥き出しにし、かぶりつく。至福感が口中一杯になる。

 金沢組はおしゃべりの方に夢中で、あまりカニが進まない。やはり、普段見慣れているものというのにはありがたみが感じられないのだろう。幸福の正体なんてものはそんなもんだと思う。足を手術して一ヶ月風呂を使わなかったあと、退院して湯船に飛び込んだときの気持ちがちょうど、こんな至福感だった(汚い比喩でカニに申し訳 ないが)。

 脳内麻薬の分泌は、うまくコントロールすれば、われわれモノカキに啓示的執筆力を与えてくれるが、その分泌自体に淫してしまうと、ただただ快楽を求めるばかりのジャンキーになってしまう。モノカキにグルメが多いのは、執筆の快感も食の快感も基本は一つだからであり、食の快楽の感受機能もロクに持ち合わせないヤツには執筆の快楽も味わえない。『堪能倶楽部』などという集団を作っているのはその宣伝のためなのであるが、しかし、逆に食(ばかりではない、セックスとか、物欲とか、勉強とかも)の快楽にとらわれすぎると、執筆に回す分にそれが足りなくなる。あくまでも食や性の快楽は、モノカキにとっては、執筆への欲望をうながす刺激であるべきであって、それが本来になってしまってはいけない……などと、自分に言い聞かせなければ、ただただグダグダと美味の地獄へひきずりこまれていきそうな、そんなカニと エビの味であった。

 そこから本日の怪獣酒場の会場である、ルネス金沢へ移動。12年前、アイコンの開催された会場で、そこでSさんは実行委員をやっていたのであった。いつぞやもアイコンに関しては書いたが、私が初めてゲストで招かれた大会。私と金沢の縁は深いのである。ただし、会場その他に関する記憶はあまりない。なをきと二人で大浴場で少しブラブラしたかなあ、という程度。まず宿泊施設の方に入るが、ここがブロックをただ組んだ、という感じの作りで、しかもそのブロックにピンクのペンキをべたべたと塗っている。設計・内装が専門のOさんも、K子と口を揃えて“ラブホ!”と叫んでいたのが可笑しい。怪獣酒場の会場に物販用の同人誌などを置き、ビデオ機器を 確認、後は宿泊部屋に戻って、2時間ほど熟睡。

 夜の食事にタクシー相乗りで出かける。JINEN(自然薯のジネンか)という創作料理の店。素材には気をつかっているらしいが、しかし創作料理というのは基本的に素材を殺すことになりがち。ここの店の料理でも、一番おいしいのは最初に出た寒ブリやタコの刺身と、その次に出たいわしのつみれ、最後にSさんが追加してくれたイモ、蓮根、山芋など根菜の鉄板焼きという、いずれもシンプルなもの。ことに蓮根はもちっとした食感で天然の甘味があり、絶品だった。酒は原酒の水割りセットというのをK子が頼んだが、水おかわり、というときに酒の椀と水の椀が入れ替わって、水を水で割ってやけに水っぽい原酒だ、とか騒いだりというドタバタ。しかし、暑く て汗をかいた。2月の北陸でこんな暑い思いをするとは。

 宿に帰って、いよいよ本番怪獣酒場。Sさんが大張り切りで、進行予定表を作って仕切っている。もともと金沢でこういうことをやるのは、さっきも書いたがSさんのこちらでの仕事(食器の卸し)が忙しくて旅行が出来なくなったためなのだが、こちらでの開催にこんなに張り切って下準備などをしていては、やはり本業にかなり支障が出たのでは、という気になる。昭和四○年代風の団体ゲームなんて企画がある。開田さんがキャプテンの“特撮チーム”、私がキャプテンの“トンデモチーム”に別れて、クイズやゲームを競う趣向。最初はSさんが“○○と言えば”という問題を出して、イメージするものを書き、同一回答が出れば得点が加算されるゲーム。例えば、“特撮ヒーローと言えば?”で、ウルトラマンが3人いれば30点、ウケねらいで快傑ズバット、などと書くと同調者が少ないので点数が入らないが、しかし特別ワード として出題者が用意していたものに合致すれば一挙50点が加算。

 続いてが教養クイズ、10点から30点の問題がマンガ、SF、トンデモ、特撮、アニメなどで並んでおり、それを先行チームが選んで後攻チームに回答させる、というもの。なるべく正解しないような面子を選んで指名する。三回間違えて答えると、チームから脱落ということになるのである。特撮チームの氷川さんやトンデモチームの私などは、危ないと思われているのかほとんど指名ナシ。もっとも、新しいアニメの問題などを当てられたら危なかった(ガオガイガーのゴルディオンハンマーを使う には誰の許可が必要か、なんて知らないですよ)。

 SFやトンデモはさすがに楽勝、と思っていたが、こっちのメンバーに、古参SF者にもかかわらずSFの基本作品を読んでいない(もしくは忘れている)のが多いのにキャプテンとしてはジレた。ウィリス・オブライエンの名前が出てこない、『リングワールド』のティーラの特性は何か、読んでないのでわからない、『アンドロメダ病原体』の病原体の弱点を忘れた、などというフラチものの続出に隣のFKJさんと“なんたることだ”と頭を抱える。もっとも、『夏への扉』の主人公が飼っている猫の名前は? という問題の答が“ビート”などになっているのには質問者自体にツッコミを入れる。ペトロニウスの愛称なんだからピートなの! とわめいて、ハッと、あれれ、いつのまにか18歳くらいの、バリバリSF信者だった頃に戻ってないか、俺? と愕然。そもそも、こういうヘルスセンターでゲームなんてガキっぽいこと、よくやるわと最初は思っていたのだが、やはり集団の中にいるというのは恐ろしい。 なんとか勝ってやろうと思って張り切ったりするようになるんである。

 もっとも、燃えたのはこのゲームが脚本に書いたような接戦であったからである。やはり、精神年齢や教養程度が同じレベルのメンバーが集まったのか、10点20点を争う接戦になった。ややトンデモチーム有利で進めてきた戦いが、第三部の体力テスト2戦(トランプの同じ札を探す、スプーンでゴムの卵をリレーする)で逆転されてしまい、最後のタオルくぐり(手拭いで作った輪を体にくぐして隣に渡す)で勝負が決まる、ということになる。ここでメンバーチェンジを宣言、デブ系をはずして、K子など、細身のメンバーを入れる。これが大接戦、最初は全く同着で勝負つかず、ではもう一回、というSさんの号令で逆回り、細身の強さか、二人の差をつけてトンデモチーム勝利! スポ根マンガのシナリオなみの完成度である。……これ、読んでいる人はさぞ“30、40面下げた連中がなぁに馬鹿なことで喜んでおるんじゃ”とお呆れのことと思うが、実際、やってみると燃えるんですて。

 それから後はいつもの怪獣酒場になり、ビデオ流して酒飲んで。私はリクエストの『ザ・サン・オブ・バンビ・ミーツ・ゴジラ』、『茶目子の一日』、『浅瀬でランデブー』等のビデオをかける。12時ころ、体力も使ったし、ということで部屋に退散し、しかし壁の色のセンスはひどいねと(廊下はピンクだが、部屋の内部はペパミント・グリーン)K子と話しながら就寝。明日のさんなみを夢見つつ。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa